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第4話 涙の洪水

 二日目以降は、午前は貴族の一般教養のおさらい。午後は護身訓練というスケジュールになった。


「さて、作法練習が不要となったため、この時間は教養の復習に充てる」


 お兄様もアマラも無駄に気合がはいっている。

 普段かけていない眼鏡をかけ、ローブを着ている。

 教師感を出そうとしているのだろう。形から入るタイプか。


「わかりました、ハインリヒ先生、アマラ先生」


 私も乗っかってみる。


「う、うむ。これは癖になるな」

「お嬢様ぁ、もう一回言ってください!」


 これはいかん。進まなくなる。

 さっさと始めさせよう。


「時間も限られていますし、始めてもらっても?」

「すまない。始めよう。たまに質問するからしっかりと聞いているように」

「はい。よろしくお願いします」

「アマラ、この国の地図を持っていてくれ」


 アマラが広げている地図をまじまじと見てみる。

 うぅん、とても分かりづらい。私の知るナッサウ領の形と地図の形も違ってみえる。

 雲の絵とか山の絵とか邪魔だし。北が上なのがせめてもの救いかな。

 こんな出来でも国防上の機密で持ち出し禁止の重要書類らしいから驚く。


「まずこれがカージフ帝国の全体図。帝都はここだ」


 地図の中央右上を指さす。


「次に我が家はここだ」


 地図の右のほうを指す。


「東部選帝侯エリアだ。ではマリア、選帝侯について説明してくれ」


「選帝侯は継承順位の決定や立太女、廃太女など皇帝周辺の人事を協議する選帝会議のメンバーです。東西南北の有力貴族がそれぞれ一名ずつ。公爵家から一名ずつと宰相、元帥。国教であるティエラ教の聖女、聖女指名の大司教か枢機卿から三名。現在公爵家は一家だけなので十一名が選帝侯となっています」


「さすがマリア。それでは、我々東部の選帝侯の状況については?」


「現在の東部選帝侯は伝統ある名家のリューネブルク侯爵です。その他の候補に、国境の守りを担っているアンスバッハ辺境伯と東西交易路東の重鎮モンベリアル伯爵。最後にお母様、ナッサウ伯爵。この四家を東部の四名家と呼びます」


「お嬢様ぁ、模範のような正確な回答ですぅ」

「そうだな。補足すると、母様は東部選帝侯を狙っていない。宰相筆頭補佐であるため、遠からず宰相に就任するであろうからな」

「モンベリアル家もあまり関心がないように感じますが?」

「そうだ。あの家は金儲けが第一だからな。他家と争って流通や経済が乱れることを望んでいない」

「ということは、リューネブルク家とアンスバッハ家の一騎打ちですね」

「そうなんだが……アンスバッハ家と我が家は友好関係にあるのだが、リューネブルク家がな……」

「リューネブルク家が最近落ち目と聞きますが……その関係ですか?」

「そうだ。逆に我が家は順調に発展しているから、一方的に敵視されている」


 なんと迷惑な!

 自分たちが落ち目だからって、周りに当たり散らすなんて貴族の風上にも置けない。


「帝都へはリューネブルク領を通らねばたどり着けない。十中八九なにか仕掛けてくるだろうから気を付けるしかないな」

「なにがあっても私がいるかぎり、お嬢様には指一本触れさせません!」


 アマラも貴族。身体強化と体術の腕はかなりのものらしい。

 お兄様と護衛隊も付くので、直接襲撃をかけてくるようなことはないはずだ。……はずだ。


「モンベリアル家にも立ち寄りますよね?」

「ああ、アリーセ嬢も今の時期は屋敷にいるらしいから会えると思うぞ」


 アリーセ・フォン・モンベリアル。モンベリアル伯爵の二女。

 若くして自身で商隊を率い各地を巡る商売人。


「いつもアリーセ様がこちらに来てくれるので、逆の立場は新鮮ですね」

「アリーセ嬢もマリアがお気に入りらしいから歓迎してくれるだろう」

「私はあの女は嫌いですぅ。お嬢様になれなれしくべたべたと触れて……」

「アリーセ様もあなたには言われたくないと思うわよ?」


 スキンシップの激しさはうちの侍女が群を抜いている。


「とりあえず、今日の教養の復習は終わりだ。休憩をはさんで護身訓練を行うから練兵場に集まってくれ」


 こんな感じで着々と準備は進み、いつの間にか出立前夜になっていた。


――――――


「アマラ、寝付けないから落ち着けるお茶を準備してくれる?」


 明日はいよいよ出立の日。

 ナッサウ領は治安が良いが、今回通る他領の中には治安が良くない領もあるらしい。

 リューネブルク家の動向も気になる。

 でも、不安より期待のほうが大きい。

 初のナッサウ領の外。初の帝都。初の皇帝陛下。初めてのことばかりだから。


「お嬢様ぁ、ぐっすり眠れるように私からの愛もたくさんいれておきましたぁ」

「そういうのはいらない……って美味しいじゃない」

「私からの愛以外にもリラックス効果のあるハーブも使いましたからぁ」

「そう、ありがとう。落ち着いたから私は寝るわ。明日からもよろしくね」

「お嬢様ぁ、おやすみなさいませぇ」


 今日は良い夢がみられそうだ。


――――――


「だから、帰ってきたときに大事な話があるんだ」


 あれ?いつもの夢よりもはっきり見えるし聞こえる。

 でもこの男性は誰だっけ?


「そっか、楽しみに待ってるね……」


 夢の中の私の胸がドキドキしてるのがわかる。

 これが恋ってやつなのかな?


「えっ!?***君が?嘘!?なんで!?」


 夢の中の私の悲しみや絶望感が伝わってくる。

 悲しい、苦しい、胸が張り裂けそうだ。


―――――― 


「お嬢様ぁ、朝ですよぉ。えい!」

「おはよう、アマラ」


 ベッドに飛び込んだアマラは目を丸くした。

 愛する主人の目から、涙がとめどなく流れていたからだ。


「お嬢様、なにがあったんですか!?私の悪ふざけでどこか怪我でも……」


 あまりの異常事態に素の言葉遣いに戻って、おろおろしている。


「違うの。とても嬉しくて、とても悲しい夢を見たの。まるで魂を揺さぶられるようなね」


 困惑している侍女のために、私はニコリと微笑んでみた。

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