関係のない私達(終)
クレストさんの気持ちを想うと、胸が痛くなった。自分のことのように、切なく感じた。
けれど──。
「やめてくれ。俺は君にそんな風に同情してもらえるような奴じゃない。自分がアリーシャから逃げ出したいがために、君を傷付けた最低の男だ」
泣き笑いの表情でそう言うと、クレストさんは、これまでの自分の行いについて事細かに話してくれた。
アリーシャさんとドノヴァンを付き合わせるために、私の存在が邪魔だと思ったこと。そのため、態とドノヴァンをあのベンチへと誘い、幼馴染に対する本音を引き出していたこと。それによって私が傷付き、ドノヴァンに愛想を尽かすよう企んだこと。アリーシャさんとドノヴァンについての噂話をばら撒き、二人を公認にして、強制的に付き合うように仕向けたことなど──。
「だけど最後の最後でドノヴァンの奴が血迷って、君のことを好きだと言い出した時には焦ったよ。ドノヴァンと君について話しているうちに、俺だけじゃない、できれば君も理不尽な幼馴染から救ってあげなければ、と思うようになっていたから」
「それであの日、僕を脅してラケシスさんを無理矢理あそこに行かせたんですね?」
なんと、ルーブルさんを脅したのはクレストさんだったのか。
そういえばあの時、私はルーブルさんに呼び出された筈なのに、当の本人はまったく姿を現さなかった。
色んなことがありすぎて忘れてたけど、それっておかしいわよね。
「まぁまぁ良いじゃないか。お陰でラケシスはドノヴァンから逃れられたし、君だってチャンスが巡ってくることになったんだから」
「ちょ、ちょっと! 余計なこと言わないで下さいよ!」
何故だか慌てるルーブルさん。
「ああ、ごめんごめん。けど二人とも気を付けろよ? アリーシャから逃げ出したくなったドノヴァンが、ラケシスの元へ逃げてくるかもしれないから」
なんですって!?
「そ、それはどういう……」
「言葉通りの意味さ。さっき俺は言っただろう? アリーシャに下僕のようにこき使われていたって」
「だけど、ドノヴァンには凄く尽くしてあげてるって聞いたけど……」
そんな人から、ドノヴァンが逃げ出すことなんてあるのだろうか?
そう思って聞くと、クレストさんはフンと鼻で笑い飛ばした。
「そんなの最初のうちだけさ。無事手に入れたと思ったら、すぐに本性を現すに決まってる。持って一ヶ月……いや、二週間が限度だろうさ」
※ ※ ※ ※ ※
そう言ったクレストさんの言葉通り、それから十日も経たないうちに、ドノヴァンが私の所へとやって来るようになったのだ。それはもう、必死の形相で。
「ラケシス、やっぱり俺にはお前しかいない! アリーシャとは別れる! だから、もう一度俺と──」
「ドノヴァン! わたくし以外の女と話さないでと言いましたわよね? お仕置きを受ける覚悟はよろしくて?」
「ひっ……い、嫌だ! 俺はこんな筈じゃ……」
サッと私の後ろに隠れるドノヴァン。けれどルーブルさんが素早くドノヴァンの首根っこを掴むと、流れるような動作でアリーシャさんへと引き渡す。
「ご自分の所有物の管理は、しっかりとして下さいね。此方はもう彼とは縁を切った身。余計な火の粉を撒き散らさないでいただきたいです」
「ふ、ふん。言われなくてもそのつもりですわ。あなたの方こそ、少々手ぬるいのではなくて?」
「僕は外堀から埋めるタイプでして。学生の間は身分関係なく過ごすつもりなんで、放っておいていただけますか?」
なにやらアリーシャさんとルーブルさんでヒソヒソ話をしているようだけど、少し離れた場所にいる私には聞こえない。
気になって見つめていたら、私の視線に気付いたアリーシャさんがルーブルさんに何事かを言い、次の瞬間、彼は凄い勢いで私の元へと戻ってきた。
「僕と彼女は、なんの関係もありませんからね!」
「は、はい……」
ルーブルさんは、どうしてそんなに焦った顔をしているのかしら?
分からないけれど、焦る彼は少しだけ可愛いと思ってしまった。
「ラ、ラケシス! 助けてくれ! 俺は騙されたんだ! 俺は──」
喚きながら、ドノヴァンがずるずるとアリーシャさんに引き摺られていく。
彼女の本性を知らなかったドノヴァンは、私に拒絶されてからアリーシャさんの告白を受け入れ、晴れて恋人同士となった。それから一週間ほどは、何の問題もなかったのだけど──。
今となっては、ドノヴァンに尽くしていた頃のアリーシャさんは別人であったのではないかと思えるほどの豹変ぶりを、彼女は見せつけていて。
登下校の送り迎えは、ドノヴァンに余計な寄り道をさせないため、今現在も継続中。断ることは許されない。
お昼のお弁当は、実はアリーシャさんの手作りではなく彼女の家の料理人が作っていたもので、ドノヴァンの好きなものばかりで構成されていたそれは、現在では栄養バランスのみを考えられたものになっているとか。
好き嫌いの多いドノヴァンは、最初のうちは嫌いなものを残していたらしいけれど、それに怒ったアリーシャさんが『教育』と称して学園がお休みの週末にドノヴァンを侯爵家へ宿泊させ、なにやらお仕置きをしたらしい。
それ以来ドノヴァンは、文句も言わず、何も残さず綺麗にお弁当を平らげるようになったというから驚きだ。
侯爵家のお仕置きって凄いのね……。
以前は溌剌としていたドノヴァンが、最近では少し萎れてきたように思えるけど、私が口を出せることではない。彼には将来侯爵家の入り婿として、立派にアリーシャさんを支えていってほしいと思う。
ちなみにクレストさんは──ワイルドで格好良いと人気が高く、当初の狙い通りアリーシャさんの幼馴染という立場から脱却し、自由を手に入れてからは気ままに過ごしているみたい。結構モテるらしいのだけど、本人は漸く手に入れた自由を満喫したいらしく、告白されるたび無下にお断りしているのだとか。
たまに思い出したように私とルーブルさんを揶揄いにやって来るけど、他の女の子達に睨まれるから、本当にやめてほしい。
そして私はというと……。
今も変わらず、ルーブルさんとは良いお友達関係を続けている。
未だドノヴァンとのことが尾を引いていて、すぐに他の男の人とどうこうという気にはなれないし、まだ焦る必要はないと思うから。
それでも、以前は頻繁に「婚約したい殿方は見つかったか?」と聞いてきていた両親が、ある時から何も言ってこなくなったのには、違和感を覚えたけれど。まさか勝手に私の婚約者を決めていたりしないわよね……?
両親は、学園で私に良い相手が見つからなかったら最悪ドノヴァンにお願いしようと思っていたらしいけど、それが駄目になったのに、やたら安心している様子がもの凄く怪しい。問い詰めても「学生の間は焦らなくて良いと言ったじゃないかぁ」なんて、間延びした変な言い方で誤魔化そうとするし。
「……ラケシスさん、眉間に皺が寄ってるけど……何か悩み事?」
いつもの木の下で隣に座って読書をしていたルーブルさんが、こてんと首を傾げて聞いてくる。
いや、だからそれ、男子がする仕草じゃないからね? と思うものの、似合ってるから口にはしない。
「悩み事というか……両親が急に私の婚約に対してなにも言わなくなったから、なんか怪しいなぁと」
「そうですか。でもそれはきっと、幼馴染のドノヴァン君に恋人ができてしまって、寂しいだろうラケシスさんを、そっとしておいてあげたいだけだと思いますよ」
「そうかなぁ……」
「そうですよ。なんにせよ、煩く言われなくなったのなら良いじゃありませんか。今は読書を楽しみましょう」
にっこりと微笑まれ、私の心臓がドクンと脈打つ。
おかしい……。最近ルーブルさんに微笑まれると、心臓が跳ねるような気がする。何か変な病気かしら……。
「そ、そ、そうね。今は読書の時間だものね」
かなり吃って言葉を返し、私は本の内容へと目を向ける。けれど、目でいくら文字を追っても、その内容は全く私の頭の中に入ってはこなかった。
自分の心臓の鼓動が煩すぎて、とてもそれどころではなかったから。
だから私は気付かなかった。私には聞こえないほどの小さな声で、ルーブルさんが呟きを漏らしていたことに。
「まったくあの人達は……。ここで僕の計画がバレて逃げられでもしたら、どうするつもりなんだか。でもラケシスさんは優しいから、両親を見捨てたりはしませんよね……」
そして、学園の卒業パーティーで、私はルーブルさんからプロポーズをされることとなる。
慌てふためき、極度の興奮から失神しそうになったものの、抱きとめてくれたルーブルさんの腕の中で、恥ずかしさに死にかけながらもそっと頷いた。そのまますぐ婚姻手続きに進んだ時には心底驚き、そのつもりでルーブルさんが在学中から準備をしていたと聞かされ、本来の身分が公爵家嫡男だと教えられた時には、耐えきれず私は失神してしまった。
ルーブルさんは家柄が良いと思っていたけど、まさか公爵家の嫡男だとは思いもしていなかったし、ここまで用意周到に結婚の準備をされていたなんて、寝耳に水だったから。正直、凄い、嬉しいを通り越して、驚きしかなかった。
ちなみにドノヴァンはというと──無事にアリーシャさんと結婚したものの、侯爵家の入り婿としての仕事に追われ、子育てに追われ、疲労困憊で見目が悪くなったことにより、アリーシャさんに浮気をされたらしい。離縁を申し立てても受け入れられず、浮気の証拠を掴もうにも、そんな暇とお金は与えられておらず、我慢するしかないのだとか。
アリーシャさんと付き合い出すまで、散々私に尽くしてもらって有頂天になっていたドノヴァン。
尽くす相手から気持ちを返されない心境が、きっと理解できたのではないだろうか。
あの時あなたを諦めて、本当に良かった。でもね、幸せになった今でも、昔あなたが言ったあの言葉は忘れていないわ。
『便利で使い勝手の良い幼馴染』『幼馴染と恋人は別』──あなたの場合、幼馴染ではなくて、伴侶にそう言われる側になってしまったけれど。
これを自業自得というのよ。これからの人生で、しっかり反省していってね。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
これで完結となります。
『いいね』や『ブックマーク』『評価』など、嬉しかったです。
本当にありがとうございました!!




