表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/272

第5話 いってきます

「ハインリヒ様、いらっしゃいますか!」


 バタンという大きな音とともに、ドアが勢いよくあけられる。

 ノックするのも忘れ、ハインリヒの部屋に侍女が飛び込んでくる。


「アマラよ。さすがにそれは無礼にもほどが……」


 あまりの無作法に不機嫌そうなハインリヒだったが、侍女のあまりの困惑ぶりに言葉を飲みこんだ。


「なにがあった?お前がそこまで取り乱すということは、マリアか?」


 コクンと侍女は頷く。


「マリアはどこにいる!?」

「食堂にて朝食を摂っております」


 ハインリヒは身支度の途中であったが、侍女から事情を聴くのも忘れ食堂に急いだ。


――――――

 

「マリア、大丈夫か!?」


 いつもの流麗な所作も忘れ、服も髪も整っていないお兄様が、恐ろしい形相で駆け寄ってくる。


「お兄様こそ大丈夫ですか!?少し落ち着いてください」

「ああ、すまなかった。私の部屋にアマラが助けを求めてきたのだが」


 あぁ、私が泣き濡れていたのを心配して、お兄様に伝えにいったのか。

 アマラは終始無言で私の身支度を整えてくれていた。

 なにも聞いてこなかったから、なにも説明していなかった。


「とても苦しい夢をみて涙が止まらなかっただけです。今はこのようになんともないですわ」


 ニコッと微笑んで見せた。

 だがお兄様の顔はさらに険しくなった。


「どんな夢を見た!?なにを思い出した!?」


 普段のクールなお兄様からは想像できないほどの、鬼気迫る表情と語気。

 それに、思い出す……?

 お兄様だけでなく誰にも、不思議な夢と私の知識や経験がつながっていることを言ってないんだけど?


「お兄様、思い出すとはどういう意味でしょうか?この不思議な夢についてなにか心当たりがあるのですか?」


 しまった!とお兄様の顔に書いてある。普段のお兄様ならこのような失敗はしないだろう。

 困惑しているお兄様は仕方ないという感じで話し始めた。


「マリアは前世というものを信じているか?」


 リアリストなお兄様からロマンチストな質問をされるとは思わなかった。


「いいえ、信じていません。ですが素敵だとは思います」


 お兄様の表情が少し曇った気がした。


「私は前世というものが存在すると思っている。魂の記憶として。だから、マリアの言う不思議な夢とは、前世の記憶を追体験しているのではないかと思っている」


 突拍子もないことだと思う。

 でも、私のみる夢と私の知識や経験のつながりを正しく説明できる気がする。

 この世界ではこれが当たり前なんだろうか?


「お兄様にも前世の記憶があるのですか?」

「いや、無い」


 お兄様の視線が一瞬外れたのを私は見逃さなかった。

 私に嘘をつくときだけのお兄様の癖。

 でも、その嘘は優しい嘘。

 私が困らないように、傷付かないように思いやる嘘だと知っている。


「そうですか。それにしてもお兄様、身支度は大丈夫ですか?」

「そうだったな。途中だったことを忘れていた。出立まであまり時間もないので失礼する」


 お兄様は普段の調子を取り戻し颯爽と歩いていった。


――――――


「アマラ、まだいたのか」


 ハインリヒが自室に戻ると、侍女が駆け寄ってきた。


「ハインリヒ様、お嬢様は大丈夫でしょうか?」

「ああ、もう心配はない」

「よかった!ハインリヒ様ありがとうございます!」


 いつも不遜で不敵な侍女の恭しい態度に少し胸がざわつく。


「いや、知らせてくれて助かった。だが、身支度が途中だからそろそろ外してくれるとありがたいのだが」

「あっ、失礼しました!」


 顔を赤らめた侍女が部屋から飛び出していった。

 普段からあれなら可愛げもあるんだが……いや、考えないでおこう。


「十二の、成体の頃には帝都か……。見計らっていたのか?」


(だとすると皇帝か第一皇子が”彼”か。”俺”はどうすればいいだろうか……)


――――――

 

 ナッサウ伯領都エイゴスの領主邸前には多くの人が集まっていた。

 領主とその家族。随行する侍女侍従と見送る家人。領軍から選抜された屈強な護衛隊と噂を聞きつけ集まった領民。


「いやぁ、間に合ってよかった。近場のゴロツキどもはぶっ飛ばしてきたから、しばらくは安全に進めるはずだ」


 お父様は数日前から経路上の哨戒と掃討をしてくれていた。

 野盗や獣のみなさん、ご愁傷さまでした。


「関係してるお家のほうにはよろしくねって伝えてあるから、しっかりもてなしてもらいなさい。変なこと考えてるお馬鹿さんもいるようだけど、二人で協力して返り討ちにしちゃって頂戴」


 お母様は関係各所への根回しに奔走してくれた。

 お馬鹿さんって……間違いなくリューネブルク侯のことだろうが、一応格上貴族のはずなんですが。


「母様、父様。いろいろと手を回していただきありがとうございます」

「お母様、お父様。お二人のおかげで安心して旅立つことができそうです。ありがとうございます」

「いいってことよ!俺が手塩にかけて育てた精鋭もついている。なんかあったらしっかり使ってやってくれ」

「大きくなったとは言え、あなたたちは私の大事な子たちなの。どうにもならないことが起こったら……迷わず逃げてきちゃいなさい」


 二人は私たちをぎゅっと抱きしめてから、軽く背中を押してくれた。

 二人に、そして多くの人たちに見守られながら馬車に乗り込む。

 御者の合図で馬車が動き始める。

 私は手を振り続けた。みんなが見えなくなるまで。


「いってきます」


 誰に言うでもなく、ふっと口からこぼれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ