05
店の亭主、バルモンドが剣幕な表情をして部屋の扉を開けた。
「ハハハハ…なんとか。」
扉の先には、こちらを振り返り困った様子でいる少年一人。
「部屋で一体何が?」
心配そうにその少年、オルツに尋ねると
「寝ている間に窓が空いて、部屋に吹き込んできたんですよ。それでびっくりしてベッドから落ちて…」
苦笑し、お手上げという感じの態度だ。
転落した程度ではあり得ない騒音なのは明らかだった。
しかし、客に設備不良で迷惑をかけたとあう引け目があるのかそれ以上は詮索しなかった、
そして
「それは災難でしたね。よければ濡れた上着をお預かりしますよ」
と手を伸ばしてきた。オルツの上着がバルモンドから見えないところでもぞもぞと動いていた。
それを脇見した彼は焦燥した。
「だ、大丈夫です。自分で脱げますし干しておきます。」
と断る。
少し不自然だったか
「そうですか。ではすぐに清掃員が参ります。新しいシーツも持ってくるので何があれば遠慮なさらずに言って下さいね。では、ほかの部屋の様子も見回りますので私はこれで」
どう亭主は必要な事だけを告げ、一礼をして退出していった。
オルツは一人になると、大きなため息をつく。
疲れた。ひとまずこいつのことはバレずに済んだな。
もぞもぞと彼の上着の中ポケットが動いている、それはクァークァーと鳴くと顔を覗かせた。
魔物について追及されなかったのは咄嗟に上着の内ポケットに隠したからだ。緊急だったとはいえ魔物を懐にいれてしまったが大丈夫だろうか。今のところ身体に何も異変はないし、魔物は相変わらず鳴いているだけなので問題ないが、何分扱いに困る。
清掃員が入る前にこいつどうにかしないと。
瘴気が消え気が緩んだのか、慣れたのか、オルツはその魔物を抱えあげた。
鑑定のスキルなどは持ってないから素性は分からない。こちらを見つめている双方の瞳と目が合う。キラリと光った。
事情を話した所でモンスターは泊まれない。人知れず起きざることも考えなくはなかったが、何が問題が起きて責任を問われると面倒だ。隠し通せるか微妙だから野宿も視野に入れて、明日朝イチに古書堂をめぐってこの魔物を調べて…
あぁ、俺のスローライフが遠のいていく…
嫌だ、嫌だぁあ!
彼が思考の果てに落胆し、頭を抱え悶えていたそのとき
《──聞こえますか。オルツ・クワイェル様》
脳内に直接女の声が響いてきた。
誰だ?なぜ俺の名を。
《初めまして。私、リンドヴルーム様に代々使えている配下の家のものです。名をヴェルディと申します。以後お見知り置きを。》
《リンドヴルーム?この魔物の名前か?》
《魔物…リンド様はそのような矮小な存在ではありません。あなたはその名をご存知ないのですか。感じるに種族は人間のようですね。それも異なる世界からきた。誠に遺憾ですがそれでは無理もないでしょう。》
考えに答えてきた。どうやら念じるだけでオルツの声の主に伝わっているようだ。
彼の瞳に僅かな光明がみえる。
《すまない、実は1年前にこの世界に来たばかりなんだ。ヴェルディ……さんはこいつのことを知っているんだろ。俺には手に余る。に来てくれないか。》
《それは無理です。あなたは選ばれた》
《選ばれたって何に?》
《リンド様の従者に。》
従者。なんのことだ。選ばれたって。
《今はこれ以上お伝えすることはできません。明日の正午。ランガルの森に使者を向かわせます。また近々連絡します。ではしばし》
ヴェルディはそう告げると連絡を一方的に切った。その後何度か呼びかけたが彼女から返事が帰ってくることはなかった。
くそ、せっかく足掛かりをみつけたと思ったのに。
苛立ち、膝を打つ。
キシェアッアア!
その苛立ちに触発されたのかさっきまで大人しくしていた魔物、もといリンドヴルームがぐずり始めた。けたたましい声がひびく。
階段を登ってくる音が聞こえる、清掃員が部屋にくる音がする。
くそ、こんなタイミングで。
大人しくしていれば部屋で過ごすつもりだったが、こうも鳴かれていては無理だ。森で野宿するプランに変更した。
窓から木へ降りた。
低ランクだが魔獣避けの護符は持っているし寝袋もある一晩くらいならなんとかなるだろう。なんとかするしかない。