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幼馴染と恋人は別

「幼馴染は良いぞ。あんなに便利で使い勝手の良いものはない」


 よく晴れた日の午後。


 学園のお昼休憩の時間、木陰で一人読書をしていると、不意に聞き慣れた声が私の耳に飛び込んできた。


「便利ねぇ……。ちなみに幼馴染のどの辺が便利で使い勝手が良いんだ?」


 尋ねる声は、これまた聞き覚えのある男性のもの。


 どこで話しているんだろう? と興味に駆られ、私は凭れていた木の陰からこっそり顔を覗かせる。


 途端に、木の裏に設置されたベンチへ向けて、今まさに向こうから歩いてくる人影を認め、慌てて頭を引っ込めた。


 ヤバい!


 二人の話を盗み聞きしていたなどと思われたら大問題。咄嗟にその場から離れようとするも、今動けば逆に彼らに見つかってしまうような気がして、思い留まる。


 大丈夫よ。出来るだけ気配を殺して動かないようにしていれば、あちらからこちらは見えない筈……。


 木の根元に立派なベンチが設置してあるのに、わざわざそれを避けて反対側の何もない場所に座るのは自分ぐらいのものだろう。その自覚があるから、今更変に動かない方が彼らに見つからないのでは? と考え直す。


 大丈夫、大丈夫。音を立てなければ気付かれることはないわ……。


 息を整え、元の場所に座り直そうとして──私はそこで漸く、自分が中腰のおかしな体勢をしている事に気が付いた。


 その場から逃げようとしたのはいいものの、やっぱりやめた方がいいかな? などと考えていたせいで、変に腰を上げた中途半端な姿勢で固まっていたのだ。


 わわ、恥ずかしい~!


 慌てて座り直し、何事もなかったかのように本を開き、周囲の様子をこっそり窺う。


 どうやら、中庭にいる人達は誰も自分のことなど気にしてはいないようだ。自分を見る視線や、嘲笑が聞こえてこないことに、私はほっと胸を撫で下ろす。


「で? 早く教えろよ。お前がそう言う根拠は? なんか理由があるんだろ?」


 突然聞こえていた声が大きくなった。


 どうやら二人は、木の後ろのベンチに腰を落ち着けたらしい。


「まあ……理由っていうか、なんていうか。ふと思っただけなんだけどさ。俺ってほら、幼馴染いるだろ?」

「あ~……ラケシスのこと?」


 ギクッ!


 突然自分の名前を出された衝撃で、私の心臓が跳ねる。


 な、なに? 私がどうかしたの……?


 もう読書をするどころではない。私のは背後の二人がする会話の内容を一言一句聞き漏らすまいと、そちらに全神経を集中させる。


「俺とラケシスの家は隣同士でさ、記憶にないぐらいの頃から親も含めて交流があったらしいんだけど、最近になってふと……俺って恵まれてんじゃね? と思い始めてさ~」

「なんだよ惚気か? だったら聞きたくねー」


 どうやら耳を塞いだらしい友人に、私の幼馴染である彼──ドノヴァンは、慌てたように「違う、違う」と繰り返した。


「惚気じゃないなら、何だってんだよ……」

「だから今からそれを話してやるって言ってんだろ」


 再度話を聞く気になったらしい友人に、ドノヴァンは明るい声で喋り出す。


「幼馴染ってさ、彼女じゃないんだぜ? なのに毎日弁当作ってくれて、課題も見せてくれて、制服を汚したりすれば、その場で洗ったりもしてくれてさ……でもあくまでもただの幼馴染なんだから、特に気を遣う必要もないだろ? 最高だと思わねえ?」

「あ~……そう言われれば確かに。彼女だったら嫌われないように気ぃ遣わなきゃなんねぇけど、幼馴染だったら、そういうの関係ないもんな」

「だろ!? それにさ、恋人は幼馴染とは別に作れる。こんなの恵まれてるとしか言いようがないだろ!」


 へえ~……。ドノヴァンは私のこと、そんな風に思ってたんだ……。


 衝撃的な事実に、私の心は沈んで行く。


 正直に言って、私はドノヴァンが好きだった。初恋だったと思う。


 幼い頃から仲良くしてきて、身体が小さく、ひ弱で虐められやすい私を、いつも守ってくれたドノヴァン。


 私の為に年上の子と喧嘩して、自分はコテンパンにやられて傷だらけになったのに、それでも私に「大丈夫だったか?」と声を掛けてくれたドノヴァン。


 楽しみにしていた外出を、私が熱を出したせいで中止する事になっても、嫌な顔ひとつせず「元気になったら行こうな」と言って傍にいてくれた。


 そんな人を、好きにならない筈がない。なんとも思わずにいられるわけがない。


 だから、私は恥ずかしくて口には決して出すことができないその想いを、目に見える形で一生懸命伝えていたのに。


『便利』だと言われた。『使い勝手が良い』とも。


 私に対する好意が彼にないなら、確かに今の私は彼にとって『便利な存在』なのかもしれない。


 頼まれてもいないのに毎日欠かさずお弁当を作り、彼の送り迎えをする。送迎については家が隣同士だし、ついでな部分もあるけれど、優秀な彼が生徒会で遅くなる時は、図書室で時間を潰しながら待つ事もしばしば。時には彼に頼まれて、他の生徒会役員の人も一緒に送って行くことがある。


 でも、そんな事はまだ良い。


 最悪なのは、散々待たされた挙句に、「生徒会の皆で寄りたい場所があるから、今日は先に帰って」と言われることだ。だったら生徒会の前に言ってくれたら良いのに、急に決まった事だからと彼は生徒会の人達と一緒に行ってしまう。


 一人残された私を振り返る事なく。


 今まで私はそれを寂しいと思っていたけれど、ドノヴァンにとってはどうでも良いことだったらしい。


 だって私は、ドノヴァンの彼女ではないから──。


 どんなに私が彼を好きでも、彼の為に色々しても、私はドノヴァンの恋人にはなれないんだ。


 どこまでいっても『便利な幼馴染』止まり。


 でも、だからといって、今まで彼の為にやってきた事を急にやめられるわけじゃない。


 言ってみれば、今私がドノヴァンにしてあげている事は、彼が過去にしてくれた私への行いに対するお礼であり、私からの彼への好意でもあるのだから。


 自分の好意を勝手に押し付けておいて、それを相手からも好意で返されないからと、怒る権利は私にはない。否、誰にもないだろう。


 寧ろ、押し付けたものを嫌な顔せず受け取ってもらっているだけでも、感謝しなければいけないのだ。


 拒絶されないだけでも、感謝しなければ。


 私はそう、自分に言い聞かせた。

 






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