03
ピシッというなにかがひび割れたような音で目が覚める。
机の上に置いた砂時計のような魔道具を手に取ると、寝ていた時間はそんなに長くないことがわかった。宿に着いたのが昼、今はまだ夕刻だ。
音の源を探ろうと、上体を起こすと胸のあたりからころんと丸い物体が転がった。それはシーツの上を滑り、一定のところまでいくとくるくると回って留まり、やがて静止した。
表面をよく見ると一部ひび割れしている。
そこで先ほど正体がその物から発せられたものだと理解した。
徐々に鮮明になる意識の中で数時間前の出来事思い出す。
卵、ひび割れ、寝ていた自分。うろ覚えだった記憶のピースが埋まっていき今の状況へ繋がる。
──やってしまった。
卵を抱えて寝てしまったのだ。表面は傷がついている。
これでは売り物にならないだろう。森に埋めれば土へ帰るだろうか。しかし寝起きというのはこんなにも記憶力が低下するものなのか。寝起きボケは侮れないな。
ピシピシ。
呑気な考えを尻目に卵の割れた部分は広がっていった。
その能動的な挙動にオルツは異変を感じ始める。
待て。この卵割れたのではなく、孵化をしようとしているのか?
カケトルが今の時期に産むのは無精卵のみだ。やはりカケトルの卵ではなかったのか。なぜ孵化を?自分が抱いて温めてたからか?この数時間だけで?
脳内は混乱したまま着地点を探していた。
しかし答えは出ないまま状況だけが進んでいった。
ピシッ。
もう卵は8割方割れているだろうか。
いつの間にか外は暗雲が立ち込め、雨戸もない古びた木製の窓は吹き荒ぶ雨風でガタガタと揺れ始めていた。遠雷が鳴り、不定期に稲妻の光が部屋に差す。
「嘘だろ……」
事情の分からない世界で何か得体の知れない卵が孵化しようとしている。平穏を愛する彼は形容しがたい恐怖を感じていた。
雨風はそんな彼の心情など無視してますます激しさを増していく。とうとう頼りない窓を勢いよく開けると、部屋の中に暴風雨を連れてきた。雷鳴も近くで轟音を鳴らせ、今にも側で落雷しそうな様相だ。
「なんなんだよ、これ」
たちまちあたりを冷えた空気が包む。ふかふかのベッドもびしょびしょに濡れてしまった。しかし彼には窓を閉める余裕も安寧の場を奪われたことを惜しむ余裕もない。
空気がジリジリと重い。気づけば卵からはドス黒いオーラのようなものが漏れ出していた。剣を握っている手が震える。
収拾のつかなくなりそうな思考を必死に掬い上げ思う。
なんだあの身が凍てつくような存在感は。この荒れた天気もあの卵と関連があるのか?何か分からないが邪気を感じるし、これ以上状況が悪化したらどうする?ならここでいっそ。
しかし、命を奪うなど魔物の討伐もしたことがない俺ができるのか?逃げるか?いや、素性が分からないものから下手に逃げることはかえって危険だ。やらなければ。このままでは、只では済まない気がする。
「ええい、ままよ!」
嵐と瘴気に包まれたただならぬ空気の中、彼は剣を構え腹を括った。
その瞬間。
──ドォーン!