第2話 嵐の前の騒がしさ
その後は、お母様の謝罪とお父様の励ましを聞きながら今後の予定を詰めていった。
出立は一週間後。それまでに私は謁見作法の練習や護身のための剣術訓練をすることになった。
「アマラ、帰ったわよ。お茶の準備をお願いできる?」
「お嬢様ぁ、なかなか帰ってこないのでアマラは寂しゅうございましたぁ!」
飛び掛かってくる侍女を華麗によける。
お茶を準備しろって言ってるのになにをやっているんだか。
「ゲッ!ハインリヒ様、なぜあなた様までこの部屋にいらっしゃるんですかねぇ?」
主人によけられ転がっていた侍女は、思わぬ敵の出現に素早く立ち上がり臨戦態勢だ。
いや、敵じゃないのだけど……。
「マリアと皇城に向かうことになったからその相談だ。なにか問題でもあるのか?」
「チッ、さっさと済ませて早々にお帰りくださいね。私とお嬢様の愛の巣から」
「ふざけるな!マリアは私のものだ!お前なんぞにくれてはやらん」
ハァァァ、いつになったらお茶が出てくるのか?いつになったら相談できるのか?
「二人ともいい加減にしなさい!アマラはさっさとお茶の支度。お兄様はしばらく黙って。わかった?」
「はい」「ああ」
侍女は機敏な動きでお茶を準備して帰ってきた。
「それで、お兄様のお話とは陛下からの呼び出しについてですよね?」
「ああ、陛下の目的について考えのすり合わせをしたい」
「はい、やはり一番の目的は縁談またはその下見ではないかと」
「ちょぉぉと待った!お嬢様に縁談?そのようなこと私が許しません!」
私の部屋で相談するのは失敗だったかもと反省しながら、近くの椅子に侍女を縛り付けタオルを口に巻いておいた。
「モガモガモガ、モガモガモガ!」
「私もそう思うが、一つ不自然なことがある」
「お母様にも目的を告げていないことですか?」
「そうだ。縁談にしろ、面通しにしろ母様には事前に伝えるべきだろう」
「そうなんですよね。それに陛下に進言したのが第一皇子殿下っていうのも気になります」
「噂の”完璧皇子”様か……」
主だった皇族には皇帝、王配陛下のほかに、皇子が一人と皇女が二人いる。
特にフリードリヒ第一皇子は、私と同じ年齢にして眉目秀麗、文武両道で諸外国からも注目されているらしい。
そんな方が私たちになんの用だろう?
「とりあえず下手に言質をとられないようにしながら、うまく立ち回るしかないですね」
「そうだな。それに噂の”東方の黒真珠”を見たいなんて単純な理由かもしれないからな」
過大評価な気がするが、私は黒真珠なんて呼ばれている。
帝国一の美姫なんだとか。物好きもいるもんねぇ。
「黒真珠なんて大それた名前、だれが言い出したんですかね?」
「マリア、お前を見たことある人間なら誰しも納得の名だと思うのだが」
ずっとモガモガ言ってた侍女の口からタオルが外れ、とんでもない量の賛辞がとんできた。
「お嬢様の美しさは至上にして至高!大衆の前に身を現せば男は顔を赤らめ、女は届かぬ頂点を知り憧れる!歩く姿は……」
「アーマーラ、少し黙りなさい!」
「ですがお嬢様ぁ、いつも否定されますが周囲からの評価はホントにこんな感じなんですよぉ……」
「それは私も同意する」
お兄様まで……褒め殺して恥ずか死させる気なの!?
「とりあえず、この話は進めば進むほど泥沼でしょうから中止!」
「そうだな。陛下や殿下の思惑がわからない以上、用心して事に当たるしかないな」
「お嬢様ぁ、もし縁談でしたら間違ってもうなずいてはいけませんよ!お嬢様と結ばれようなどと身の程知らずが……」
「皇族に対してそんなこと言うアマラのほうが身の程知らずだと私は思うのだけれど」
うちの侍女が不敬罪でしょっぴかれないか心配だ。
「話は変わるがアマラを借りていっていいだろうか?」
突然のお兄様の申し出に怪訝な表情を浮かべてしまった。
「乱暴に扱わないのであれば、どうぞ。縄をほどきますね」
「それには及ばない。椅子ごと借りていく」
と言うと、お兄様は軽々と椅子ごと持ちあげ去っていった。
さすが魔力オバケの身体強化、恐ろしい力だ。
――――――
「アマラ、最近マリアから夢の話は聞いたか?」
「最近は聞いていませんね。ですが、今朝はあの夢をみていたと思いますよ」
「そうなのか。それにしてもなぜわかるのだ?」
「私の日課ですから」
「日課とは?」
「お嬢様を起こす一時間前から美しい寝顔を眺め、時間になったらお嬢様のベッドに飛び込みます!」
「お前……なんて羨まし……けしからんことしているんだ!」
「それよりも、まずはあの夢の話をいたしませんか?」
「そっ、そうだな。で、内容までわかるのか?」
「直接聞いたわけではありませんが……寝言で謎の言葉”ダイガク”や”シンカンセン”と言っておりました」
「っ!!!……そうか、情報感謝する」
「いえ、貴方のことですから、意味は分かりませんが、これもお嬢様のことを心配しての行動なのでしょう?」
「そう……だな。マリアの様子に気を配っておいてくれ」
「貴方に言われるまでもありませんが、胸に刻んでおきます。つきましては、そろそろ縄をほどいていただいても?」
「すまなかった!今ほどく」
やっと解放されたアマラはニヤリと笑った。
「私も十九の乙女。あのような姿を誰かに見られていたら、いらぬ風聞もたちましょう。お気を付けを」
先ほどまで縛り付けられていた椅子を回収して颯爽と帰っていった。
「あれがマリアの近くにいるなら少しは安心するな……」
(だが……大学か。すでにそこまで思い出しているか。それに第一皇子か。嫌な予感がする)
「帝都は荒れそうだ……」
天を仰いだハインリヒはソファーに沈み込んだ。