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 神坂一(かんざかはじめ)によるライトノベル『スレイヤーズ』という作品(アニメ含む)では、主人公のリナ・インバースが「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」という魔法を使用します。

 この魔法を発動させる時には次のような文言(もんごん)詠唱(えいしょう)を伴います。



黄昏(たそがれ)よりも(くら)存在(もの)

()(なが)れよりも(あか)存在(もの)

時間(とき)(なが)れに(うずも)れし

偉大(いだい)(なんじ)()において

(われ)ここに (やみ)(ちか)わん

我等(われら)(まえ)()(ふさ)がりし

すべての(おろ)かなるものに

(われ)(なんじ)(ちから)もて

(ひと)しく(ほろ)びを(あた)えんことを!


『スレイヤーズ3 サイラーグの妖魔〔富士見ファンタジア文庫〕』



 アニメでは林原めぐみの魅惑的な声もあり、詠唱文の代表として有名なものです。

 しかし、いくら力のある声優がいたとはいえ、それだけの理由ではなさそうです。詠唱文自体にも何らかの表現の工夫がある、魅力があると考えていきます。


 この詠唱文の文言(もんごん)は現代の日本語から見るとやや古風な表現が多用されています。

 「やや古風な表現」という言い方は曖昧(あいまい)ですが、会話の中ではあまり使用されることはない言葉くらいに今は考えてください。

 知っている言葉ではあるけれど、使用する場面が限られたり、自分では積極的に使用したりしない言葉(「理解語彙(りかいごい)」と言います)、という理解でもいいでしょう。自分が理解して使える言葉のことを「使用語彙(しようごい)」と言います。

 もちろん、どのような言葉や言葉遣いを新しい、古いと感じるかというのは個人差や世代差があり、具体的な数値や指標を設けることは難しく、以下に続いていく分析も私の主観によります。


 「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」については、「黄昏(たそがれ)」「(なんじ)」「~もて」がやや古風な表現にあたります。

 「黄昏」は「夕暮れ/暮れ方」、「汝」という二人称代名詞は「お前/あなた/君/貴様/そなたetc.」、「もて」は「~でもって/~を使って」のように言い換えることができます。


 用言〔動詞・形容詞・形容動詞〕についても同じようにやや古風な表現になっています。

 一つは「愚かなるもの」の「愚かなる」です。

 形容動詞の活用が口語の「愚かだ」の連体形「愚かな」ではなく、文語のナリ活用「愚かなり」の連体形「愚かなる」になっています。

 一方で、「偉大な汝の名において」の「偉大な」という形容動詞は口語の「愚かだ」の連体形「愚かな」であり、文語のナリ活用の連体形「偉大なる」とはなっていません。

 「愚かなり」「愚かなる」などの活用形の一定のパターンの変化のことを「活用の種類」と呼びますが、文語と口語とでは活用の種類は異なるため、活用形は異なります。この「竜破斬」の詠唱文のように、文語と口語が混ざっている詠唱文は少なくありません。

 その理由の一つにはリズム、拍に関係があると推測されます。「偉大な」を「偉大なる」と一字多くする、あるいは「愚かなるもの」を「愚かなもの」と一字少なくすると、口に出した時にやや違和感が残る、ということです。


 「昏き」「紅き」という形容詞の連体形も、「昏い」「紅い」という口語の連体形になっておらず、文語のク活用「昏し」「紅し」の連体形です。

 また、「昏き」「紅き」は「暗き」、「赤き」や「朱き」という漢字表記もあり得ますが、ここではそうなってはいません。耳で聴くばかりではなく、目で読んで楽しむ要素がありそうです。


 推量や意志、勧誘や婉曲(えんきょく)の意味を持つ助動詞「ん〔む〕」――たとえば「誓わん」「与えん」や、過去の意味を持つ助動詞「き」の連体形「し」――たとえば「埋もれ【し】偉大なる汝の名」「我が前に立ち塞がり【し】すべての愚かなるもの」も使われています。


 以上の例はどちらかといえば日常会話にはあまり使わない言葉です。

 「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」には他にも工夫があります。

 「存在」という言葉を「もの」と読ませたり、「時間」を「とき」と読ませています。

 より細かいところでは、「我等が前」や「我と汝が力」は、格助詞「が」を「の」にして、「我等の前」「我と汝の力」という表現も選択可能です。

 単語だけではなく文の構造に目を向けると、


黄昏(たそがれ)    よりも  昏き  存在(もの)


()の流れ  よりも  赤き  存在(もの)


名詞 +  よりも + 形容詞 +  名詞



のように、2文が対句(ついく)表現になっており、品詞の対応が見られます。


 似たような詠唱文ですが、『スレイヤーズ』には「重破斬(ギガ・スレイブ)」というものがあります。この詠唱文にも対句表現が見られます。もちろん、他にもリズムや繰り返し〔リフレイン〕のように注目すべき点はあります。



(やみ)よりもなお(くら)きもの

(よる)よりもなお深き(ふか)もの

混沌(こんとん)(うみ)にたゆたいし

金色(こんじき)なりしやみおう

(われ)ここに (なんじ)(ねが)

(われ)ここに (なんじ)(ちか)

()(まえ)(ふさ)がりし

すべての(おろ)かなるものに

(われ)(なんじ)(ちから)もて

(ひと)しく(ほろ)びを(あた)えんことを!


『スレイヤーズ1〔富士見ファンタジア文庫〕』



 このようにフィクションの世界〔小説、漫画、アニメ、ゲームetc.〕には魔法や剣技、召喚や契約の際に詠唱する場面が数多く描かれており、その際に発話される文言が場面や描写に緊張感や躍動感(やくどうかん)爽快感(そうかいかん)を与えています。読者のみなさんも初めて見たり読んだり聴いたりした時に「かっこいい」「すばらしい」と思った方もいるでしょう。


 作品によっては、魔法の詠唱は時間のかかる余計なものであり、あるいは恥ずかしいという描写があり、その段階の魔法使いは未熟で、「詠唱破棄(えいしょうはき)」やショートカットこそが目指されるべきものだという設定の作品も多くあります。そのような作品を書きたい人にとってはこの文章はあまり読む必要のないものです。

 一方、「かっこいい詠唱を作りたい」「詠唱の仕組みを知りたい」「作り方がわからない」「文法がわからない」と考え、悩んでいる人もいるでしょう。この文章は主にそのような人たちに向けて書かれたものです。

 作り手としては様々な効果を期待して詠唱の文言(もんごん)を創作することが求められますが、この文章ではその際に知っておいた方がいいと考えられる言葉の知識や方法についてまとめています。

 言葉の使われ方や仕組み、その効果を知ることで、より「詠唱らしさ」を生み出すことになればいいと思います。

 また、詠唱以外にも役立つような内容、それは日本語や言語一般の知識や考え方などですが、それらもいくつか紹介したいと考えています。



1,様々なテキストで語られている魔法の詠唱文を分析してその特徴を知り、どのような語彙や言葉遣いに着目すればよいか、そして着目するためにはどのような知識を用いればよいかを理解する。

2,文語文法や日本語文法のちょっとした話……文法史、文語文の特徴、文体、語種、役割語等。

3,詠唱文を軸としたアニメやゲームの流れ……アニメ史、ゲーム史等。


 これらがこの文章の目標であり狙いです。


 読者対象としては高校生以上を想定しています。

 この文章では口語文法や古典文法について言及しています。したがって、みなさんがすでに知っている事項が出てくるでしょうが、口語文法や古典文法が苦手だった人、今でも苦手な人もいるでしょう。そのため、この文章で中学生が習う口語文法、ならびに高校生が習う古典文法の一部を説明して、なるべくストレスなく読めるように配慮しています。すでに知っている場合はさらっと読み流してください。


 当然のことながら、この文章の中で言及する詠唱文の用例には(かたよ)りがあります。より充実した内容にしたいので、「この詠唱についてはどうですか?」「こんなのもあります」というサンプルなどを教えてくださると幸いです。当然、別の視点からの分析も可能であるはずです。


 引用については原典に当たるようにしていますが、ゲーム、とりわけオンラインゲームについては更新・追加の頻度のことを考えると、本という媒体、特に攻略本には限界があります。

 場合によって引用ミスもあるかもしれません。その時は指摘してください。

 引用に関しては、勝手に句読点を付したものもあります。


 なお、これは特に重要なことですが、用例として採りあげた作品の詠唱文を評価することと、その作品自体の評価とはまた別のものです。決して悪意があって採りあげたわけではないことをご了承ください。

 これを読んだみなさんが、素晴らしい詠唱創作生活を送ることができることを強く願っています。


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