表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

雪が降った日のこと(アイリス5歳)

過去編です、次は現在になります。


アイリスは少しだけ開いた扉の隙間から、ベッドの上で窓の外を見つめるカリアードをジッと見つめる。


きれいなおにいちゃん、なにしてるんだろう…


雪が降る外の景色をただ黙って眺めるだけのカリアードは、ひどく退屈そうだ。

そして雪が降っているにもかかわらず薬草を取りに行った父に置いていかれたアイリスもまたパチパチと鳴る暖炉を見つめて絵を描く以外やることがなく、そろそろ遊び相手が欲しいと思っていたのだが……父と交わした約束があるため、カリアードに直接声をかけることはできなかった。


『アイリス、お兄ちゃんは怪我をしているからあまり困らせちゃダメだぞ』


カリアードが負った怪我が重いものだというのは、第一発見者であるアイリスもよく理解していた。

発見した時の彼は綺麗な顔が見えないほど血がこびりつき、右脚も変な方向へ曲がっていた。

だけど看病をした父によって綺麗に拭き取られた後の彼の顔はまるで高価なお人形のように綺麗で、それを見たアイリスはカリアードに対する好奇心を抑えられず、彼が眠っている間もずっとその顔を眺め続けていたのだ。

…目覚めてからは、近づくこともできてないけど。


「ねぇねぇ、おにいちゃん、アイリスのかいたえ、みて」


父の『困らせちゃダメ』というのは、無理やりアイリスの遊びに付き合わせてはいけないということだ、と都合よく解釈したアイリスは、少し開いていた扉を大きく開け、そこから腕を高く上げることで自分の描いた絵を見せた。


カリアードはこちらが近寄りすぎると、まるで猫みたいに警戒して睨みつけてくる。

多分、他人を怖がっているのだ。

それを数日の間に理解したアイリスは、ご飯や薬などを届ける時以外は決して扉の向こう側に立ち入らず、構って欲しい時は必ず開かれた扉の前でアピールしたのだが…ここ2週間、ずっと無視されている。

一体、どうしたものか。

アイリスは小さい頭を抱えてうーんと唸り、とりあえず話しかけ続けることにした。


「アイリスね、おにいちゃんのえ、かいたんだよ。にてるでしょ?」


相変わらずこちらに一瞥もくれないカリアードに、色鉛筆で描いた似顔絵の説明を勝手に始める。

黄色で描いたモジャモジャについた丸い輪郭に、灰色の点が2つと三日月を真横にしたような真っ赤な口が描かれたそれは幼児が描いた拙い絵そのものだったが、アイリスはなかなか上手く描けたと自負していた。


しかし何故だろう、絵の中のカリアードは笑っているのに対し、現実のカリアードが笑っているのをアイリスは見たことがない。

だからアイリスはカリアードの笑顔が見たくてしょうがなかった。


「おにいちゃんは、なにをしたらわらってくれるの?」


窓を見つめ続けるカリアードにそう聞いても、もちろん返事はない。

しかしこの反応で諦めるほどアイリスは諦めのいい子供ではなく……

むしろ、斜め上の考え方をする子供だった。


「ちょっとまっててね」


何の反応も返ってこないカリアードにそう言い残し、アイリスは部屋の扉をそっと閉める。

そしてそのまま持っていた絵をテーブルに置き、部屋履きからブーツに履き替え、コートを羽織り、手袋をつけてから外へ出た。


そして15センチほど積もった雪から綺麗な雪だけ掬い、それを大きな球体にしていく。

地面の上で作った雪玉をコロコロと転がすと、それはあっという間に大きくなり、そんなに時間をかけずにアイリスの背よりも少し小さな雪玉が出来上がった。


「よし、まずはひとつめ」


完成したそれをアイリスは満足気に見つめ、カリアードの部屋の窓から見える位置に置く。

そしてすぐに2個目の雪玉の製作に取り掛かり、次はさっきの雪玉よりちょっと小さいものを作った。


これを、さっきのやつのうえにのせれば……


そう思ってなんとかそれを一つ目の雪玉の上へとのせようとするが、水分の多い雪玉は中々重く、なかなか思ったように持ち上がらない。

しばらく奮闘したけど、何をどうしても持ち上がらない状況に、困ったアイリスはどうしたものかと頭を悩ませて突然パッと閃いた。


そうだ、最初から横たわった雪だるまにすればいいのだ!


「これを、こうして……」


カリアードが見ている窓から視線を感じつつ、アイリスは雪だるまを横にしたままくっつけて、カリアードから見える横側に石の目を2つと、木の実の鼻、半円にしなった枝をくっつけた。

そして胴体の方には、できるだけ大きな文字で"アイリス"と自分の名前を書く。


「よし、かんせいだ」


結構自分に似た可愛い雪だるまができたんじゃないか?今の自分よりも大きいけど、雪だるまは人間と違って溶けちゃうからこれくらいがちょうどいい。

分身として作った横たわった雪だるまを見て、アイリスは満足気に微笑む。

そしてアイリスの不可解な行動に眉を顰めていたカリアードがいる窓に向かってブンブンと手を振って叫んだ。


「みて、アイリス2ごうだよ!」


カリアードは全然笑わないし、いつも寂しそうだ。

窓の外を見つめているのも、誰かを想っているからかもしれない。

アイリスもお父さんとたまに夜空を見上げてお母さんを探すけど、お空にあるのはピカピカのお星様だけで、お母さんはいない。

お父さんは「姿は見えなくても星になってずっと俺たちの側に居る」って言うけど、やっぱりアイリスはお母さんにはお空の星じゃなくて、ギュッと抱きしめてもらいたかった。

会いたい人に会えないのは、すごく寂しいことだ。


カリアードが想っているのは誰か、アイリスには分からない。

アイリスがカリアードの会いたい人になるのも不可能だ。

だけど今の彼は一人ぼっちで、どうしようもないほどの孤独感を抱えているのだということだけは分かった。

目の前に寂しいと感じる人がいるのなら、アイリスはその人をギュッと抱きしめてあげたい。

でも、カリアードは近づくのを嫌がる。

それならば…別の方法で、寄り添えばいいのだ。


「アイリスは、ずっとおにいちゃんのそばにいるからね!」


アイリスは窓の外にもアイリスそっくりのオトモダチを作ることで、窓をよく見るカリアードの寂しさを紛らわせようと考えた。

もしかしたら手作りの不格好なオトモダチを見て、お兄ちゃんもクスッと笑ってくれるかもしれない…なんて淡い期待を抱きつつ、アイリスは手を振りながらカリアードの反応を見守る。


しかしカリアードの反応はアイリスの期待したものとは違い、彼はアイリスを見て顔を歪めてプイッと窓から顔を逸らし、カーテンを閉めてしまった。

その反応にアイリスはショックを受け、雪だるまを見ながらショボンとする。


アイリスのせいで怒らせちゃった……

もしかして、窓の外にもアイリスがいるのは鬱陶しかった?

お兄ちゃんの探している人とは違ったから、がっかりした?


何がカリアードの気に触ったのか分からず、涙目でどうしようとその場にしゃがんでいると、キシッと窓が開く音がした。


「…おまえ、凍死するつもりか?

これ以上くだらない雪だるま(モノ)を増やすな」


カリアードは険しい顔のまま言いたいことだけを言って再び窓を閉じ、カーテンをピシャッと勢いよく閉めてしまった。

側から見れば、彼の態度は冷酷に感じるかもしれない。

だけどアイリスはその一言で、どん底の気分から心が浮き立つような気分になった。


おにいちゃんが、話してくれた!


初対面以降、一切アイリスに話しかけてくれなかったカリアードが口を開いたのだ。

内容がなんであれ、とても嬉しかった。


「いまかえるね!」


今の言葉は彼なりの心配だと受け取ることにしたアイリスは、自分に積もった雪を払い、ルンルンで家に帰った。

そして素早く着替えた後、カーテンを閉じたカリアードは何をしているのか気になったアイリスは、バレないように部屋の扉を少し開く。


すると彼は再びカーテンを開き、いつものように窓の外を見ていた。


「…フッ、バカなやつ」


そう呟きながら彼の口角が少し上がるのを見て、アイリスはその美しさに思わず見惚れてしまう。

無表情や険しい表情の彼も美しいが、やっぱり笑顔が一番素敵だと思った。


「おにいちゃんのえがおって、あんなかんじなんだ」


ボソッと呟いてから、アイリスはそっと扉から離れ、色鉛筆で新たな似顔絵を描く。

そうして完成した似顔絵はいつもと同じ満面の笑みではなく、ちょっと口角の上がっただけの似顔絵となり……絵の出来に満足したアイリスはそれを帰宅した父に向けて自慢気に見せたのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ