前兆
「…ん」
鳥の鳴き声や、庭などにいるのかメイドさんたちの声が聞こえて、だんだんと意識が浮上した。
目を開ければ、白い天井に大きなシャンデリアが視界に入る。
…ここ…知ってる……。
しばらくボーっとしていた私だが、その部屋がお城の部屋だとやっと理解することが出来た。
……ベッドにいる……。
でも、自分でベッドに入った覚えなんてない。
ましてや、お城に入ったことすら覚えてない……。
記憶があるのは、負傷者の人たちを助け、王子様に支えられるまま馬車に乗ったところまで。
あの後はどうしたんだっけ……?
「お目覚めですが、ソラ様」
頭を悩ませていると、ジェシカさんがドアの近くに立っており、優しい表情をしていた。
「あ……私…」
「昨日の出来事は聞いております。疲れて眠ってしまっていたソラ様を王子様が運んでいらっしゃいました」
そうかなと思ってはいたけど、誰かに言葉にされると恥ずかしくなる。
…王子様が……。
重たく無かったかな……?
いや、きっと重たかったに決まってる……。
「目が覚めたばかりで申し訳ありませんが、王様がお会いしたいと」
「…え」
「もしも体調が優れないようでしたら、断っても構わないと言付っております」
「いえ、大丈夫です。行きます」
多少の疲れはまだあるものの、ベッドの上から動けないわけじゃない。
それに、王様がどんなに優しくても、王様の好意に甘えるわけにはいかない……。
その数分後。
服を着替え、身なりを整えた私が案内されたのは、いつも食事をしているダイニングルームだった。
何で?と頭の中にハテナを浮かべながらも、私は誘導されるまま席についていた。
王様に会うって言ってたよね?
もしかして疲れすぎて、幻聴だったのかもしれない。
本当は食事をしようと言われていたのかも……。
と頭の中で考えていれば、ダイニングルームの扉が開き、王様が入ってきた。
その瞬間、無意識に背筋が伸びる。
王様はテーブルの真ん中の椅子に座ると、私の方に笑顔を向けた。
「着かれているだろうに呼び立ててしまって申し訳ない。本当は先日ソラちゃんが魔力測定をした部屋で話そうと思っていたのだが、あの部屋には常備されている椅子がなくて、疲れているソラちゃんを立たせておくわけには行かないと思い、この部屋にしてもらった」
私の事を気遣ってくれている言葉に嬉しくなり、小さく首を横に振った。
「昨日のソラちゃんの話はリアムやレオから聞いているよ。魔物化したオーガの群れが現れたというのに、死亡者が出なかったのは紛れもなくソラちゃんのお陰だ。この国の王として礼を言わせてもらいたい。本当にありがとう」
王様が頭を下げるのを見て私は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな滅相もありません。私は、ただ出来ることをしただけで……」
「魔物が出るだなんて久しく無かったため、ポーションの在庫も少なくソラちゃんがいなければ数人が亡くなっていたのは確実だ」
「魔物が出ることは珍しい事なんですか?」
私の想像では魔物は常に存在していて、いつどこで何が起こるか分からないと思っていた。
だけど、王様の言葉によるとそうではないということが分かる。
私の言葉に少し口を噤んだ王様は、真剣な顔をして私を見つめてくる。
その眼差しに、鼓動が早くなり始めるのを感じる。
「記憶を失い困惑しているソラちゃんに言うのは、間違いだと分かっている。だが是非我が国に力を貸してくれ」
「……へ」
あまりにも想像できなかった言葉に、喉の奥から変な声が出て慌てて口を閉じた。
…我が国に力を貸してくれ……?
私の耳が正常であれば、確かに王様はそう言った。
何で?
どうして?
私の力って……。
困惑している私を見ていた王様は、この国が直面するであろう危機について話してくれた。
魔物という存在自体は、特別珍しくないということ。
ここ数年でも小さな魔物や、弱い魔物などが見られてはいたが、それはあっさりと討伐されていたこと。
しかし、昨日の魔物化したオーガの群れが現れたことに疑念を抱き、近くの森を偵察しに行くと、魔物の数が増えていることが分かったらしい。
小動物から大きな動物まで…、その数は計り知れないと。
どうして魔物が生まれるのかは分からないが、魔物になった生き物は戦闘力が倍増するということだけは分かっているらしい。
小さい生き物ならまだしも、大型の生き物が魔物化すれば命を落とすこともあるという。
さらにそれが今回のように群れということになれば、その被害は計り知れない。
原因は不明だが魔物が大量に発生していて、それは今後拡大するだろうという結論にまとまったらしい。
被害を少なくするためには、魔物化した生物たちが森から出てくる前に退治すること。
そしてそのために、私の力を貸して欲しいという話だった。
「もちらん最前線で戦ってくれとは言わない。負傷した者たち全員の命を助けてくれとも言えない。だが、少しでも犠牲を減らすためにソラちゃんの治癒魔法の力を貸してほしい」
そう言って頭を下げる王様。
その姿を見て、首を縦に振ることも、横に振ることも出来なかった。
私の事を頼ってくれるのは嬉しい。
それは昨日も感じた事。
だけど……それを素直に受け止め切れない私がいる。
この力は私のものだけど、私のものじゃない。
昨日は助けることが出来たけど、次やった時は違うかもしれない……。
なぜなら私はこの力をコントロールすることが出来ないから。
女神さまもリアム様も魔法が暴走することはないって言ってくれた……。
その言葉を疑っているわけじゃない。
私は、私の事を疑っている……。
私に誰かを想う心があるのか、それをこの目で見た今でさえ私は自分の心を疑っている。
……私は、私の全てを疑い、信じることが出来ない……。




