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第1話 不思議な夢と伯爵令嬢

 私は夢を見ている。

 皇城の何倍も背の高い建物、ビル。馬が曳かない馬車、自動車。描かれている物が動く絵画、テレビ。

 私ことナッサウ伯爵家令嬢マリア・フォン・ナッサウの世界には、こんなものは存在しない。

 優しくも厳しいお父さんとお母さん。一緒に学校で学び、遊ぶ友達。

 でも、夢の中の私は誰なのかを思い出せない。それに、とても大事なことを忘れている気がする。


 

「お嬢様ぁ、朝ですよぉ。えい!」


 騒々しい足音と気の抜ける声とともに、主人の体に体当たりを敢行してくる。


「キャァ!アマラ!毎日毎日ベッドに飛び込んできて……ってどこを触ってるのよ!」

「可愛すぎるお嬢様がいけないんですよぉ。あんな寝顔を見せられたらどんな男性もこぉなっちゃいますよぉ」

「あなたは女性でしょ!はぁぁ、もういいわ。着替えとヘアセットをしてちょうだい」


 この危ない奴はアマラ。私専属の侍女で教育係でもある。

 私や一部の人に対する言動は問題しかないが、とても優秀だ。

 

「あっ、お嬢様ぁ。ご当主様がお呼びですよぉ」

「お母様が帰ってきてるの?というか、あんな戯れをする前にそれを伝えなさいよ」


 なんて会話をしているとノックの音が聞こえる。


「ヘアセットは自分でやっちゃうから対応してきて」


 アマラはドアに向かい、キリっとした声で尋ねる。


「どちら様で、いかようなご用件でしょうか?」


 侍女よ、お前は誰だ。なぜ私との対応にこうも違いが出るんだ。


「ハインリヒだ。母様から共に呼ばれているため迎えに来た」

「お嬢様の準備が今しばらくかかりますので、お先に向かわれたほうがよろしいかと」

「いや、ここで待とう」


 さすがにお兄様を廊下で待たせるのも申し訳ないので、アマラに目配せで入室の許可を出す。


「チッ、お嬢様の許可が出ましたので入室してお待ちください」


 今舌打ちしたよ。あのお兄様に対して。

 ドアが開かれ流麗な所作でお兄様が歩いてくる。

 ハインリヒ・フォン・ナッサウ。私の三歳上のお兄様。

 端正な顔立ち、美しい黒髪を後ろで束ね、成人前にも関わらず、お母様の代わりに領政を取りまとめる秀才だ。


「マリア、おはよう。今日の君も美しいな」

「お兄様、おはようございます。私も年頃ですのでそのように言われますと勘違いしてしまいますわ」

「勘違いではない。私は本心から言っている」


 お兄様はシスコンが過ぎる。普段はクールで完璧なのだが……。


「ハインリヒ様、そのようなたるみ切った顔をしていては世の令嬢に幻滅されてしまいますわよ、”氷の貴公子”様?」

「お前こそ、その小うるさい口を閉じねば貰い手が見つからないぞ」

「チッ!」「フン!」


 いつもいつもよく飽きないなぁ。なんだかんだで二人とも息ピッタリなんだよね。


「お兄様、準備が整ったので向かいませんか?」


 まだうなり声をあげてお兄様を威嚇している侍女を残して、お母様のもとへ向かう。

 普段は帝都の皇城に詰めているお母様が領地に戻ってくるのは珍しい。

 領内で大きな問題も発生していないとすると、皇族関連か?などと考えていると執務室についてしまった。


「あらあら、ハインリヒもマリアちゃんも、少し見ない間に立派になって」

 

 サンドラ・フォン・ナッサウ。ナッサウ伯爵家現当主にして宰相筆頭補佐官。私のお母様。

 家族の前ではとても穏やかな性格だが、皇城では剛毅果断な判断力と先を見通す政治外交手腕から”鉄血補佐官”と呼ばれている。

 私やお兄様と同じく黒髪黒目の東方系美人で皇城内にファンが多いんだとか。


「二人とも、久々の母ちゃんだ。しっかり甘えておけよ」


 ディートリヒ・フォン・ナッサウ。ナッサウ伯爵家夫人で領軍団長。私のお父様。

 さっぱりしていて裏表のない貴族っぽくない性格で、北方紛争では多くの敵軍を打ち破った英雄だ。

 茶髪に碧眼、東西の血が混ざった偉丈夫で領軍兵や領民からの人気が高い。


「お母様もお元気そうでなによりです」

「お忙しいはずの母様がお戻りになられるとは、いったいどのような用件でしょうか?」

「それがね、困ったことに陛下があなたたち二人に会わせろってうるさいのよ。皇城での仕事は他の者に任せて呼びに行ってこいだって」


 皇帝陛下からの呼び出し……きっとろくでもないことだろうな。

 私はもうじき十二歳、お兄様ももうじき十五歳。縁談でないことを祈るしかない。

 皇族に輿入れするにしても、降嫁されるにしても面倒この上ないじゃない!

 ナッサウ家としてはとてもありがたい話なんでようけど、こんな歳で将来を決められちゃうなんて冗談じゃない。

 恋愛結婚が至上よ!……ってこれ、夢の世界での価値観だわ。

 今朝の夢にだいぶ引っ張られてるなと考えていたら、お兄様が口を開いた。


「断ることは可能ですか?」


 お兄様も私と似たようなことを考えていたのだろう。


「無理ね。陛下の命令を突っぱねるのは私でもできないわ」


 お母様も私たちの意思を尊重したいのか苦々しい顔をしている。

 いろいろ手を尽くしてくれたのだろうが力及ばなかったという感じだ。

 それにごねてはますますお母様の負担になるだろう。縁談と決まったわけでもないわけだし。


「私行きます!お兄様もよろしいですか?」

「可愛いマリアが決めたことなら、私も腹をくくろう」

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