23 サッカー対決・2〜ダメ王子と王様の話
体育の授業にてサッカーをやることになった冬華は現在最終試合で負けていた。点数は2-1。試合時間は30分で今は10分が経過したところだ。
残り20分程で逆転できるのか怪しかった。何せ相手には学園一のイケメンと称される神谷雷神がいることが敗因だろう。
だが、冬華の親友の春正はそうは思っておらずーーー
「・・・冬華さんよ、本気出せよ」
「まだ10分経っただけだ。本気出したらあっという間に勝つし悪目立ちする。極力目立ちたくないんだよ」
「おーおーおー。あっさり勝ち確宣言しちまったよこいつ。相手には雷神がいるんだぜ?・・・ま、でもお前は魔術使えば身体能力上げられるし、元々めちゃめちゃ動けるんだから最近サボってても動けるだろ?」
「・・・そりゃあまぁ」
「じゃあ頑張って動け。俺も合わせてやるからさ・・・それによ、何かあるんだろ?ここまでお前が体力を温存しながら消極的な動きだったのは相手の動きを詳しく分析するためだ。気づかねぇと思ってたか?」
「・・・・けど、勝算が確実にあるわけじゃないし、他の連中が信じてくれるのは限らねぇよ」
「言うだけタダってやつさ。なんなら少しだけタイムもらおうぜ・・・・すんませ〜ん、ほんのちょっとだけタイムくださ〜い」
春正が審判をしている教師に対して手を挙げてそのタイム宣言は了承された。
冬華のチームは集まり、どうすれば雷神のチームに勝てるのか案を模索していた。そんな中、冬華は押し黙っていたが春正がに背中をぽんと叩かれ、意を決して口を開いた。
「皆、俺の話を聞いてほしい」
冬華がそう言うと、全員が冬華を見る。この感覚は苦手だ。本来、冬華は上に立つポジションではなく、忠誠を王に誓い、その王の元で働き貢献するタイプの人間であり、リーダー格になりたいと思う性格ではない。冬華にしかできないリーダーとしての素質はあるが、冬華の性格上、人の上に立つなんてことはしたくないと思っている。
だが、勝てる勝負を捨ててまでそこまでの矜持を持っていたいとは思わない。
「・・・えっと、一応神谷のチームに勝つ案はあるんだけど、その前に聞いて欲しい。これはただの授業だ、スポーツ大会とかじゃない。それでも皆・・・・勝ちたいか?」
冬華と春正を除く9人は俯き黙りこくってしまった。期待してはいたとはいえ、自分の意見が通るとは思ってはいなかった。数秒の沈黙ののち、冬華は自分の言葉を取り消そうと口を開きかけた瞬間ーーーーーー
「「「「あったりまえだ!!!!」」」」
鼓膜が破れるのではというほど大きな声で叫ばれ耳を反射的に抑える。驚きながら目をぱちぱちさせているとクラスメイトの1人が冬華の方を掴んで前後に揺らす。
「当たり前じゃねぇか星川!勝ちたいし何より神谷に一泡吹かせてやらねぇと気が済まねぇ!勝つ作戦があるなら教えてくれ!お前らも勝ちたいだろ!」
「おうさ!」
「「イケメンに吠え面かかせてやらねぇとな!」」
冬華の一言に火が付いたのか一気にやる気が爆発した。やる気はあるにはあったろうが、勝てるイメージが浮かばずどうすればいいのか悩んでいた所に冬華の一言が功を奏してやる気スイッチに繋がったのだ。
若干やる気が少し不純を帯びているように感じるのは気のせいということにしておこう。
「それで星川、何か策があるのか?」
「ああ。でも必ず勝てる作戦なんてないし、確実にそうだとは言えないけど、神谷のプレースタイルを見てたから大丈夫、いける・・・と思う。それでも・・・【やるか】?」
「「「「やる!!!」」」」
「わ、分かった。じゃあ今から作戦を伝えるな」
冬華は即決したクラスメイトに驚きながら冬華は全員に自分が考えた作戦を伝える。
伝え終わった後のクラスメイト達の反応は驚きと勝ちを確信したような顔をしていた。
「じゃあ皆、冬華の作戦通り頼むぜ。ボール取ったら俺か冬華に渡してくれたら良いんだよな?」
「おお、そうだ。1点目くらいなら奇襲で取れると思う」
「よっしゃ任せろ!この試合勝ってイケメンより俺たちが目立ってなろうぜ!」
「「「おおおーーー!!!」」」
メンバー全員の気持ちが一つになったところで冬華は単純な思考とお気楽さにやれやれと呆れるが、思いの外悪くないと思っていた。
小休止が終了し、試合を再開する。雷神チームからのキックオフで始まった。
速攻でドリブルで上がってくる雷神を冬華のクラスメイトの一人が一対一に持ち込んだ。
数秒間の攻防の末、雷神がフェイントを加えてドリブルで相手の左手側から抜こうとした瞬間、左側に瞬時に反応し、ボールを奪った。
想定していなかった突然の事で雷神は動きを止めて唖然としていた。
「こっちだ!」
油断している間に冬華は前線に上がり合図を送る。パスされたボールを受け取り冬華はドリブルで相手ゴールまで駆け上がる。その隣には春正が着いてきていた。
「行くぞ、春」
「まっかせろ。合わせるさ」
ドリブルで上がる冬華とその隣の春正を危険視したであろう相手チームは先ずは3人で止めに入るが、無駄のない綺麗なドリブルで一人を抜いて、後の二人を春正とのワンツーで抜く。
更に前から一人迫ってきたが、冬華は踵でボールを後ろに蹴る。誰もいないと思っていた相手チームはミスキックだと思ったが、冬華の少し後ろにはチームの一人が走ってきていた。
冬華からのパスを受けたチームメイトは受け取ったボールをすぐに前に蹴り、再び冬華がボールを受け取る。
ゴール前まで来たところで春正にパスを出しそのままボレーシュートを放つが僅かに外れてポストに当たる。
外れたことに安心した矢先、ボールの落下地点には冬華がいた。春正にはわざとゴールを外してもらい油断を誘ったのだ。GKとDFは反応するがもう遅い。
冬華は人と人の間に向かってシュートを放つ。そのままボールはゴールに入り、同点ゴールを決めた。
冬華は静かにガッツポーズをし、自陣に戻ると春正とクラスメイトに抱きつかれもみくちゃにされた。
まだ同点だから油断はできないが、それでも嬉しいのだろう。冬華が有言実行して見事ゴールを決めたのだから。
心の底から喜んでくれていることに感謝しながら、冬華は悪くないと思っていた。
そこから先は圧倒的な試合になった。冬華の作戦が完璧に刺さり雷神チームに差を見せつけていた。
最終スコアは8-2。ほぼ冬華と春正ありきの試合となってはいたが、援護してくれていたクラスメイトの力あってこそだと思っている。このスコアを見て、冬華のクラスメイトの男子以外、教師を含め全員が驚いていた。
それもそうだろう。何せサッカー部のエースである雷神があるチームにここまで圧倒的な差で勝利したのだから。
授業終了後、放課後になる前冬華は一人グラウンドにて散らばっているボールをかき集めていた。
この行為はこの学校に来てから体育が終わった後にはしている事だ。他の生徒達は自分が使ったボールしか片付けを行わず残りの殆どはグラウンドの各場所に散らばっている状態のままなのだ。
放課後の部活動で使うからグラウンドにあった方が効率的でかつ片付けもしなくていいという見解に皆がなっている中、冬華だけは酷い状態の時のみ片付けをしている。
今日は試合が白熱し、皆ボールを片付けるのにも意識を回せていなかったのでグラウンドには沢山のボールがある。
その片付けを少しずつしながらグラウンドの隅から隅まで歩いて、ようやくボールが全て片付き倉庫の中に入れて整理している時だった。
「・・・何か用か、神谷?」
「っ・・・気づいてたのか?」
「足音聞こえたし、なんとなく」
「でも俺だって確証は?」
「授業終わり話したそうにしてたのを見たからな」
「凄い観察眼だな・・・でもそれなら良かった」
一体なんなんだと思いつつ、片付けを続ける。だが冬華には雷神が言いたいことがなんとなく理解していた。まぁ何を言われても答える義理は・・・ない事も無い。
「で?なんだよ話って」
「今日の試合、勝てたのはお前のおかげだろ?」
「・・・どうしてそう思う」
「試合中に春正がタイムを取った後、クラスメイトが輪になってお前の周りに集まって話してた。きっと星川の作戦だったんだろうなって」
「・・・・まぁ、作戦を考えたのは俺だ」
「やっぱり。俺結構自信あったからまさか負けるなんて想像してなかったからさ・・・・それに」
「それに?」
「星川って目立つの嫌いだろ?春正も言ってたし。中等部の頃からそんな感じしてたし。なのに積極的に得点決めるの見てさ。凄いって思ったんだよ。あんなにサッカーが上手いなんて知らなかったよ、サッカー部入ればいいのに」
「・・・冗談。幽霊部員のバレーだけで十分だよ」
「はははっ。春正に頼まれて入ったんだろ?良いやつだな、星川は」
「・・・んなんじゃねぇよ。でもサンキュ」
世間話をする程話したことないし仲良くもないが、普通に話が盛り上がってしまった。
冬華としては早く話の本題に入ってほしいものだ。その感情を察知したのか雷神は咳払いをして話を続ける。
「いや聞きたいことがあってさ。実はなんで負けたのか分からないんだ」
「・・・・・は?」
「え?」
余りの意外な発言に冬華は目を丸くして素っ頓狂な返をしてしまっていた。それも当然だ。ここまで優れたサッカープレイヤーが自分の負けた原因が分からないと言うのだ。今の冬華の心境は【マジかこいつ】で一杯だ。
勝負や人生において自分の弱点などを理解し、考えて修正するのは選手だけでなく人間には必要な要素だ。
なのに雷神は理由が解らないと言う。冬華が思っていた以上に雷神は弱い人間だったのかもしれない。
人の評価は時より誇張しすぎていると思っていたがここまでとは。
「神谷・・・お前それ本気で言ってるのか?」
「え?・・・星川が原因が分かってるのか!だとしたら教えて欲しい!俺がもっと強くなれるのなら他人の力もなんでも借りたい!」
「・・・・・」
ここまで必死に教えを請われてしまうと教えないのが悪になってしまうので冬華は教えることにした。
「お前、フェイントとか普通にドリブルで相手を避ける時、無意識なんだろうけど自分の利き手側から抜いてたからそっちを警戒してれば止められるって皆に言ったんだよ。まさか気づかず永遠同じこと繰り返すとは思わなかったけどな」
本来なら意地を張って言わない選択肢をしただろう。けれど雷神と少し話をしただけで人柄がなんとなく分かったような気がしたからだ。
「へぇ〜。星川ってよく見てるんだな!自分じゃ全く気づかなかった。今度コーチに頼んでみるからさ、俺の練習に付き合ってくれないか?」
「・・・他の奴に頼めよ。俺みたいな幽霊部員なんかよりサッカー部の上手い人らとの練習の方が身になるさ・・・・片付け終わった。もう放課後で部活始まるんだから早くいけよ」
「・・・・残念。でも気が変わったらいつでも来てくれよ」
「・・・気が向いたらな」
「あっそれと、今度から俺もボール拾い手伝ってもいいか?いつも先生が話してるのを聞くんだ、星川が率先してボール拾ってくれるって。俺達部活した後はボールって殆ど拾わずにそのままだからさ。反省したよ」
「・・・・好きにしてくれ」
そこまで反省されることではないかもだが、現実的に考えてボールを拾わないっていうのは中々怠惰な事をしていると思っていたのでこれを機にボールを毎回片付けてくれることを祈ろう。
「鍵は俺が返しとくよ。・・・・あっそうだ、ちょっとだけ待っててくれ」
「?・・・おう」
待つこと5分程、グラウンドの外で待っていると雷神が走ってきた。
「はい星川。これジュースだ」
「な、なんで?」
「俺の足りない部分を教えてくれたお礼だ。コーラだけどよかったかな?」
「・・・ジュースに罪はないから受け取っておく」
「よかった。じゃあまた明日な」
「ああ、部活がんばれよ」
「ありがとう」
去っていく雷神を見送った後、冬華は再び体育倉庫の中に戻り指をぱちんと鳴らす。
すると冬華の手元に黒い穴が現れ、手を入れて何かを取り出す。
制服だ。着替えて体操服を再び黒い穴に仕舞い込んで穴を閉じる。
今のは空間魔術だ。自分の魔力を消費して虚数ポケットを構築し色々なものを入れたり出したりする事ができる。
普通の魔術士には空間魔術を扱うだけの魔力はない。この魔術は便利ではあるが魔力消費が大きく穴を形成するだけでも相当の疲労が溜まる。
だが冬華は魔力量が常人の魔術士の中でも相当多くちょっとの事では魔力切れを起こさない。だからこうして便利に使える魔術は日頃から使っている。
着替えたら誰にも見られないように倉庫を後にして居室に戻るのだった。