第3話 マリアの素質
翌日から謁見の準備が始まった。
社交の経験もあまり無い私では付け焼刃がせいぜいかと思われていた。
「マリア、最後の社交の場はいつだ?」
「たしか、二年ほど前の私の十歳の記念パーティーだったと思います」
「アマラ、それで間違いないか?」
「はい、間違いないかと。あの時は、開会の挨拶とお客様と軽くお話しした程度ではありますが」
「普段の作法の教育はどの程度まで進んでいる?」
「終わっておりますので、現在は行っておりません」
「ん?お前……教育係として一番大切な分野ではないか。言動は狂っているが、仕事はしっかりこなすからと任せていたのだが」
「チッ、ですから終わっていると申しております。下々の言葉を聞けぬとは、良い為政者にはなれませんよ?」
この二人、絶対お似合いなんだよね。
昨日も二人きりでこそこそお話合いしてたし……。
まさか!大人の関係?縛り付けられて動けない侍女を躾といってお兄様が……キャァァァ!
「マリア(お嬢様)、それはない(です)!」
「息もぴったりですね。あれ、私声に出しちゃってました?」
「お嬢様のお顔に書いてありましたよぉ」
「はぁ、まあいい。実際に一通りやって見せてもらえばいいだろう。マリア、できるか?」
「はい、それではおかしなところがあればご指摘ください」
お兄様たちの前で謁見儀礼、ダンス、お茶会作法などを披露していく。
なぜ出来るかって?
あの夢の中の私はお母さんと一緒にパーティーに出席したり、お父さんと諸外国の賓客を接待しましたから!
夢での知識や経験はなぜか私とつながっている。
不足分や帝国式と違うところはアマラに指導してもらったから、完璧である。
まだ誰かも思い出せないけど、ありがとう夢の中の私!
「マリア、控えめに言っても完璧だ。明日からはこの時間を別の教育に充てよう」
「だから言ったのです、お嬢様は生まれながらに大輪の華。私が育てようなどとはおこがましい限りです」
「アマラ、あなたの指導のおかげでここまでのことが出来ているのです。そこまで自身を卑下するのはおやめなさい」
「お嬢様はお心まで美しゅうございますぅ。アマラは幸せにございますぅ」
いつものように飛び掛かってくる侍女を回避する。
その様子を眺めていたお兄様が呆れながら近づいてきた。
「しばらく休憩した後、領軍の練兵場で訓練に混ぜてもらおうと思う。動きやすい服に変えておいてくれ」
伝えることだけ伝えたお兄様は、難しい顔をして考え事をしているようだった。
――――――
休憩を終え、着替えた私たちは練兵場へ向かった。
領軍とは、領民を野盗や魔獣、獣から守るため、戦時には兵として戦地に赴くために各領地で持っている軍隊だ。
トップは団長であるディートリヒお父様。北方紛争での活躍もありナッサウ領軍は強兵の誉れ高いそうだ。
「坊ちゃんとお嬢がおそろいでここにくるなんて珍しい。団長を呼んできやしょうか?」
彼はジャンブール副団長。元傭兵の平民だが、豊富な実戦経験や指揮能力でお父様の右腕的存在。
「それには及ばない。父様には話を通してあるから、マリアの訓練に付き合ってほしい」
「承知しやした。お前ら、聞いてたか?坊ちゃんとお嬢に無様な姿をさらすなよ!」
『オォォゥ!』
しばらくは練兵の様子を眺めながら基本的なことを確認していく。
「お嬢は成体前でしたよね?」
「そうだ。なので魔法は使えない。陛下も呼び出しを少し遅らせてくれればもっと安全に……」
お兄様がブツブツ文句を言っている。
というのも、貴族は平民に比べ成長が早く、十二歳前後で身体の成長が止まる。
成長中の身体で魔力を行使すると魔力や身体の成長に悪影響があるため、帝国法で十二歳=成体までは魔法の使用が禁止されている。
ちなみに貴族は魔力を行使出来る者、平民は魔力を行使出来ない者と言い換えることが出来る。
「お兄様、私も剣を持ってみたいです」
夢の中の世界は平和だったため剣を握ることはなかった。
あるとすれば、授業で竹刀というものを使って剣道をやった程度。
あっ、今度竹刀を作ってみよう。
周囲を見渡すと訓練用の刃引きした剣とはいえ、怪我人が大量に発生している。
新兵の訓練効率も上がるだろう。と企んでいたら、何本かサイズの違う剣を持ってお兄様が帰ってきた。
「マリア、好きなものを持ってみなさい」
私は迷わず大剣を掴もうとする。
周囲から生温かい視線を感じるが気のせいだろう。
「よいしょ……ってあれ?すごく重い!お兄様は軽々と大量の剣を持ってたのに」
構えるだけで手足がぷるぷる震えている。
「私は身体強化を使っているからな。護身程度であればこっちがいいだろう」
お兄様は大剣を取り上げ、細剣を渡してきた。
「マリアの筋力を考えると細剣一択だな」
「ではなぜあのような大剣まで持ってきたのですか?」
「好奇心旺盛なマリアなら迷わずあれを選んで、可愛い姿を晒すと思ったからだ。あれを見てみろ」
お兄様が指さした場所で侍女が悶絶し転がりまわっていた。
「生まれたての小鹿のようなお嬢様、尊い!」
見なかったことにしよう。
「まあ半分は冗談だ。自分にあった武器を選ぶのも訓練の一環だからだ」
「半分は下心があったんですね。それでは振ってみていいでしょうか?」
上段に構えたところで待ったがかかる。
「待て、マリアの力では斬りかかるのは下策だ。そもそも細剣は斬るためのものではない。刺突であれば非力でも効果があるだろう」
「そうですね。細剣であればなんとか扱えそうです」
「なるべく受けずに距離をとって突く練習をしていこう」
それからはひたすら避けては突く練習を繰り返し一日が終わった。