第6話 馬車の窓から見える平穏
馬車の窓から爽やかな風が入ってくる。
小麦畑が一面に広がり、遠くには農家が点在している。
振り返れば、徐々に離れていく領都エイゴスの城壁。その背には雄大な山々が見える。
「マリア、あまり身を乗り出してはいけないぞ」
さすがに危険だと思ったのか、お兄様に注意される。
仕方ないので座った状態で窓の外に目を向ける。
農民たちが農作業に励んでいる。
「お嬢様ぁ、ナッサウ領の小麦は質が良くて帝国内だけじゃなく、お隣のマグノリアにもたくさん出荷してるんですよぉ」
出発前まで元気のなかった侍女もいつもの調子に戻ったようだ。
少しうざいがおとなしいアマラに比べればマシだろう。
「そうだな。マグノリアとは昔から商業のパートナーだからな」
マグノリア民族連合国。帝国の東にある共和国。
東方民族の国で、各民族の長や有力者を代表として構成される連合会議が国家運営を行っている。
帝国が王国だった時代から通商協定を結んでおり交流が盛んだ。
「私たちナッサウ家は東方の血が濃いと言われていますが、マグノリアがルーツなのでしょうか?」
「それはわかっていないんだ。マグノリアなのか、さらに東からなのか。確実にわかっているのは旧ワーグ王国に定住して以降のことだけだ」
「お嬢様ぁ、ワーグ王国は覚えていますかぁ?」
「ええ。カージフ王国時代に現在の南部を征服した後に戦った国ですよね」
「そうですぅ。現在の東部地域の大半がワーグ旧領なのですよぉ」
カージフ王国の東征。
東西交易路を開通するため王国は東への拡大を目指した。
1、南の大国プルートシア王国と同盟を結び、エピタス王国を南北から挟撃する。エピタス王国は崩壊し現在の南部に該当するエピタスの北半分を獲得する。
2、マグノリア諸民族に戦後の優遇通商権を約束し、東方諸国の干渉を排除。孤立無援に陥ったワーグ王国を征服。現在の東部地域の大半を獲得する。
3、西方と東方を結ぶ交易路を整備する。それが現在の南回りの東西交易路と呼ばれる。
「ワーグ戦のときにいち早くカージフ王国側についたのが我が家を含んだ東部の四名家だな」
あれ?同時期からカージフに従っていたのに、リューネブルク家は贔屓されてる気がする。
経済力ならモンベリアル家、軍事力ならアンスバッハ家や私たちナッサウ家のほうが勝っている。
魔力は多少リューネブルク家が高いが、抜きんでるほどでもない。
「リューネブルク家が優遇されているのには理由が?」
「あそこはワーグ王の妹のお家だったんですよぉ。王派と王妹派に分かれてバチバチだったんですよぉ。それで少数派だった王妹派がまとめて寝返ったって感じですねぇ」
「王族とその取り巻きが国を売ったってこと?私たちのご先祖様が」
「悪い言い方をすればその通りだな。だが、四名家が早々に決断しカージフとワーグの戦力差が圧倒的になったため、早期の戦争終結に繋がったとも言える」
ワーグ王国視点だと、亡国に追いやった裏切り者。カージフ王国視点だと、早期終結の立役者か。
見方をかえるだけでこうも善悪がはっきり分かれるんだな。
「そうですねぇ。双方の被害が少なく済んだ功績を認めたカージフ王は王族で旗頭だった一族を侯爵に、その他三家を東部の要所に配置して功に報いたらしいですよぉ」
「それでナッサウ家のルーツの話に戻るが、戦争とその後の封地換えの混乱でワーグ以前の資料が紛失してしまったらしいな」
ご先祖様がどんな考えで裏切ったかを今はもう知るすべはない。
ふと窓の外に目を向けると、牛がのどかに牧草を食んでいた。
この美しい景色を守る為の決断だったのならうれしいな。
――――――
いつの間にか、いくつかの町や村を過ぎ、今日の目的地が見えてきた。
ナッサウ領第二の都市、商業都市ベルン。
アデリンダ叔母様が代官を務めている。
「お嬢様ぁ、ベルンの城壁が見えてきましたよぉ」
「今日は叔母様のお屋敷に泊めてもらうんですよね?」
「そうだな。マリアはベルンは初めてだろう。門を過ぎたら馬車から降りて、街を観ながら屋敷に向かうか?」
「えっ、いいのですか?」
「ああ、当然護衛はつくが、ある程度自由に歩いても大丈夫だ」
門を抜けたところで、馬車と別れる。
メインストリートには多くの露店や屋台が連なっている。
食べ物から怪しい装飾品、東方や西方、南方の物まで揃っている。
通りを歩く人も、様々な服装で様々な肌や髪の色。
さすが商業都市。ただ、きょろきょろしすぎたのか周囲からの視線が痛い。
「やっぱり目立っちゃいますねぇ」
「そうだな、場違い感がすごいからな」
「もしかしなくても……私のせいですか?」
「ああ」「はい」
やってしまった……物珍しいものが多いとはいえ、はしゃぎすぎてしまった。
「お嬢様ぁ、勘違いされていそうなので言っておきますが、お嬢様の美貌に目を奪われているのですよぉ。ついでにハインリヒ様も」
「ああ、マリアの美しさは万人を魅了するからな」
「お嬢様は領都でも屋敷から出ることがあまりなかったのでご存じなかったんですねぇ」
「ヒィ……」
恥ずかしくなってお兄様の背中に隠れる。
それとなく周りの声に聞き耳を立ててみる。
「おいおい、お貴族様ってあんなに美しいもんなのか?」
「あの方は東方の黒真珠様だよ。隣が氷の貴公子様。ただの噂だと思っていたが納得だな」
「付き人の嬢ちゃんまでえらい別嬪さんだなぁ」
ひゃぁぁ、そんなジロジロ見ないで!
私たちは見世物じゃないんだよぉ!
「お兄様、アマラ。少し急ぎましょう!」
視線に耐えられなくなった私は二人を急かす。
二人はクスクス笑っていた。
「お嬢様ぁ、少しずつ慣れていきましょうねぇ」
「そうだな。これでは先が思いやられるな」
降り注ぐ大量の視線に耐えながら、なんとか屋敷にたどり着くのだった。