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星なるダメ王子の物語  作者: クロス
第一章
11/28

11 恩返しとドライヤーと電話



猫を助けて怪我をした紅野エリカの処置を終え、家まで送り届けた冬華はどうしても紅野エリカが冬華の家に来ると言って聞かないので自分の家の前で待っていた。

暫くして紅野エリカから連絡が来たので待っていると、紅野エリカの家の扉が開いた音が聞こえたので急いで向かうと足を引きずりながら出てきたのですぐに駆け寄り支えるように隣に立つ。


「よう、具合はどうだ?」

「はい。お陰様で少し楽になりました。本当にありがとうございました」

「いいよ別に。俺がしたくてしただけだし」

「それでも感謝はさせてください。本当の事を言うと、かなり途方に暮れてましたので」

「だろうな。初めて会話した時と同じ顔してたから」


最初から頼ればいいものを、なぜ頼らないのか分からなかった。

かく言う冬華も滅多に人に頼る、甘えると言う事はしないのだがいざという時か、そういう時になる前に頼るようにはしてる。


考え込んでいると、紅野エリカはゆっくり歩いて扉の鍵を閉める。

やはり今日は安静にさせるべきかと悩んでいると、急にエリカの体が右にぐらつき倒れる。

右側に立っていた冬華は慌てて腕を差し出すと、それに捕まるように紅野エリカは腕にしがみつき体制を整える。


「・・・・・やっぱり今日は休んどいたほうがいいんじゃねぇか?歩くのもやっとだろ」

「いえ、もう今日は特に予定もありませんし、夕食を終えたら帰って寝ますよ」

「お前な・・・たっく、分かった。今日は俺がやるからお前は座ってろ」

「え、いいんですか?」

「怪我人に料理さすわけにはいかんだろ。と言っても、お裾分けあるみたいだし俺がやるのはレンジでチンして皿に盛るくらいだから簡単だよ」


2人は互いに今の体制が側から見れば(彼女が腕に抱きついているように見える)誤解されそうなのに全く気付く様子もなく、冬華の家へと入る。


冬華は横目でエリカの歩きを見る。

やはり歩くのは辛そうだ。足首は捻っているし、膝は大きく擦りむいているのだ。


処置したとはいえ、痛みは続く。

ざっと怪我の調子を見るに、数日は安静にしていなければいけないだろう。


本当は病院に行く事を勧めだが、紅野エリカは自然治癒に任せると言って聞かなかったのでそこはもう何を言っても聞かない気がしたので折れた。


紅野エリカをソファに座らせて冬華はエリカから受け取ったお裾分けの中身を確認していく。


「おお~。豪華だ」

「今日はお世話になりましたので、体に栄養がついてお腹も満たされるものがいいかと。・・・・それと、ピザの出前のお礼です」

「別に気にしなくても良いのに・・・おっ、コロッケがある。やった」

「そのコロッケは作り置きして冷凍していたものですが、沢山味に種類ありますから沢山食べられますよ?・・・コロッケ好きなのですか?」

「うん、好き。昔からコロッケには目がなかったからな。久しぶりに食べるな」


大きさは一口サイズとはいかないものの、食べやすい大きさで形が綺麗に整っている。

見た目も満点だが、考えるまでもなく味も満点だろう。


コロッケはよく売られているものであるが、自分で作ろうとはまず思い浮かばない家庭料理の一つである。

一から十までの工程がどれも手間がかかるものばかりなので作るまでにも時間がかかるので億劫だ。


料理がそれなりに得意な冬華でもコロッケとかそういう揚げ物は中々する事はない。

凄いものだなと感心し、折角なので味見も兼ねていちばん小さめなのを一つ摘み食いする。


うん、やはり美味い。内心で味を噛み締めながらうん、うんと頷き味合う。

このコロッケは一般的に作られているジャガイモのコロッケだった。

一番シンプルな味なのにこうも美味いものなのかと思う。親が作ったやつよりも美味しすぎて、笑えてきた。


「あっ、つまみ食いしましたね。ダメですよお皿に盛る前に。コロッケが好きなのは分かりましたから早く準備してください」


意図的に死角にして見られないようにしていたのに何故かバレ、まるで母親のように叱ってきたのでもう一個取ろうとした手をおろして準備に取り掛かる。

準備しなくても良いとなると本当にお姫様のように上から命令してくるので更に可愛げがなくなった。


もう一つタッパーがあるので開けてみると、唐揚げとサラダが入っていた。

こちらの唐揚げも手作りだろうか。


しっかりと揚げられており、今は温かくない唐揚げではあるが、とても美味しそうに見える。

先にコロッケの方からレンジに入れて、次に皿を出してサラダを盛り付け昨日の残りの味噌汁を注いで配膳する。


その頃にはコロッケの電車レンジが終わっているので、下の熱を発するレンジで出来るだけ出来立てに近づける。


欲を言えばあの出来立てのサクサク感がたまらないが、無い物ねだりではある。


「・・・面倒いが自分で出来立て作って食うかね・・・」


ぼおーっとレンジを見ながら漏れた本音を欠伸感覚で口にする。

今もレンジでカラッと焼いて入るものの、出来立てには一歩、二歩及ばない。

だがそれでも美味しい事には変わりないのだが。


ついいつもの癖で本音が漏れてしまい聞こえていないことを込めて後ろを振り返ると、じっと紅野エリカがこちらを見ていた。


「ど、どうした?」

「元々面倒くさがりのダメ人間さんが自分で作って食べる?とても信用ができないんですが?」

「・・・否定できんな。俺が言いたいのは出来立てが食べたいって事だよ」

「・・・・私の家でですか?」

「ちゃうわ。誰もそんな贅沢言わん。流石にお裾分けもらってるのにそれは図々し過ぎる」


随分とあらぬ疑いをかけられてしまったので肩を竦めてしっかりと否定しておいたが、エリカは何やら顎にに手を当てて考え込んでいる。


何なんだ?と近づき顔を見るも冬華と目が合うことはない。


「・・・・あの」

「おわっびっくりした。何だ?」

「・・・家で作ってもいいですよ」

「なんて?」

「ですから、貴方の家で作って一緒に食べましょうと言っているんです」

「・・・・」


ようやく口を開いたかと思えば聞こえてきたのは耳を疑う提案だった。

その提案は冬華の口を開きっぱなしにする程だった。


9割9部冗談のつもりで溢れた本音だったのだが、かなり真面目に検討された末に承諾されるなんて思いもよらず、今は頭の整理が追いつかず戸惑いが続く。


普通、対して親しくもない男の家に上がるなんて事はしないし、そもそもご飯を作るという発想にもなるはずがない。


冬華の家でご飯を作るという方が遥かに効率は良いのだろうが、相手は異性で向こうからしても異性だ。

一から知り尽くしている仲という訳でもないので、本来なら不安になったり、少しは恐怖するものではないのだろうかと思う。


「・・・・いや、やる事自体に異論はないけど、それは良いとして・・・お前は身の危険を感じる危機感知センサーどうなってんだ?」

「何かするならすぐさま110番します。そして有る事無い事吹き込んでそう簡単に戻って来れないようにします」

「やだコイツ、恐ろしい子」


聞いといて何だが、かなり強気で猪突猛進な考えだなと思った。

もうちょっと考えて行動しろという場面もあるので色々心配だ。


「そもそも警戒なんてしなくても貴方はリスクを冒す事が嫌なので、早々自分が不利になるようなことはしないと思うと分かってますし。学校での私がどんなのかご存知でしょ?」

「うんそうだな。手なんか出したら俺その日に殺されるな」

「そこまでは言い過ぎな気もしますけど・・・なので、貴方はそんな人ではないとは認識はしています」


紅野エリカと冬華とでは圧倒的に人望の厚さが桁違いなので紅野エリカが仮に冬華に乱暴されたなんて知れた日には冬華は社会的に死に、学校にも行けなくなるだろう。


そんな命知らずな事はする事はないし何よりーーーー


「お前って可愛げないしな」

「それはどうもすみません。どうせ私は可愛くありませんよ。私なんてただ愛想よく振る舞っているだけですから」

「そこまで言ってないだろ。確かに俺はお前を可愛げないとは言ったが、外面だけは可愛いんだからそこは素直に受け取っておけ」

「・・・なんか一言程余計なのでは。第一性格の事褒めてないじゃないですか」

「いや、お前の学校での性格じゃなくてこっちの性格知ってる俺からすれば当然の反応だと思うんだが」

「まあそうですね。・・・それと」

「それと?」

「星川さんは・・・私のようなのお好きではないでしょう?」


さも当然のように真顔で言ってのける紅野エリカに冬華は笑いそうになるので押し殺す。


「もしも好きだって言ったなら?」

「毎日付き纏われそうですし加えてしつこく話しかけてきそうです」

「それで御感想のほどは如何でしょうか?お嬢様?」

「まぁ、無害で色恋に興味がなさそうなダメ人間、というふうに認識しています」

「そりゃどうも」


それでいいのか妖精様よ、と思いつつコロッケをチンし終えた冬華はお皿に盛って持っていく。


紅野エリカも手伝おうと立ち上がるも鋭い目をして静止した。

本当にコイツは。と、冬華は思っていると、顔を見て呆れて怒っているのが分かったのか紅野エリカもそれ以上は動こうとはしなかった。


机にお皿を並べ終えたのでソファに座っている赤のエリカの元へと持っていく。今日はソファで食べようという無意識の気遣いだ。


お互い座った事を確認して手を合わせる。


「「いただきます」」


日々食事をとれる事に感謝の言葉を述べて食べ始める。迷わず冬華はコロッケに手をつけて一口食べると、レンジでチンをしたコロッケはまた格段と上手くなった。


こんなに美味しいものがこれから食べられると考えると自然に笑みが溢れてついにやけてしまう。


「星川さんって、本当に美味しそうに食べますよね」

「実際うまいからな。・・・・ありがとうございます。美味しく頂いています」

「いえ、どういたしまして」


実際うまいのだから何も言うことはない。

ただ一言、「美味しい」と言う言葉が口からぽろりと出るくらいには。


「そんなにですか?」

「うん、かなり。なんか俺の好きな味付けに近いからな。余計に箸が進むわ」

「・・・・・母の味だと?」

「そうかもしれん」


目を閉じて何かを考えているように見えたのかエリカが「どうかしました?」と首を傾げて聞いてきたので「何でもない」と返した。


「それでさっきの話ですけど、具体的に決めたいと思いますがよろしいですか?」

「お、おお。つっても何を決めるんだ?」

「おもに役割ですね」

「・・・・それは夕食終わってからにしようぜ。今は飯食いたい」

「そうですね・・・・美味しいですか?」

「美味い。・・・・つか何度も聞くな。不味かったらこんなに食っとらん」

「そうですね。それは見てれば分かります」


エリカの料理の腕はそんじょそこらで培えない程の料理の腕だ。


「誰かに教えてもらったのか?」

「はい。お世話してくれた方や、家にいた人達に聞いたり教えてもらったりして頂きました。私不器用なので、何度も練習はしましたけど」

「へぇ~、意外だな。何でもそつなくこなすイメージあったから」

「それは勝手な思い込みというやつです。今すぐやめて下さい」

「そりゃすんませんでした」


軽口を叩けば赤のエリカにとっては地雷だったようで平謝りすればくすりと苦笑が返ってきた。

何か見てはいけないものを見てしまったと感じたので急いでご飯をかきこんだ。


夕食が終了しすぐに紅野エリカは冬華の家で料理をする条件として以下の事を提案してきた。


・朝、昼、晩の食事の献立は基本エリカが考えるが、どうしても紅野エリカが忙しい場合は冬華が食費を出して作る。紅野エリカが作る場合でも冬華は費用を多めに出す。


・お互いに用事がある場合は前もって前日には連絡をする事。

お互いにいない場合は冬華は家の冷蔵庫に入っている赤のエリカの作った作り置きを食べる。紅野エリカは自分の家で作る。


・買い出し、後片付けは分担、もしくは手が空いている方が行う。


最初の一つ目の条件は自分の為に時間を割いてくれる事に申し訳なささが勝った冬華が言った事で紅野エリカは不本意そうではあったが了承してもらった。最後まで紅野エリカの方も粘ってはきたが、論破した。


二つ目の条件は特に口論する事なく決まったのだが、作り置きを作る事が前提の為、忙しくない時に作ってくれと頼むくらいで事済んだ。


三つ目は分担とはしたものの、料理をしてもらうのだから冬華が多くするべきだとこれも自ら提案したのだ。

これくらいしなければ割りには合わないというもの。


「なんか・・・・殆ど星川さんがやるような形になりましたね」

「これでいんだよ。俺が世話になるんだから、俺もそれなりの仕事しないとな。・・・・不満か?」

「いえ、不満なんてありませんよ。ただ星川さんが1人でちゃんと出来るか心配です」

「いやお前は俺の母親か。俺だって真面目にやろうと思えばやれるわ」

「・・・・本当に?」

「おい、信用してないな?まあ気持ちは分かるが」


紅野エリカは物凄く疑うような目で冬華を見るので、冬華は顔を顰めるしかない。

紅野エリカの疑問は最もなものなので何も言い返せない。


「心配すんなって。これから毎日お前の料理食えると思えば、やる気も出てくるってもんだよ」

「・・・・現金な方ですね」


ぽつりと呟いた紅野エリカは冬華の隣で不貞腐れていた。

何か悪い事でも言ってしまったのだろうかと首を傾げるも目を合わせてくれない。


やれやれと思いテレビのリモコンを取り電源を入れるも、すぐに切った。

紅野エリカもテレビの電源が1秒足らずで切られたのに驚き二度冬華を見る。


「見る気が失せたんだよ。特に見たいものもなかったから。何かかけるか?」

「いえ、その。テレビは大丈夫です」

「そうか」


暫くじっとして黙っていたが、何だか居た堪れなくなり、ソファから立ち上がる。

「何処へ?」と聞かれてので、「風呂だ」と単的に返せば納得したのか何も言ってこなかった。

何だか逃げたようになってしまったが、あのままいたら顔が赤い事がバレそうだったので逃げて正解だと思いながら風呂に思いっきり顔をつけて誤魔化した。


夕食を終えた冬華は少しした後お風呂に入り、15分ほどでリビングに戻るとソファにはエリカが座っていた。

てっきり帰っていると思ったが、足の怪我で思う通りに動けないエリカでは自分の家に帰るのは無理だろう。後で家まで送らなければないかんなと考えながら座っている隣に腰掛ける。


「・・・・怪我してたんだから先に家に送るべきだったな、すまん」

「おかえりなさい。お気遣いありがとうございます。ですが星川さんの時間まで縛るのは申し訳ないですから」

「さんきゅ。それに怪我の事を理解してるならいい。因みに言うが、俺はまだ怒ってる」

「えっ。・・・・そんなにですか?」

「そんなに、だ。次からはちゃんと言えよ、頼ってくれる方がこっちとしてはありがたいんだから」

「・・・・はい」


軽く叱ってしまった形になったのでヤバいと思いエリカを見れば、そんなにというかやっぱり嬉しいのかは分からなかったが、笑みを零していた。


(・・・調子狂うな。ま、分かってんならいいか)


正直今もまだ怒りは1割ほどある。エリカはやはり他人に頼るという事が欠けているように思える。

恐らく今までの人生の中で、頼れる人間というものが少ないのではないのだろう。


前に両親の話をした時は聞くべきではないと思ったが、今でも聞くべきではないと思う。

今下手に過去を思い起こさせれば嫌われるというかガツガツ行く肉食系に間違えられかねない。


何も言わずに頭を掻いているとエリカがヒートテックの袖を引っ張る。


「どした?・・・あっ、帰るのか?じゃあ送るぞ」

「いえ、帰りますけどそうじゃなくて、髪乾かしてないですよね?」

「え?・・・うん、だって面倒いし俺はいつも自然乾燥だから・・・」

「ダメですよ。ちゃんと乾かすようにしてください、風邪ひきますよ。ドライヤー貸してください、やりますから」

「は?・・・・いやいやいや!いいってやらなくても!自分でやるから!」

「星川さんの場合、ざっとかけてすぐ終わりでしょう?分かりきってます」

「うっ・・・・分かった、分かりましたよ。テレビ台の大きな引き出しの中に入ってるから取ってくれ」

「あの引き出しですね」


エリカは立ち上がり引き出しを開ける。中には冬華の言った通り、黒いドライヤーがあった。

エリカはすぐそこにあるコンセントに差し込みプラグを入れて冬華の元に戻る。


「さっ、ドライヤーしますから頭をこっちに向けてください」

「分かったから少し落ち着け。どうしてそんなそわそわしてんだ」

「え?・・・・その、友人の髪は乾かした事はありますが、男の人のは初めてで・・・・・す、すみません」

「い、いや、別に謝る事なんて、ないぞ。じゃ、じゃあその、お願いします」


冬華とエリカは顔を赤くして気まずくなる。

お互いその場から動けず、冬華はエリカがドライヤーをかけやすいようにソファから降りる。

エリカも顔を赤くしながら冬華の後ろに回り込んで座り「じゃ、じゃあかけますね」と言ってドライヤーの電源をターボに入れて冬華の頭を乾かしていく。


優しく触れているエリカの手はとても綺麗な感触だった。

心臓がどくどく、ばくばく脈打つせいで今の冬華にはドライヤーのうるさい音さえ聞こえていなかった。


目を瞑って終わるのを待っていると、顔の左側にひらりとした感触を感じて目を開けると、エリカの赤い髪が垂れてきていた。


本当に綺麗な髪だなと思いまじまじと魅入る。目を細めて見れば微かに赤い髪には白色が混じっている。

この髪がご先祖さまのものだというのなら相当綺麗だったのだろう。


それはエリカの髪が物語っていた。とても綺麗で毎日のケアを怠っていないのが分かる。

良くやるもんだと感心していると、手がむいしきに自然とエリカの髪に伸びる。


指に絡む事なくしなやかで繊細できめ細やかな髪はいつまでも触っていたいほどで飽きる事はないと断言できてしまう。


暫く触っていると、ドライヤーの音が消えたのが分かった。


「・・・・終わり、ましたよ、星川、さん」

「おお。サンキューな、紅野。・・・ん?どした?」

「い、いえ、男の人に髪を触られるのって初めてで。いきなり触られたので驚いただけです」

「あ・・・・すまん、嫌だったろ。悪かったな、いきなり不躾に触って。この通りだ、許してくれ」


両手を合わせて頭を下げる。女性の髪に不躾に触るな、と、以前に母親言われていた事を思い出した。


だが、こればかりは本能がそうさせたとしか言えない。

罵倒が飛んでくるか、はたまた拳が飛んでくるか、目を瞑って覚悟をするが、一向にどちらも来ないので目を開ければ目の前のエリカは自分に向かって手を伸ばしていた。


それを見たエリカはギョッと魚のような目をして手を引っ込める。冬華が首を傾げてみればエリカは再び冬華に手を伸ばし、頭の上に手を乗せる。


そのまま頭を撫で始めた。一体何が行われているのか理解する事が出来ず、流れに身を任せるが如くじっと何もする事なく正座をしていた。


「あの・・・紅野さん?なぜ俺の髪を触っておいでで?」

「さっき髪を乾かした際に触ってきたので、私も貴方の髪を触る権利はあると思いますが?」

「男の髪なんて触っても楽しかないだろ」

「いえ、楽しいかは兎も角、星川さんの髪はふわふわして触り心地素晴らしかったので少しの間触らせて下さい。異論は認めませんよ」

「まぁ・・減るもんじゃねぇからな。・・・ほれ、どうぞ」


冬華は大人しく従い頭を差し出す。再びエリカは恐る恐る頭の上に羽が落ちたか分からない程の感触が冬華の頭には感じ取れた。


それからエリカが満足するまで、冬華は頭を触らせてあげるのだった。

冬華の体内時計の時間は5分くらいだと思っていたが、時計を見れば、既に15分経過していたのには大層驚いた。


冬華の髪を堪能したエリカは一度、家に戻った。勿論、家に入るまでは冬華の引率付きだ。

怪我している身でお風呂はあまりお勧めしないが、シャワーだけでも浴びるというので待つ事にした。


態々家に戻ってくる必要はないのだが、「星川さんは冷蔵庫の整頓も出来なさそうなので私がします」と図星をつかれた。不承不承ながら了承し連絡を受けて、再び家に迎に行き冬華の家へと戻る。

パジャマは長袖で少し厚手のセパレートタイプのパジャマ姿で出てきた時は、そういうパジャマを着るんだなと驚いた。

てっきりジャージで出てくると本気で考えていたからだ。


家に入ってすぐ様、また新しくタッパーに入ったおかずを頂いた。

本当にありがたい限りだなと感謝して、(エリカがタッパーを冷蔵庫に入れて)ソファに座る。 



「・・・なぁお前、俺の髪で遊びすぎだろ。まぁでも気に入ってくれたのなら良かったよ。こんな髪でいいならいつでも触っていいから」

「よ、よろしいのでしょうか?私かなり不躾に触ってしまっていたのに・・・」

「そんなん言うなら俺なんて許可なしに触っただろ?許可取って触ってるお前は全然気にする必要はないんだよ」


今回の事に関して言えば冬華の正論だった。

何も言わずに女の子の髪を触るなんて仲の良い奴ならするが、対して親しいというわけでもないエリカにするのは他人から刺し殺されるのを覚悟でするのと同等だ。


エリカが気にする事ではないのだがとは思うものの、手に残った髪の感触がまだ残っているのを感じて目が手から離れずそれどころではなかった。


「お、俺ちょっと歯磨いてくるわ」

「は、はい。じゃ待ってますね。ドライヤー元の場所に返しときます」

「いい。置いとけ。あんま歩くな」

「は、はい」


念を押して止めて、歯を磨く為に腰を上げた冬華だったが、ズボンのポケットの中に入れていたスマホが振動したのを感じ取り出す。

この感じは電話だな、と思いながら誰からなのか考えながら表示された名前を見て目を見開いた。


(なんでいきなり電話かけてくんだよ、あの人は)


冬華が驚くのは無理もない。

スマホに表示されていた名前は冬華の母親の名前だった。

冬華は早足で洗面所へ向かい電話に出る。


「・・・・もしもし?」

『もしも~し!貴方のお母様ですよ〜!元気、冬華!生きてる?瀕死?まぁ電話に出れたんだから生きてるわよね?でもやっぱりロクなご飯食べてないから瀕死よね。で、どうなの?高校生になった感想は?新しい友達できたかしら。そう言えばもうすぐ遠足だったわよね?場所は何処なの?』

「ちょっ、ちょっと待った母さん。早い、早いわ言う事が。もう少しゆっくり言ってくれ。あと夜中にそのテンションはちょっとおかしいんじゃないか?」



久しぶりの電話で声を聞いた冬華はスマホを耳から遠ざける。冬華が、電話の相手が母親と分かった時に驚いたのはこれが原因なのだ。


冬華の母親は兎に角テンションが高くぐいぐいくるタイプなのだ。他人のパーソナルスペースなどお構いなしに土足で踏み入って来るので嫌いなタイプではある。


冬華が美紀の事が苦手なのも、母親と性格が似ているからでもある。

だが悪い人間ではないのでなんとも言いにくい。


母の名前は星川雪弓(ゆきみ)。旧姓緑川雪弓。

立派な魔術士の家系であり、本人自身もそれなりの使い手の魔術士。付いた二つ名は氷狂弓姫士(アイスバーククイーン)

冬華の師匠とは長い付き合いで冬華の父親とは魔術士の任務中に出会って一目惚れして結婚したそうだ。


行動力の塊みたいな人である故に、座右の銘が【思い立ったら即行動】である。



『そんな事ないわよ。夜中に笛とか吹いたらダメって言うのは吹いたら蛇かお化けやらがやって来るってだけって言われてるからハイテンションで元気でいれば夜中でもへっちゃらよ!』

「どんな理屈だ!無理あるだろそれ!俺の現状報告なら生きてる、生きてるから。もういいか?今から寝るとこなんだ」

『ああ、待って待って。用事はちゃんとあるから。実はね、お父さんの部下達から色々と食材だったり果物をもらったのよ。それに、貴方の生活に必要なノートとか貰ってるから。食材は沢山あって私達だけじゃ消化しきれないから貴方のとこに送るからって話なのよ』

「じゃあありがたく貰っとく。ありがとうって伝えといてくれ」

『オッケー、伝えとくわ。明日にはもう着くと思うからちゃんと受け取ってね?』

「受け取るって。母さんからなら兎も角、部下からなら貰うよ」

『あら、私のが受け取れないっての?』

「アンタからのは何が来るか分かんねぇからだろうが」

「失礼しちゃうわ・・・・まぁいいわ・・・まぁ冗談はさておき元気そうで良かったわ。アンタ私に似て面倒くさがりだから心配だったけどね?』

「悪かったな」


冗談混じりの言葉の中には本当に心配してくれているのでありがたい。

夏が近づいて来ると、毎年のように雪弓は心配をして来る。


それは、あの夏の日の出来事を心配しての事だろう。

あの日の事は、冬華の師匠を通して聞いていたそうですごく心配された。


雪弓は号泣して、父親からは思いっきり抱きしめられた。


あの日の温もりがあるからこそ今は多少捻くれたものの、曲がらず生きてこれたのだと思う。


電話越しだから分からないが、久しぶりに声が聞けて良かったと柄にもなく自分がいて仕方なかった。


『じゃあね~。ちゃんと魔術の勉強もするのよ。備えあれば憂いなしよ』


そう言い残し、電話は一方的に切られた。

相変わらず嵐のような人だなと思う。


けれど、昔冬華の父親はこんな事を言っていた。

雪弓は嵐というよりは人混みのようだ、と。

人混みは一気に押し寄せた後、瞬く間に次の場所へと行くようなものだ。


確かにあの時の父親の言葉正しかったと苦笑する。

自分の妻を人混みという形で表現できるのも何気に凄いなと思いながら歯ブラシを取り歯磨き粉をつけて歯を磨いていく。


(・・今度なんかアクセサリーでも送ろうかな。父さんにも同じ奴を買って送ろう)


携帯電話に残った着信履歴を眺めながら、冬華はエリカがいるリビングへと戻るのだった。


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