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選挙演説

作者: 灰色

これで選挙演説を聴くのは何度目だろうか。

担当記者となり、はや25年。

耳障りが良く、財政等を度外視し、実現しようが無い公約。

メリットを強調し、デメリットには触れない。

メリットにはデメリットがつきものであり、天秤にかけた際にメリットの方が重ければ採用される、とは限らないのが実際の世界だ。

今日の候補者達はどのような妄言を聴かせてくれるのだろうか。

期待せずに会見場に入って行った。


「次で最後ですね。今回も期待できない顔ぶれで、現職の再選で終わりそうですね」

同業他社で、顔馴染みになった奴から声をかけられる。

「簡単に実現する公約なら、選挙権を持つ連中に見向きもされない。実現出来そうに見え、実際は不可能なギリギリの線を攻める奴が居れば記事にし易いんだが、今回もつまらない記事になりそうだな」

「期待し過ぎですよ。尖った事を言うと村八分にされる。いかに空気を読んでそれなりの事を言うか。後、良い後見人を得るか。多数決なんてそんなもんでしょ」

相変わらず冷めた奴だ。自分も大差ないが。

「スパコンやAIで実現の可能性を%表示して、その上で投票するとか、何か革新が起きると面白くなりそうですけど、その域に達するのはいつでしょうかね?」

「俺が定年退職した後だろうな。駄弁るのもそろそろ終わりだ。始まるぞ」

中肉中背、容姿も目立つところが無い最後の候補者の演説が始まった。


「私が当選したあかつきには、これらの実現を約束します」

・男女平等の実現

・少子化対策への対応

・景気回復、収入格差の是正


公約として表示された内容を見て、周囲がざわつく。

「なぁ、確認したいんだけど、これ都道府県知事選挙だよな。国会議員や総裁選じゃ無いよな」

「そのはずですが。希望通り尖った候補者が居ましたね」

ざわつきを治めるため、司会者が「質問は最後に受け付けます」と何度も叫んでいる。

候補者本人は全く気にせず、話を続ける。


「まず男女平等について、性別は自己申告制とします。これにより、身体と性別が異なる方を救済します。レディースデーや女性専用車両は廃止。お手洗いは共通化。男性専用の便器は不要となります」

水を飲み喉を潤したかと思うと、候補者の独壇場が始まった。

「雇用については、男性の方が女性より多い為、最低4割は女性となるように、大から中規模の企業に義務付けします。即対応は難しいと思うので、1~2年程度猶予期間を設けますが、達成出来なかった企業には優遇措置の取り消しや増税を行い、今後改革する為の財源とします」

「少子化対策については、多夫多妻を許可します。男女二人の収入だけでは子育てが難しい現在、持たない者は複数人で育て、裕福な者は一人で多数の異性と子供を育てる。これにより不倫が減り、マスコミの皆さんが無駄な時間を費やして記事を作る手間も減り、有益なニュースが増え、不倫騒動で辞職する議員やタレントも減ります。野党がゴシップ記事を元に与党を追及するような無駄な時間が減り、前向きな議論を行う時間が増えます。足の引っ張りあいをするのではなく、必要な議論をする事で、本来の与野党として機能するでしょう」

「また、これに伴い、同性婚も可能とします。子育てが最優先ですので、養子を取り複数人で育てていただけると助かります」

「景気回復、収入格差については、所有できる預貯金額、株式等の額に上限を設けます。これにより、所持している者は消費を増やし、経済活動が活発になります。また、会社の上層部が収入を独占する意味が減り、役職を持たない社員へ利益が還元される事になります」

「以上となります」


ざわついていた会場を、いつの間にか沈黙が支配していた。

司会者が「質問を……」と言い終わるのを待たずに、質問希望者が殺到していた。


「正気ですか?」

「はい。私本人は正気だと認識しています」


「収入格差について質問させてください。財産を制限するのは、資本主義に反していませんか?労働意欲の減衰を招きませんか?」

「生活を維持するには働く必要があります。必要以上に財産があると、働く必要が無くなります。そういう意味では、労働意欲が増すのでは無いでしょうか。資本主義が優れており、遵守すべきと言うのはあくまでこれまでの考え方です。時代に応じて見直すのは当然では無いでしょうか」


「性別を選べるとなると、スポーツ等の分野で男女別に競いあう事が出来なくなりませんか?」

「分けて競いあう事は本当に必要ですか?男女平等を叫ぶのであれば、当然何事も同じ条件で比較するべきでは無いでしょうか。当然、男女という肉体の違いはありますので、得意分野は異なります。それでも平等を優先する方が大切なのでしょう。メリットがあればデメリットもある。どちらを優先するかは民意で決まる。投票結果を待つだけです」


「婚姻制度を変更すると、大きな混乱が起こると思いますが、それについてどう思いますか?」

「改革には混乱がつきものです。人間はこれまでそれを乗り越えて来ました。それに、世界には既に行っている国があります。日本にも昔は後宮や妾と言うものがありました。それらとさほど変わりません。それに、優秀な遺伝子が多く残ることに問題があるのでしょうか」


この他にも質問は多数あったが、きりがないので割愛する。

司会者が「次で最後です」と叫んでおり、運良く、あるいは運悪く私が最後の質問者に選ばれた。


「地方の長が決められる範囲を超えているように感じます。何故国会議員選挙に立候補しなかったのですか?」

「国会議員は今ほど多く必要ですか?都道府県の数もそうです。人口が減っていく中、公務員、議員、知事の数を維持する必要はありません。見直しを行う時が来ているんです。戦争と言うのは暴力だけでは無いと私は思っています。他の府県に取り込まれる前に、こちらから取り込みに行く、そういった侵略行為も今後は必要になります。それが解っていても、実現できる人がいない。だから、私が先陣をきろうと思ったのです。国に多数いる議員の中の一人の一票より、都道府県の長という立場の方が身動きし易いと判断しただけです」

司会者が「では、これにて終了とさせていただきます」と言い、今回の会見は終わった。

会場を後にしながら、私は今回の会見についてどうまとめようか悩んでいた。異端児を面白おかしく取り上げるか、いつも通り無難にまとめるか。

結局、いつも通りまとめることにした。前例の無い事は上司に却下される。そういうものだ。後日、他社の記事を確認したが、同様に無難に終わらせていた。



選挙の結果が出た。

例の異端児は落選していた。3番手であった。

健闘した方だろう。マスコミ全社が触れないようにしていたのに。

出る杭は打たれる。そんな国にあのような政治家は必要とされない。

ゆっくりと腐って行って何が悪い。自分が死ぬまで持てば良い。将来の事は将来の奴が何とかするだろう。

それが民意だと、改めて実感できた。






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