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星なるダメ王子の物語  作者: クロス
第一章
10/24

10 ダメ王子は子猫を助けて叱るのです



先日のピザの一件から2日が経ち5月10日。早く工事が終わり、今日から改めて学校が再開した。

あれから何となくだが、彼女との壁が無くなったように感じる。

以前は遠くから見かけるだけで話すことも話しかけることもなかったのだが、向こうの方から忘れ物をした冬華に物を返したりしたり、授業の内容を聞いてくるようになった。


授業の内容に至っては彼女は常に学年一位を取っているのだから態々自分に聞く必要はないだろうという顔をして聞いていたのがバレたのか、エリカはその時小声で「星川さんもテストの順位が良かったと記憶していますので確認ですよ」と答えたのだ。


実際その必要は本当に感じないが、頼ってくれているのは分かったのでそこは素直に喜ぶべきであろう。


だが、周りからは嫉妬混じりの視線などが向けられてくるので、冬華は心臓が擦り減る思いをしている。


まぁ冬華はぱっと見、陰キャそのものであるので理解し難いのは自分でも分かっている。


何故急にエリカが頻繁ではないとはいえ声をかけてきたのかは分からない。

もしかしたら、少しは友人として認めてくれたのかなどと思うと少しながら頬がにやけてくる。


春正には、にやけ面を見られて「気持ち悪いぞ。何かあったか?」と言われる始末であるし、美妃からは「エスパーにでもくすぐられたの?」と訳の分からない事を言ってリアクションと返答が困りものだった。


変わったのは学校生活だけではない。日常生活も少しだけ変化が見られた。

ピザの一件以来、2日続けて夕飯のお裾分けをしてくれるのだ。


それだけでなく昨日も部屋を綺麗にしなさいと、ちくりと刺さるお言葉を頂いた。

更には部屋の掃除の仕方や維持の仕方までレクチャーしてくれる。

大変ありがたい限りであり、面倒見がいいのは分かったが少々お節介が過ぎるような気もする。



片肘をついて黄昏ながら外を眺めていると下校のチャイムが鳴った。

それと同時にクラスの面々は嵐のように教室から退出していく。


その波に乗るように、そして溶け込むように冬華も教室を出る。冬華の特技の一つ、人と空気の同化だ。冬華は生まれつき備わっている、人で言う体質に近い【固有魔術】によって、確かにそこにいるのに、見えず気付かれなくする事ができる。固有魔術は魔術士の数だけ存在し、中には似通った固有魔術もあるが、冬華の固有魔術はとても稀有なものだ。

冬華の固有魔術【世界の戒め】。冬華の先祖も同じ固有魔術だったそうで、未だに詳しく解明されておらず、分かっている事と言えば、魔術的概念などを戒める事。

この認識をさせない行為も、自分の体内に固有魔術を発動させ、世界そのものに誤認識を無理やり起こさせるというものだ。

一般的な魔術を起動する際には詠唱が不可欠、一流の魔術士はその詠唱を無言、または省略できるのだが、冬華は固有魔術の影響でそれができない。


世界を戒める、それは一個人を世界と定義する事で、一個人である冬華を戒めている同義なのだ。

この固有魔術を知った時、心底魔術士を辞めたいとさえ思えたが、真に辞めようとは思わず、今では前向きに捉えている。だからこそ世界に対して誤認識を起こさせる事もできる。


また、世界、認識、定義、あらゆる概念として根付くものは多い為、世界に存在していて基づく事柄であれば冬華は多大な強さを発揮する。

・・・・が魔術士として必要な魔力量やレベルは3流がいい所なので格上相手に対しては相手にならない。


人混みを人に気づかれず歩きながら考える。そういえば今日は春正からも美妃からもお誘いが掛からなかったなと思っていると、そういえば2人は用事があるんだったなと思い出す。春正はバレー部で、美妃は確か料理教室に行くと言っていた。


頼むからヘンテコなレシピを学んでこない事を祈るばかりだ。そこはもう料理教室の先生を頼るしか道はない。覚えたてのレシピを勝手にアレンジしないで欲しいもので、変な趣味にさえ走らなければ、美妃の料理もそれなりに美味しい。


ただ本当に食べても支障がない物を作って欲しいというのがたった一つの願いだ。

かなり深い溜息を吐きながらぼけっと歩いていると、エリカと初めて会話をした公園まで帰ってきていた。


一ヶ月しか経っていないのに、何故だか無性に懐かしく感じた。


この公園は、冬華が普段使っている帰宅通路の途中だ。


普段はこういう正攻法のルートだが、気分が乗った時は、特殊な帰りをする事がある。

それは、人様の家の屋根の上をジャンプしながら渡るという手段だ。


軽めの身体強化と認識阻害を使えば見られる事はない。

今日は眠かったので屋根に登るような事はしなかったし、魔術の使用は出来るだけ控えている。


うっかり誰かに見られたら誤魔化しようもないからだ。


手元で古くから存在している【ルーン】と呼ばれる魔術文字を空中で手遊び感覚で書きながら立ち止まり公園を見る。


「・・・・そういえばあのベンチ座って途方もない顔して・・・してた・・・え?してる?」


冬華は前にエリカが座っていたベンチを見て信じられない光景を見た。

何と一ヶ月前と同じようにエリカが途方もない顔をしてブランコに座っていたのだ。


「・・・・何やってんだ?アイツ?」


エリカがいるベンチまで大幅で近寄り向こうもこちらに気が付いたのか顔を引き締めて妖精様の顔をしていた。


以前声をかけた時よりは早足でエリカに近づきほんの少しだけ心配を表に出して声をかける。


「お前何してんだ?」

「・・・・・いえ、別に」

(・・別にってんなら綺麗な姿勢では座らないんだけどな・・・)


彫刻のように全く動かずに綺麗な姿勢でベンチに座ったまま微動だにしないエリカを見下ろしながら周りをよく見る。


今の時間帯は基本子供達が遊んでいると思しき時間帯だが、今はこの公園には誰もいなかった。


一ヶ月前とは違って知らない仲ではないし、話せる中になったので、前よりは躊躇わずに声をかけると彼女の声は驚く程硬く、警戒というわけではないも、何やら様子を伺っているような声だった。



「・・・・もう一度聞くぞ?どうしたんだ?」

「何故そう思うのですか?・・・・ていうか学校でもそれ以外でも極力関わりたがらなかった星川さんがどういう風の吹き回しですか?」

「いや、お前もちょいちょい声かけてくるから別にいいだろ?・・・と言っても目立たん程度だけどな?」

「目立ってないのでしたら良かったです」


まぁ本当は話すだけで目線がこちらに来ているのだが、それは敢えて言わなかった。

何せ誰か男がエリカと喋るだけで、嫉妬の目が飛んでいっているので何も冬華だけではない。


「それよりずっとここに居たのか?」

「・・・・ええ、ここは落ち着きますから。星川さんはお先に帰っていてください。また後でお家に伺いますから」

「・・・・・」


と、言われて問屋がおろせる訳はなく、エリカをじっと見つめる。

困り果てて途方に暮れる顔が気になり話を聞くも、エリカは一向に口を割る気配がない。


今のエリカはまるで大切な事がバレたくないから必死に別の話題に振ろうとする、アニメや漫画とかでよく見る王道パターンのような言い回しをしている。


エリカとしてはこのまま関わってほしくないのだろう。


まぁ、言いたくないのなら無理に聞く必要もないな、と顔を顰めるエリカ上から下まで眺めるとブレザーやスカートに毛が集まっている事に気づく。


「紅野お前、犬か猫とでも遊んでたのか?スカートとかブレザーに猫の毛あるし、すぐそこに猫いるし」


冬華は公園の入り口付近にいる黒い猫を指さす。公園を見るきっかけになったのはあの猫の気配を感じたのもあるからだ。


「遊んでませんよ。遊ぼうとしたら向こうへ行ってしまっただけですよ」


エリカは残念そうにかつ、何処か慌てた表情で顔を逸らす。

何かあるな、としばらく考え込む。


落ち着いてエリカの周りを見る。

ブランコの後ろには大きな木があり、その根本にはエリカの学校用の鞄が置かれていた。


何であんなところに?と思ってエリカの鞄を拾い近くに置く。


「ありがとうございます」

「いや別に。何で彼処に置いてあったんだ?取られるぞ?」

「はい、うっかりしてました。すみません」


塩らしくなって謝ってくるので調子が狂う。


「ほら、早く帰るぞ。時間的にはまだ居てもいいだろうが、あんまり遅くならないうちにな」


エリカに向かって手を差し伸べると、エリカはかなり躊躇っていた。

前にも手を差し伸べた時は悩んだ末に手を差し伸べていたが、今は動こうともしない。


ただじっと座って何もしようとせずに顔を俯かせているだけだ。


「・・・先程も言ったように先に帰っててもらって結構です。まだ私はここに居ます」

「お前な・・・・・・・いや、そういう事か」

「はい?」


冬華はやっと気がついた。いや、もっとよく観察すれば気づけたことだし、彼女の身を案じるならもっと早く気づくべきだった。

冬華は自分の情けなさに力強く頭を掻きそして今一度深呼吸を行い再び口を開く。


「・・・・紅野、そこから絶対動くなよ」

「え?」

「いいな、絶対に動くなよ」


エリカに強く念を押しながら冬華はその場から風のように駆けて抜けて公園を出る。


すると、公園の入り口にいた黒猫が冬華の跡を追ってくる。

気がついた冬華は急停止し黒猫に近寄り優しく触れる。


「あの紅い髪の女の子に助けてもらったのか?」


冬華は猫に話しかける。冬華は生まれつき動物の言葉が分かるし、会話ができる。冬華の先祖もそれができたので益々生まれ変わりと注目された。言われ続けてうんざりしていたが、今では動物と話せる事はありがたいと思う。

困った事があればいつでも聞けるし、人では不可能な事も動物達と協力すれば出来ることもある。虫などの小さな生き物は難しいが猫や犬程度なら問題ない。けれど、人が見たら変に思われるので人目の無いところでしている。

今周りには誰もいないので心おきなく話す事ができるので安心だ。


何故黒猫に話を聞いているのかというと、勝手な予想ではあるが、エリカは木の上にいたこの猫を助けようとして落ちて転けて足を捻ったのだろう。


そのまま帰ろうとするも、足が思ったより痛く歩けなかった為にやむなくベンチに座って痛みが引くのを待っていたという所だろう。


「ニャ~ニャ~」


見かけによらず可愛らしい声を上げた黒猫は答えてくれた。

概ね冬華の思った通りの事を黒猫は言ってくれた。

冬華は黒猫に「ありがとう」と返して再び駆け出す。

後であの子猫の飼い主を見つけようと春正にメッセージを送っておく。


時間をかける訳にはいかないので、身体の魔術回路をフルに回し近くのドラッグストアまで駆ける。


冬華は走りながら「なんてベタな事を」と口から零した。

先日の激辛パーティーの時も思ったが、妙なところで強がりな為、面倒くさいのだ。


全力で駆けたので3分でドラッグストアまで辿り着き、急いで湿布、テープにガーゼと絆創膏と消毒液を購入する。

消毒液を買ったのはなんとなくだ。

タオルと氷は途中で家に帰って入手すれば済む。

早急にレジを済ませて再び魔術回路をフルに回して家へと急ぐ。


流石に壁を登る事は出来るには出来るが、しんどいのでエントラスを抜けてエレベーターに乗り部屋まで走る。


速やかにタオルと氷を鞄に詰めようとするが、氷は長い事保たない気がするので冷却用の魔術を使い人体に心地のいいくらいの冷やタオルを作る。


駆け足でエリカが居るであろう公園に戻る。

言いつけを守っていれば、まだベンチから動いてはいないはずだ。


流石にそこまでやんちゃはしまい。

それに今の彼女は動こうにも動けるはずもない。


公園にたどり着くと、エリカは言いつけ通りベンチに座っていた。

まぁ立とうにも立てるはずもないのでそこは怪我に感謝する。


ベンチに綺麗な姿勢で佇んでいる彼女にゆっくり近づき手を差し伸べる。


「取り敢えず、痛みを冷やすとこからするぞ

「な、何ですか急に」

「たっく、まだバレてねぇとでも思ってんのか?木に登った猫助けて落ちて足捻ったんだろ?冷やすくらいはしねぇと悪化するぞ」

「・・・・最初から気づいていたんですね」

「まぁな」

(ほんとは暫くして気づいたとは言えんな)


だがやはりかなり痛いのか、少し触っただけでもエリカは顔を顰めた。


「触るぞ・・・・・痛いか?」

「い、痛くないですっ」

「・・・・」


冬華は内心痛いだろうなと、まだ強情でいるなと思っている。


「紅野、タイツ脱げ」

「・・・・・」

「いやいやいや、そんな顔すんなや」


ベンチにエリカを座らせて、持ってきた治療用の物を袋から漁りながら端的に言えば、案の定帰ってきたのは極寒とも言える冷たい声だった。

まあその反応は当然である。


流石に女の子のタイツを脱がして喜ぶような変態チックな趣味はないので弁明も兼ねて湿布やテープを見せればエリカの顔が強ばり観念したようにタイツを脱ぎ始めた。


女の子がタイツを脱ぐのをガン見する訳にもいかないので少しの間後ろを振り返る。


後ろから「脱ぎましたよ」と声をかけてもらったので振り返り腰を下ろして屈みながら膝下にブレザーを被せる。


「何で分かったんですか」

「お前は本当に変なとこで頑固だからな。何か隠してんのはすぐ分かった。よく見たらローファーだっけ?それの片足だけ脱げてたし、顔をたまに顰めてた。あの顔はどこかを痛めてるやつの顔だからな」


よく見れば誰にでも分かることなのだが、まさか気付かれるなんて思いもしていなかったような顔をして冬華を凝視した。


言われた通りエリカはタイツを脱いで、膝の上にブレザーをかける。

チラッと見えたエリカの足は無駄な脂肪がない、引き締まってて柔らかそうな滑らかな足のライン、そして更に足元の不自然すぎるくらいに腫れ上がった足が露わになった。


どうしてここまで腫れているのに何も言わないのかと思うと凄くイライラしてきた。

何かあってからでは何もできないので、こういう事は強がらずに早く言ってほしいものだ。


「取り敢えずこの冷タオルで腫れてるとこ冷やすぞ。痛み引いたら言ってくれ。次は湿布貼るから」

「はい。その、ありがとうございます」

「・・・礼はいい。むしろこっちは貯まりに貯まった恩があるからな。返すくらいはしねぇと割に合わねぇ・・・あっ、別にこれで新たな恩を売ってるわけじゃないからな」

「はい、分かってますよ。星川さんはそういう人じゃないっていうのは」

「・・・ならいい」



痛めている足にタオルを当てつつ、湿布の袋の封を切る。

この様子なら一枚で事足りるだろう。

念のため買っておいた消毒液と絆創膏は必要なかったなと思いながら顔を上げてエリカを見ると、こくりと頷いた。


どうやらある程度の痛みは引いたらしい。

タオルを一度置き、湿布を一枚取り出す。


「じゃあ湿布貼るぞ。変態とか叫ぶなよ」

「私を何だと思っているのですか?」

「そりゃ良かった。・・・・次からは素直に頼ってくれ。これくらい手間なんて掛かることなんてないんだから」

「・・・申し訳ありません」


エリカは再び頭を下げて謝る。

いつもこのくらい潮らしくなってくれるのならもう少し可愛げが出るというものなのだがな。


やましい思いがない事を強調しながらエリカの足首に湿布を貼る。

このまま帰ってもいいが、少し様子を見る事にした。

さっきのを見るに、今のエリカは真面に歩けそうにないからだ。


これで終わりだなと、冬華が買ってきた湿布などを袋に戻そうとして気がついた。

エリカの膝には大きく擦りむいた跡があったし、肘のところは服の下から血が滲んでいた。

それによく見れば制服の腕のシャツが所々破れている。


屈んでよく見なければ絶対に分からなかったではあろうそれは、見るからに怪我をしている。


「おい、紅野。肘と腕と膝、何だそれは・・」

「え・・いや、これはその、別にどうも・・」

「どうもしない訳ないだろ。馬鹿なのかお前は、この傷も悪化したらどうするだ」


冬華は叫びはしなかったものの、怒鳴る形でエリカを叱った。

実際叫びたかったし、何なら思いっきり声を上げてやろうかとも思った。


まさかこんな大事な事も黙っていたとは夢にも思わなかったからだ。


エリカは叱られるとは思ってもみなかったのだろう。押し黙り、顔は申し訳ないと物語っていた。

反省してくれたのなら別に構わないが、叱らないとなると話は別だ。


母親からは女の子は叱るな、と言われてきたが状況が状況だし、何よりこれなら許してくれるだろう。


「お前俺がこのまま気づかなかったら家に帰った後自分で処置するつもりだったんだろう?」

「・・・・・はい、その通りです」

「痛みのせいで歩けもしないお前がか?足の痛みだけならとは思ったが、膝も怪我してるとは思わなかったよ。そりゃ歩けんわ」

「ごめんなさい」

「謝って済むからいいけどな、今度からは早く言え。言わんかったら次はデコピンだからな、叱られるだけマシと思えよ、エリカ」

「!・・・は、はい」


冬華はいつもの口調は変わっていないものの、明らかに声のトーンを落として話す。

まるで初めて会った時のエリカのように。


今回ばかりは甘く見るなんて事は出来なかったし、見つけたのが自分で良かったと、自画自賛する。


冬華は念のため買っておいたガーゼと消毒液と絆創膏を取り出す。

絆創膏は小さいのと大きのを両方買っておいたし、何となくで買った消毒液が役に立つとは。

備えあれば憂いなしという言葉を発見した人に最大限の敬意を払い無意識に心の中で敬礼をとった。


腕の小さな傷は小さい方で事足りるだろうが、肘と膝はそうもいかない。

取り敢えずまずは傷の大きな膝からだろうと思い足に手をかけるが、このアングルは良くなかった。


このままスカートを上げればアングル的に見えてしまう。

目を閉じて考えた答えが、ベンチの上に足を乗せてもらう事だった。


「紅野、膝からやるから足をベンチに上げろ」

「・・・・・はい」


エリカは何やら残念そうな声を出して冬華に言われた通り、足をベンチに乗せる。

何で残念そうなんだコイツ?と考え込んでいると、エリカの膝の怪我が露わになる。


思いの外酷い。木から落ちた時に思いっきり膝を付かなければこうはならない。

足を捻っているのを見るに、足を地面についた後、捻って膝もおもいきり付いたのだろう。


何故ブレザーを膝上にかける前に気づかなかったのだろうと自分に腹が立ってくるが今は処置が最優先だ。

処置をする前に、買っておいた水で膝を濡らし水分を拭き取る。

その後は消毒液をかけてガーゼを当てる。

このままテープで止めてもいいが、あくまで血を拭き取るようだ。


大きめの絆創膏で膝に当てる前に、綺麗に処置ができているのかを再確認する。

確認したら怪我の上から絆創膏を貼る。


放置が一番いいとか言う人もいるが、この怪我の放置はよろしくないのできちんと処置をするのが利口だ。


「ん、次は肘だ。見せろ」

「はい。・・・・とても器用ですね、驚きました。部屋の掃除した時とは大違いです」

「まぁな、昔は怪我する事が多かったからな。・・・というか、減らず口が叩けるんだな。因みにだが俺はまだ怒ってるからな。ちっとは反省しろ」

「ご、ごめんなさい」

「たっく・・・・」


いつもなら少しおどけるところだが、今回は事が事なのでそうそう許す気にもならない。


肘の処置に移る前に鞄の中から体操着の下のジャージを取り出し押し付ける。


「ほれ」

「はい?」

「いや、そんな怖い顔するな。足見えてるだろ?そろそろ何か着とけ。そんな足にタイツ履かせるわけにはいかんだろ、そのジャージは未着用だから安心しろ」


ボロボロの足にタイツを履かせるなんて言う行為は避けさせたい所なので、偶々履いていたかったジャージを貸したのは良かったものの、かなり訝しむ顔をされたが、説得して着てもらえた。


そのまま素足でも良かったのだが、防寒と下着が見える防止の為にはジャージを履いて頂くしかない。

それもエリカは分かっているらしく、最初は躊躇いがあるも、その後は実に素直に履いてくれた。


肘の処置は膝の時と変わらず速やかに行えた。

後は腕の傷だけだが、比較的腕は軽傷なので放置でも良いような気もするが女の子に傷跡なんて残せるはずもなく、消毒液と絆創膏を悪びれもなく使う。


腕が絆創膏だらけだが、このくらいは勘弁してもらいたいものだ。


処置が終わったので、湿布やら絆創膏やらを袋に詰め鞄に入れる。

次はというと、エリカをどう連れて帰るかなのだが、それはもう決めている。


「・・・・・よし、紅野はこれ着とけ」

「え?・・・・パーカー?何でです?」

「何でって・・・・人に見られたいのか?」


流石に足を怪我をしている女の子を歩かせる訳にはいかないし、怪我をしていると分かった時点でこうするつもりではあった。


「あ、悪いけど自分のカバンだけ手からぶら下げといてくれ。リュックは前に担いだら行けるけど流石に鞄は持てん」

「あの、背負わないという選択肢は?」

「お前が初めから怪我してると素直に言ってくれたら検討したかもな」

「そ、それは・・・」

「そもそもお前に拒否権はない。何度も言っとくがこれでも怒ってるからな。まぁ怒ってなくても足が特に酷い怪我なんだ、安静にしてろ。今お前の目の前には都合のいい足があるだから使っとけ」

「・・・足」

「何なら杖でもいいぞ?・・・・あ、それか腕がいいのか。お姫様?」

「違います。誰もそんな事言いませんし、してもらわなくて結構です」

「・・左様で」


エリカを横抱きにするのは簡単だ。そのまま部屋まで連れて帰る事は出来るが、誰に見られるか分かったものではないので出来ればしたくない。

エリカも冗談だと分かっているようなので飽きられた事には怒るつもりはない。

それだけ軽口を叩けるなら充分だろう。


体の正面にリュックを持ってきて、腰を屈めて背を向けて乗れと合図を送る。

エリカはシャツの上からパーカーを着て自分の鞄を手に持つ。


そして背中に乗ってきたエリカを背負って立ち上がる。

エリカの手に持っている鞄と、体の前にかけているリュックだけは一際重かった。


冬華の鞄自体に大したものは入っていないが、エリカの鞄はかなり重いのだろう。一つだけ重みが違いすぎて沈みそうだ。


それに比べてどうだ、エリカは。

重さを感じなくはないが、それでも軽い。柴犬一匹の重さもあるかどうかだ。


細く、軽いとは思っていたが、まさかここまで軽いとは思わなかった。

エリカをしっかりと背負いエリカがパーカーのフードを被ったのを確認して、ちゃんと首にまわされた手がぎゅっと首を絞めない程度に自分を捕まえているのを確認してから歩き出す。


マンションまでの距離としてはそんなにないので、10分もすれば着くだろう。


マンションまでの道中、何人かの視線は浴びていたが、エリカがしっかりと顔を隠してくれていたおかげで対して苦痛ではなかった。


もう間も無くマンションに着こうという時に、首にまわされた手に少しだけ力が入ったように感じたので後ろに声をかける。


「どうした?」

「・・・・まだ、怒ってますか?」

「・・・・まぁ多少はな。今回は怒らなきゃまた同じことやられるからな。でも悪かったな、女の子にあんな言い方して。すまないと思ってるよ」

「いえ・・・・むしろありがとうございました。私・・・叱られた事があまりないので、その、えっと・・・こうしてちゃんと怒ってくれた人に会ったのは初めてでしたので、本当にありがとうございます」


叱られた事があまりない。それは冬華にとってあまり馴染みの良いものとは思えなかった。

そういう環境ですら育っていないとなると、エリカの家庭事情はかなり複雑そうだ。


背中にいるエリカから漂う甘くていい匂いに気を取られなければそのまま家庭環境を聞いてしまうほどには気になっていた。


だが、今それは聞く事ではないし、聞ける間柄でもないので黙ってマンションに向かう。


程なくしてマンションまで辿り着き、無事エリカの家へと到着した。


「歩けるか?」

「はい、・・・・何とか」


背負っていたエリカをおろして歩けるかどうかの確認を行う。

覚束ない足運びだが、これなら心配はないだろう。


「・・・今日はもう休め。俺の飯はいいから」

「いえ、作り置きがありますので持っていくだけ持っていきますよ。ついでに星川さんの家でご飯を食べましょう」

「無理しなくても・・・」

「大丈夫です」


ここも頑なだなと顰めっ面をして返しても全く聞く気がない。

仕方がないのでお言葉に甘える事にした。


「・・・・それでは、また後で。来る時にはまた連絡します。玄関までの杖になってもらいたいので」

「了解した」

「それと・・・・今日は本当に、ありがとうございました。私の為に怒ってくれて嬉しかったです。それと・・・カッコ良かったです。・・・それでは」


家の鍵を開けて扉を開けて家へと入る前にチラリとこちらに振り返って顔を半分隠しながら照れるよにそう言って、勢いよく扉を閉められた。


「何だよそれ。反則だろ」


扉の前で固まって動けなくなった冬華は膝から崩れ落ちてそこから1分は動けなかった。



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