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星なるダメ王子の物語  作者: クロス
第一章
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01 ダメ王子と妖精様の出会い



4月1日。入学式の帰り、桜舞い散るこの日、真夏と呼んでも差し支えない程暑かった。

この日の気温は四十度前後あった事を今でも覚えている。


「・・・・・あっちぃ」


そう呟いたのはボサボサで碌に整えられていない黒髪に無気力で今にでも死んでしまいそうな黒い瞳を持っている青年の名は星川冬華(とうか)

今日のこの日、高校一年生になったばかりだ。

一応記念すべき日だというのにこの天気はなんだ。

日傘を刺してなお暑く、死にそうな顔から汗が出る額と首をタオルで拭いて、気休め程度に自分の手で顔を仰ぐ。

そのせいで益々暑くなってくるので、うっとうしくなったので家に早く帰るべく歩かせる足の歩幅を早くする。

その途中、いつも帰り道になっている公園をふと横目に見る。

いつも昼過ぎのこの時間帯は子供連れの家族などが多くいるはずなのだが、今日がどこの学校も入学式であるためか誰も居ない。強いて言えば鳩か鴉がいるだけだ。



静かな公園を数秒見つめると・・・・よく目を凝らして見れば一人だけいた。

今にして思えば、これが彼女と初めて会話をした日だった。彼女が冬華の通う学校一の美少女、紅野(あかの)エリカだ。


「何してんだアイツ?」


彼女は誰も居ない公園の大きな桜の木の下にある1人か2人用のベンチに綺麗な姿勢で座っていた。普通ベンチに座るだけであんなに綺麗に座る必要性があるのだろうかと色々疑問に思うことはあるが、そこは飲み込んだ。

遠目から見ても分かるように彼女の美貌は確かに周りの男を虜にしてしまうのだろう。

更に桜がほんの少し生暖かい風に揺れ、舞い散る花びらがまたいい演出をしていた。より一層綺麗に見える(冬華からすれば綺麗は綺麗でも芸術作品に対する綺麗であるが)。

もしこの場にいるのが冬華ではなく別の男なら迷わず声をかけるか、迷った末におどおど声をかけるかどっちかだったろう。

だが冬華は普通の男が抱く恋愛感情や興味が紅野エリカには向かなかった。

まぁ自分が周りに興味が無さすぎるのが原因だと思うが、それにしたって彼女の容姿を見れば忘れるはずもなかろうと、親友には言われた。

思い返してみると学校でちらりとは見かけはしたもののそこまでの記憶がない。冬華の中の記憶の紅野エリカは「あれ?こんな人いたっけ?」くらいの認識で、例え認識してはいたとしても「綺麗な顔してるな。観賞用だな」というサッパリとした感情しか湧かなかった。

否、実際に湧いたかどうかも怪しいもんだ。



そんなほぼ会話もしたことない紅野エリカが何故分かったのかは、この間親友に聞いたからだろう。

紅野エリカ。今からおよそ2年ほど前に転校してきた。先ず初めに紅野エリカを語るのに大事なのは髪だろう。紅野エリカの髪は日本人特有の黒髪や、やや茶髪とかではなく、薔薇のように紅く長い髪だ。

更に紅い髪と同じく目を引くのが、青色のサファイアのような綺麗な瞳。

外国人のご先祖さまの髪がああゆう色をしていたのではないかという噂もある。

まぁどうでもいい事だと思う。そもそも彼女の噂は友人やらクラスメイトやらがその辺りで話しているのを良く聞くのが大半だ。

よく聞くのは容姿端麗で成績優秀、欠点らしい欠点が見るからに見えない完璧超人と思えるほどだ。


欠点を曝けすぎるのもよくはないが、多少見える方が人間としては美しいと冬華個人は思う。


実際彼女は噂に違わぬ実力と美貌を持っている。中等部から転校してきた彼女だが、それからの定期考査では毎回一位取っているし、体育の授業なんかでは部活のエース並みの活躍をしてるとか。因みに転入試験もほぼ満点だったとか。

それに見るからに大人しそうで、座っているだけで美しいと声が上がる。謙虚で皆に平等に接しているとなれば、モテるのにも、ファンクラブがあるのにも頷ける。


しかも、普通の女の子よりも身長が小さいので、とても可愛らしいとの事で何か二つ名が付いたらしい。

その二つ名の名は【妖精様】。


他にもあるようでしかも妖精様以外にも二つ名はあるようで、神、天女、学校の乙女ジャンヌ・ダルク、大和撫子etc…


由来は本人の名前と同じエリカという花から来ているそうだ。赤いエリカならクリスマスパレードを連想するが、ファンクラブの話によればクリパレの花言葉は【博愛】。それではエリカの二つ名には微妙だったらしく、何かないかと考えた末、彼女の紅い髪にほんのりと混じった白い髪に準えて付けられた。

髪の事は本人も知っているらしく、紅い髪には薄っすらと白い髪が見えるらしく、目を凝らせば見えるそうだ。

それによりファンクラブの会長らしい人間が、白いエリカの花言葉を使おうという事になり、正式名称は【幸せな愛の妖精様】。

長いのでいつの間にか【妖精様】となったそうだ。

これまでの話は全て冬華の親友から聞いた事だ。別に好き好んで聞いたわけではなく、勝手に話してきたので渋々耳を傾けて聞いていただけだ。

因みになんで妖精様で落ち着いたのかと言うとだが、妖精のように小さくて可愛いからだと言う至極単純な考えによって決まったらしい。

ならば長ったらしく二つ名をつける必要性がないではないかと冬華は全身全霊でツッコミを入れたい。


しかも妖精様以外にも二つ名はあるようで、神、天女、学校の乙女ジャンヌ・ダルク、大和撫子etc…


まぁ何にせよ冬華は彼女と全く親しく無いし、話した事すら無いにも等しく、この先も一生関わる事もないと思っていた。

まぁ勿論、冬華には紅野エリカという少女は美人に見えるし魅力的だ。

だが、立場として何の関わりもない同級生。


彼女からすれば冬華は、遠目から羨ましく見てくる生徒の一人、という認識だと思っているだろうし、冬華自身も彼女の事は何も知らない。

しかし、今日一つ分かったのは、彼女がこんな所で止まっているという事は割と家は近くなのだろう。

もしかすると、自分と同じマンションの住人だろうか?

そんな事を思いながらそのまま公園を素通りしようとした冬華だったが、何故か足が公園の方へと歩いていた。

何故自分は紅野エリカの方は歩いて行っているのか自分でも分からなかった。けれど【妖精様】と言われている彼女はこの真夏とも呼べる日に何を思ったのか、日傘もタオルも持たずに何もする事なく無気力でベンチに座っている。


しかも汗だくで。暑いだろうにブレザーも脱がずに。


関わる事などないと思っていた冬華にとって、この真夏の暑さの中、何の対策も取らずにただ日に当てられているだけの彼女を見て、長年売れていない芸能人を見るような目で見てしまった。

人違いかと思い歩きながら何度も確認するが間違いなくあの髪の色は聞いていた通り、紅野エリカ本人で間違いないだろう。


しかし、人を待っているという雰囲気ではない。

本人がそこで何をしているのかは不明だが、死人が出かねないこの暑さの中、気にするどころか何もする気が起きていないような顔をしている。

実際今日は何度か救急車の音を聞いたので本当に洒落にならない。


何せ紅野エリカの顔色は見ているだけで悪そうだった。

と言うよりは悲しそうに見えたのだ。気のせいだとは思うが、冬華の目には何故か紅野エリカがそう映った。

歩くスピードを早める。真っ直ぐ帰宅するつもりが、自分でも分からないまま公園を歩いている。ただでさえ広い公園なので、この暑い中歩くだけでも相当イライラする。冬華はイライラしながら紅野エリカに近づいていく。

その距離は着々と縮まっていくが、紅野エリカはまだ近づく冬華に気づいていない。

やっと紅野エリカのいるベンチに辿り着き、目の前に立つも紅野エリカは気づかない。


「・・・おい、何やってんだ?」


自分の中で、特に他意はなく、ただ心配だから声をかけた。

そんな思いでいたせいか、かなり素っ気なく声をかけると、汗だくになった顔でこちらを見上げる。


近くで見ると、本当に綺麗な顔だなと思った。これは学校中が美少女と言うわけだ。

たまにチラリとだけ見たと記憶している顔は綺麗で純粋なお姫様のような顔立ちをしていたが、今は汗で濡れているにもかかわらず、むしろその汗が、彼女の美貌を更に高めているようにも見える。


ぱっちりとした二重の薄青いサファイア色の瞳がじっと見つめてくる。

だがその目には無気力に感じられた。


多分ではあるが、紅野エリカは冬華を認知はしているだろうとは思う。

まぁでも今まで話した事もないが、お互いに顔くらいは知ってますよ程度の認知なのだろうと考える。しかし冬華は彼女の顔を見るまでほとんど知らなかったから向こうも認知しているとは思えない。冬華は死んだような黒い瞳で紅野エリカを見つめ相変わらず綺麗な姿勢で座ってこちらを見てくる紅野エリカの警戒した顔を捉えた。


まぁ当然と言えば当然だ。今まで話した事もない人間がいきなり声をかけてきたのだ。

そりゃ何事かと警戒もするはずだ。


「・・・・・・あぁ、星川さんですか・・・・・・何か御用ですか?」


誰なのかという認識はあったんだなと、謎の安堵があったが、それは一瞬にして消えた。

かなり間があった事を察するに、二つの事が挙げられる。


一つは、顔と名前が一致するのに時間が掛かった。まぁこれは当たりだろう。

それはまぁそうだろう。今まで話した事がなかったのだから。


そして二つ目は、警戒を強めたということ。

人間誰だって、見ず知らずに近い人間に声をかけられればガードを硬くするものだ。


更に彼女は学年問わず毎日のように、男子生徒やら他校の男子生徒やらに告白、アプローチを受けている。

そのせいで、異性が苦手なのかもしれない。

なんせ大抵の男どもは、下心が丸出しすぎる。

それ故に、冬華にもそういう類の人間だと思われても不思議ではない。


「・・・・別段特に用はない。こんな真夏の天気に一人で何もせずぼぉーっとしてたらそりゃ気になるし、何してるんだろうなと思って声をかけただけだ」

「・・・・そうだったんですか。気遣いどうもありがとうございます。・・・ですが、貴方には関係ないことです」


警戒心剥き出しの猫の如くで、ものすごく尖った声ではあったが、それでも柔らかさを残した少し淡白な声だった。


(・・・まぁ、そういう反応になるよな)


何か訳ありなのは明白なのに関わってくんなという拒絶の現れに、元々深追いする気がなかった気持ちがまた一気に強まった。


初めから気まぐれ感覚で話しかけたようなものだ。ただ単に、どうしてここにいるんだろうと思っただけで、そこまで気になる事でもない。

むしろ彼女的には此処に居たいのに何で声をかけてきたんだこの人は。と言った気持ちがあるはずだろう。


儚く尊い美貌を持った汗だくの顔で此方を窺ってくるので、冬華は「分かった」とだけ素っ気なく返す。


此処で更にがつがつ行けば、確実に鬱陶しく思われ蹴りを入れられる恐れもある。

まあ彼女がそんな事をするとは先ず思わないが、それはあくまでも可能性の話であるため、冬華はそうなる前に撤退する決断をした。

まぁ別に、彼女に良い人間と思われたいわけでもないし、そもそも関わりがないのでそう思われる事もないだろう。

だが、このまま一生帰らないかもしれないという不安も残る。


なにせこの天気だ。夜になるまでは絶対に気温が下がる事はないだろう。もしかすれば夜になってもそれなりに暖かいかもしれない。

それによりも、紅野エリカが此処にいるのに何もせずに熱中症で倒れられでもしたら、それこそ夢見が悪く、居心地が悪い。


「おい、コレ・・・日傘だから、さして帰れ。それと、まだ使ってないタオル。汗拭くのと、もう一つは冷たいタオルだ。コレで顔冷やせ。・・・で、さっきそこの自販機で買った水だ。水分もきっちり取っとけよ。傘とタオルは返さなくて良いからな」


だから、半ば自己満足的な感じでお節介、自分と傘とタオルに水を置いていく事にした。

水とタオルを彼女の膝に置き、冷えたタオルは首に巻いてあげ、日傘を紅野エリカの前に突き出す。それを見たエリカは何を思ったのか、掴もうと手を伸ばすが途中で手を下げようとした。

冬華は手を完全に下げられる前に、紅野エリカの手を取って日傘を掴ませる。


彼女に受け取らせたというよりは、むしろ押し付けた冬華はエリカが何か反応しきる前に背中を向け早足でその場を離れる。

背後で紅野エリカの声がしたような気がしたが、あまりにも小さい声すぎて聞こえなかった。

しかもそんな事は気にせず、冬華はさっさと公園を出て自分の住むマンションへと急ぐ。


帰り際に一瞬だけ公園を見たが、紅野エリカがベンチから立っているように見えた気がした。


まあぶっ倒れないと良いな程度に押し付けた日傘とタオルと水を渡した事に後悔はないが、何であそこまで世話を焼いてしまったのか今一つ冬華は分かっていなかった。


しかし、会話を拒んでくる相手に初めて会ったし、更に殆ど無視に近かったように思う。

でももう冬華は関わるのはこれっきりだと思っていた。

なんせ、学校一の美女と会話する事なんて先ずないのだから。


マンションにやっと着いた冬華はエレベーターの中でそう思っていた。そう、この時は。

まさか自分がこれからあの小さな【妖精様】と、毎日関わっていく事になるなんて思いもしないまま。




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