一緒にはいられない
酷い、こんなの酷すぎる。
それからの私は、できる限りドノヴァンのことを避けた。
だって、二人が本当に付き合っているにしろ、いないにしろ、学園内で公認になっていることは間違いなくて、今後二人は──身体の関係まで持ってしまうかもしれないんだから。
そんなの嫌。
そんなことになったら、もうドノヴァンの顔なんて見られない。今でさえ、彼の顔を見た瞬間、泣いてしまいそうなのに。
だから、避けるしかない。
ずっとずっと避け続けて……なんとか顔を見られるぐらいに私の気持ちが落ち着いたなら、彼の前に姿を見せよう。
せっかく便利で使い勝手の良い幼馴染に恵まれていたのに、残念ね。
でも、あなたにもう私は必要ないのよね?
だって、私が今までしてきたことは、全てあなたの恋人のアリーシャさんがしてくれる。
彼女は恋人であって幼馴染ではないのだから、時には気を遣わなければいけないのかもしれないけど、二人が愛し合っているのなら、問題にはならない筈。
恋人になって身体の関係を持ち、夫婦になろうというのなら、そういった気遣いは絶対不可欠なものなんだから。
ドノヴァン……ドノヴァン、ずっとあなたが大好きだった。あなただけしか見ていなかった。
私の世界はいつだってドノヴァンだけがいて、他の人なんていなかったし、いらなかった。
他の存在に目を向けることすらなかった。
たとえ便利だと言われても、使い勝手の良い存在であろうとも、ドノヴァンと一緒にいられれば、私はそれで良かった。
結婚したいなんて言わない。恋人にだってなれなくても良い。
ううん、本当は彼の恋人になりたかったし、奥さんにだってなりたかった。
でも、彼がそれを望まないなら一生幼馴染で良い。幼馴染のままでも、彼の傍にいられるのなら──。
そう、思ってた。そう思ってた、筈だった。
けれど今みたいな状況になって、初めて私はそれが夢物語でしかないことを知った。
何故なら、私が思い浮かべる未来では、いつだってドノヴァンは一人だったから。
妻も恋人もおらず、独身のままのドノヴァン。それは当然私も同じで。
だからこそ、描けた未来だった。何の苦もなく思い描けた未来。だけど──。
「一生独身なんて、あり得ない……」
思えば私自身だって、学園を卒業したら結婚相手を探すように言われているのだ。
どうして忘れていたんだろう。
婚約者ができれば、自ずと優先順位は変わる。婚約者より幼馴染を優先するなんて、普通ならあり得ない。
なのに何故、いつまでもドノヴァンと一緒にいられるなんて思ってしまったのか。
彼の恋人であるアリーシャさんが、ドノヴァンから私を遠ざけようとしたように、いずれできる私の婚約者だって、私がドノヴァンの傍にいたら、嫌な顔をするだろうことは分かり切っていることなのに。
「馬鹿だなぁ……私」
だから、つまりそういうこと。もう夢から醒めて、現実を見なければいけない時がやって来たのだ。
アリーシャさんは侯爵家の一人娘。
ドノヴァンは伯爵家の次男だから、入り婿として侯爵家に入ることができれば大出世。結婚に反対はされないだろう。
そして私は伯爵家の一人娘。
ドノヴァンと結婚できないのであれば、入り婿になってくれる人を探さなければならない。
「その為には、ドノヴァンのことを忘れなきゃ……」
未練を残したままでは、入り婿となってくれる人に失礼になってしまう。
それに私だって、ドノヴァンを好きなまま、なんとも思っていない人と結婚するのは辛い。
気持ちの伴わない政略結婚が貴族の常だとはいえ、このままの気持ちで他の人に嫁ぐのは、あまりにも無理な相談だった。
「でも……どうやって忘れたらいいの?」
またも、涙が滲む。
ドノヴァンを諦めようと決めてから、泣いても泣いても涙は枯れてくれなかった。次から次へと溢れ出す。
「もう……忘れたいのに……」
明日は土曜日。学園が休みだから、朝早くから出掛けなければならない。
ぐずぐずしているとドノヴァンが気紛れにやって来て、私を外出へと誘うかもしれないから。
いくら幼馴染とはいえ、いつまでも一緒にいられないことを、私はここ最近になって漸く悟ったけれど、恐らくドノヴァンはまだ理解していない。
以前の私と同じで、これからもずっと一緒にいられると思っている。
だからこそ、最初に戻そうと言われた次の日から、ドノヴァンは毎朝私の家を訪れるようになった。尤も、その度に私の家の使用人に既に学園へ行ったと言われ、眉間に皺を寄せて帰って行くらしいけれど。
突然自分が避けられ出したことに、納得がいかないのでしょうね。
この一週間、家で会えないからか、ドノヴァンは何度となく私のクラスへと訪れ、姿を探していたらしい。
くっついて来たアリーシャが大声で騒いでいたにも関わらず、無視して君を探していたよ、と親切なクラスメイトが教えてくれた。痴話喧嘩も程々に、と。
ドノヴァンと公認の仲なのはアリーシャさんの筈なのに、どうして私と痴話喧嘩していることになるのか、意味が分からなかったけれど。
もしかしたら学園の人達全員が全員、二人を公認だと思っているわけではないのかもしれない。
そう思ったら、少しだけ心の中の霧が晴れたような気がした。
それでも、あの二人が付き合っていることは、最早疑いようのない事実ではあるのだが。
「早く寝なきゃ……」
布団に潜り込んで、目を閉じる。
泣いてばかりいては、眠れない。少しでも早く眠って、ドノヴァンが来る前に家を出ないと。
もう少し、もう少ししたら学園は長期休暇に入る。
そうしたら離れた場所に住んでいる伯母の家へと行き、休暇の間は帰らないつもりだ。
そうすればきっと、ドノヴァンのことを忘れられる。
最悪忘れることは無理でも、良い思い出にできるかもしれない。いや、しなければ。
自分の心に言い聞かせ、私は必死にドノヴァンの顔をした羊を数えると、夢の中へと旅立った。