2-2. 階段の向こうの世界
意を決して階段を降りる。その間、何かとんでもなく「悪い」ことをしているような気がして、仕方がなかった。あるいは、何かとんでもなく「怖い」ことが起きそうな気がした。
降りていくにつれて暗さが増し、外の、というか、地上の音が急に遠ざかっていった。やがて別の音が、もっと近くから聞こえてくる。ひたすら騒がしく、いろんなものが混ざり合っていた。店の名前が古くさい字体で書かれていたガラス戸は、薄汚れるというか、色が何もかもくすんでいた。それが開く。
一瞬、気分が悪くなった。あるいは一瞬で。音と臭いのせいだった。その頃の私には、それが何の臭いなのか分からなかった。鼻をつく、苦みのようなものが混じった、無遠慮な臭い。むしろ無遠慮な煙が作り出した臭い。耳も、同じくらいの無遠慮さに晒される、いくつもの、だいたいは高揚感を純粋に培養したかのような激しい音楽と、ぶつかったり弾けたりするような激しい音。声も聞こえる。雄叫び、悲鳴、哄笑――幸い、それは全部作り物だった。当たり前だけれど、でも私は、それをはっきり確認して、本気で安心していた。
入り口からすぐ左に、細長い空間が広がっていた。右側には、飲み物の自動販売機がいくつかと、鉤爪にさらわれるのを待つぬいぐるみだとかが閉じ込められた透明な檻と、私にはその先も全く縁のなかった、音楽を題材にしたゲーム機が、寄せ集まって並んでいた。
左側の方がずっと広い、いや深い、長い? 延々と――もちろんそんなことはない――通路に沿って、ゲームの筐体と、セットになる椅子が並んでいた。いくつかには人が座っている。向こう側の人間か、あるいは目の前の機械を相手に、レバーに左手を添え(握ってはいない!)、ボタンに指を置きながら。歩き進んでいくと、あの雑然とした音を作っていた要素の正体が分かる。軽快な音楽、試合の始まりを告げるアナウンス、そして大げさな効果音やかけ声。そしてそれとは異質というか、文字通りの意味で次元の違う、機械的な音。レバーの回転、ボタンの押下のせいだというのはすぐ分かったけれど、大げさすぎ、力が入りすぎだと思った。怖いくらいに。そんなものがいくつもの場所で鳴り、繰り広げられていた。
並びがいったん途切れるところまでたどり着くと、空間を区切る段差の向こうの行き止まりでは、壁沿いに筐体が整列していた。こちらでは、画面の中にいるのはほとんど人間ではなくて、もっぱら飛行機だったり、その頃の私には意味不明な記号や漢字の書かれたカードとしか見えなかった麻雀牌だったり、四つ一組でいろいろな形に組み合わされた色とりどりのブロックだったりした。自分が触れたところでやり方なんて何も分からないけれど、見知ってはいたもの。どこかぼんやりして見える画面の中の世界と私との間には、何か壁があるみたいだった。その頃の私(将来的にも大して変わるわけでもなかったけれど)にとって微分や積分の記号の意味が何も分からないように、あるいは外国の言葉が言葉であるということくらいしか分からないように、その向こう側とは、どこまでも大きな隔たりがあるように感じていた。そこに規則や秩序があるのだとは分かっていても。
しかし席に着いて、例えば、私が眺めていた、白と黒(私には橙色に見えたけれど、そう呼ばれているのを後から知った)の光線やら弾丸が飛び交う画面と向き合っている男の人――そこにいたのは男の人ばかりだった――は、その世界の中にいたのだった。その人はどうやら鮮やかな手並みを見せているらしかったのだけれど、私には何が起こっているのか全く分からない。弾丸を受けているように見えるのに平気でいるのはなぜだろう、なぜ手当たり次第ではなく何かの順番に従って敵を攻撃しているのだろう、なぜこれから何が起きるか見通していたかのようにちょうどいい場所に陣取れるのだろう、などとばかり思った。