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Day 1

 駅から自宅までは、寄り道しなければ徒歩で十五分。これに様々に工夫を凝らした迂回路を加えて二時間程に引き延ばすことを、ミチ自身は徘徊と呼んでいる。

 安東ミチは高校一年生。帰宅部。見た目から運動部(特にバスケ部やバレー部)に所属していると思われがちだが、実際には運動がまるでできない。唯一好きな運動はウォーキング。日々徘徊に励んでいるお陰で、持久力だけは地味に備わっている。

 徘徊は常に、こちら側、つまり、学校周辺ではなく、自宅周辺で行われる。こちら側では中学までの知り合いに遭遇する危険が付き纏うものの、彼らはミチがどういう人間か知っている。それは良くも悪くもある。一見目的もなさそうに歩き回るミチを目撃したとしても彼らは

 ああ……

 と思うだけで、新たな説明を要しない。

 高校にはミチを昔から知る者はいない。進学校の一つで、地元の中学からそこへ進学する者は殆どいないという理由でミチは進路を決めた。通学に片道一時間半かかるというのも、ミチには魅力に思えた。憧れの一人暮らしは残念ながら許してもらえなかったが、電車に乗って自宅から遠ざかっていく時、ミチは未だに浮き浮きした気持ちになる。

 当然のことながら、帰りの電車で自宅に近付いていく時には逆の心理作用が働く。それを乗り越えるために、ミチには徘徊という儀式が必要だった。歩いて、歩いて、歩きまくって、ボロ雑巾のように疲れ果てて帰宅するために。疲労のために脳が余計なことを考えなくて済むように。

 徘徊中には、お気に入りの音楽の他に、洋書のオーディオブックや教科書・参考書を自ら朗読・録音したものをイヤホンで聴きながら勉強時間にあてている。電車に揺られている往復二時間半は、文庫本を読むか、宿題をしていることが多い。生徒の自主性に任せる方針らしく、学校から出される課題の量は決して多くない。クラスメイトの中には既に予備校通いを始めている者もいるが、ミチはこれまで学習塾に通ったことがなく、近々予備校に入学する予定もない。各中学で最も優秀だった生徒達が集うあの高校でもこのやり方でよいのかどうかは、まだわからない。

 入学式から六週間が過ぎ、休み時間につるむ相手や、弁当を一緒に食べるグループ、クラス内の勢力図等もほぼ確定し、ミチは少々変わり者という立ち位置で、学級ヒエラルキーにおいて高過ぎず低過ぎない地位を獲得するのに成功していた。

「ごめん、うちの親は厳しくって、スマホは絶対に持たせてくれないんだ」

 LINEの連絡先を交換しようと言われた場合は、これで押し通した。スマートフォンを持っていないことは事実であるから、嘘ではない。スマホは、ミチが小学生の頃からキッズの必須アイテムになっていたが、ミチは父親のお下がりの、黒いボロボロのガラパゴス携帯を気に入っており、当分変えるつもりはない。

「家ではパソコンもあまり使わせてもらえないの。居間に一台置いてあるんだけど、わたしが使う時は、大抵ママが後ろにいて監視してるの。ひどいよね、うちの親。今時ありえる?」

 LINE、Instagram、Twitter等、どうしてそうまでして誰かと繋がっていたがるのか、ミチには全くわからない。LINEでハブられたり、学校裏サイトで攻撃の対象にされたりするのが怖いなら、SNSを筆頭にネットから距離を置けばいいだけの話ではないか、と思う。

 ミチの自室の机上には小学校から愛用している自分専用のデスクトップが鎮座しているが、それは専ら英国のニュース記事を読んだりBBCラジオを聴いたりするのに使用していた。だが新しいクラスメイトはそんなことを知らないし、彼女達がミチの家に遊びに来ることは絶対にない(「ごめん、うちのママが許してくれないの」)。ミチは新しい友人達に嘘をつくことに罪悪感を覚えない。

「そんなしょうもないことに時間を浪費するぐらいなら、音楽でも聴いていた方がマシ」

 なんて本音をわざわざ曝け出してクラスで孤立する必要はない。一人で過ごす時間はかけがえのないものだが、中身のない無駄話だって時には有益であることをミチは知っている。あくまでも親のせいだと言っておけば波風立てなくて済むのだから、それでよいではないか。性格が明るいこともあって、ボロボロの二つ折りケータイしか持たない時代遅れの気の毒な子であっても、爪弾きにされることなくクラスに溶け込むことに成功した。ミチは、順調に高校生活をスタートさせたと言える。

 駅の周辺こそ高層ビルとは呼べないような中途半端な建物と様々な商いを営む店舗で賑わっているが、少し奥に入れば、表の喧騒とは無縁の静寂が広がっている。書店や百円ショップを冷かして歩くのも悪くはないのだが、ミチは昼間でも人通りがあまりないようなうらぶれた道を好む。滅多に人に出くわさないというのが気楽でいいし、十字路の一角に立つ、何を祀っているのかわからない小さな祠だとか、小さな家庭菜園の前に設置された無人の野菜販売スタンドといった小さな発見をした時に、少し得したような気分になれるから。

 件の蛙は、そのような寂れた路地の一つを徘徊中のミチが危うく踏みつけそうになる前から、そこでひっそりと潰れていた。それは、実に堂に入った潰れ具合だった。腹を上に向け万歳の格好で二次元化された小さな青蛙。潰されたことによって生じるはずのフォルムの歪み――縦横に引き伸ばされたり、おかしな角度にねじ曲がったり――がなく、まるで、透明なガラスの上に置かれた生きた蛙を裏側から眺めているかのように、蛙本来の姿を保ったままでアスファルトにほぼ同化していた。

 リズミカルなベースラインに合わせて颯爽と歩いていたミチは、右足の着地予定位置にへばりついている蛙をすんでのところで避けてたたらを踏んだ。その拍子に、左肩にかけていた鞄が滑り落ちて大きな音を立てた。鞄のショルダーストラップに装着していた携帯音楽プレイヤーも一緒に落下したために、イヤホンが耳から強引に引き抜かれた。ミチは周囲に誰もいないのをいいことに、聞くに堪えない悪態を英語でついた。

 幸い鞄もイヤホンも蛙を直撃しなかったが、拾い上げるためには屈んで手を伸ばさなければならず、顔が地面に近付いて、蛙の細部が目に入った。全長三センチ弱。手足の指を一本一本数えられる程の繊細なディテールをその蛙は備えていたが、実はちょっとだけ生きているとか、左足だけ潰れていないというような発見は残念ながらなかった。蛙は、やはり、まんべんなく潰れていた。

 外部からの強い圧迫を受けた拍子に口から飛び出したと思われる内臓一式が、蛙の頭部(裏返しになっているのでミチが目にしているのは下あごの部分)のやや左上に、漫画の吹き出しのような雲形を形成して潰れていた。要は、潰れて引き伸ばされるはずだった中身が取り除かれたことによって原型がきれいに保たれたということらしい。

 しかし、何故仰向けなのか。

 ミチは更に注意深く蛙を観察する。自分が知らないだけで、蛙も時々仰向けになって疲れた手足を伸ばしたりするのだろうか。それとも、調子に乗ってジャンプし過ぎて着地に失敗して倒れていたのか。あるいは、うつ伏せの状態の時に無情なジョガーかウォーカーあるいはサイクリストや車のタイヤの餌食になって、踏まれ(轢かれ)た弾みでひっくり返ったのか。車や自転車に乗っていたのであれば気付かなかったのも致し方ないが、歩くか走るかしていて蛙を見落としたというのならあんまりだ、とミチは思う。

 この世界には、道を歩いていてうっかり蛙を踏み潰す人間と、絶対に踏み潰さない人間がいる。前者は自分が蛙に何をしたのかさえ気づかない可能性がある。このタイプは、道を歩けば犬の糞を踏んだり深い水溜りに踏み込んだり、人混みにおいては、前を歩く者の足首を蹴飛ばしたり踵を踏んで靴を脱がせたりする粗忽者だ。ミチは完全に後者であり、音楽や思索に耽っている時でさえ足元に気を配っているし、視力は両眼一・五だから、小さい蛙が生きていようが死んでいようが、うっかり踏みつけたりすることは殆ど起こり得ない。

 ミチは立ち上がって鞄を肩にかけなおし、イヤホンの汚れを払って耳に嵌めたが、プレイヤーのスイッチを切って音楽を沈黙させた。視線はまだ蛙に注がれていた。

 ただでさえ長くはない命を、粗忽者という不可抗力のせいで絶たれるというのはどんな気持ちだろうか、とミチはぺったんこになった蛙に思いを馳せる。どんな気持ちも何も、アッと思った次の瞬間には潰されて口から内臓を吐き出すものなのか。だとしたら、蛙も相当な粗忽者だ。人通りが決して多いとは言えない、こんなにもひっそりとした路地裏で、粗忽者同士が衝突する可能性は統計学的にいかほどか。

 運がいいとか悪いとかミチの父親が時々口ずさむ古い歌。母親に聴かれると、またとんでもない騒動になるから父は滅多に歌わないのだが、運がいいとか悪いとか、そういうことっていうのは、本当にあるのだ。

 ミチは運が悪い子共だった。ミチ本人はそうは思わないのだが、母親は間違いなくそう思っているという確信がミチにはある。母親は娘のみならず、己の不運も嘆き続けている。

 どちらの方が可哀想だと母は思っているのだろう、とミチは更に考える。わたしか、ママか。ママは自分のうっかりで娘が傷物になったと嘆いている。嘆き過ぎて病気になって、毎日大量の薬を服用している。ママを見ていると、自分ももっと落ち込んで不幸に浸って生きなければ申し訳ないような気持になる。

 だからミチは家に帰るのを可能な限り遅らせたい。

 自分は不幸なのか、とミチは問う。

でもあの蛙と違って、わたしは粗忽者の運転する車に轢かれてぺしゃんこになったりはしなかった。重度の障害を負って現在に至るわけでもない。体は健康だし、勉強も得意で、周囲からは美人だと言われる。十五歳にして既に身長が一七五センチもあるため、モデルになったら、とよく言われる。だがそう言った途端に友達は、わたしの左手に目をやって、シマッタ、という顔をする。この子はモデルになどなれっこないのだと、突如思い出したかのように。確かに、わたしは将来モデルになんかならない。特になりたいとは思わないが、なりたいと思ったところでなれないだろう。だからといって不幸だということにはならないのに。ちょっと可愛かったり背が高かったりする女子は、全員モデルを目指さないといけないのか。

 シリコン製の義指は、ちょっと見たぐらいでは偽物だとわからないぐらい精巧にできている。だが目ざとい人間はどこにでもいるもので、何も言わなくても、汚いものでも見たような、ものすごい顔をするから、ああ気付いたな、とすぐにわかる。

 今回、新しいクラスの目ざとい人間が、即座に「えっ、何それ、どうしたの?」なんて無邪気に尋ねてくれるユキリンであったことは、非常にラッキーだったとミチは思う。

「ああこれ、ちっちゃい時に怪我したの。小さすぎて覚えてないんだけどね」

「へーそうなんだ」

ホラー映画のような悲鳴を引き出せるのは、最初に義指を外して見せた時だけという一発芸。

「いやあああ! ちょっと! めっちゃ痛そうなんだけど」

「大昔のことだから、もう痛くもなんともないよ」

 無理に隠そうとしなければ、誰もこんなちっぽけな傷のことなんか、いつまでも気にしやしない。なのにミチの母は、家の中でも外でも、娘が義指でこの傷をひた隠しにしながら生きていると信じている。できなくはないと思うが、非常に神経をすり減らすに違いなく、体育、特に水泳の授業は全て何かしらの理由をつけて見学しなければならないだろう。そんな苦労をするよりは、新しい環境に置かれた際に、いかに早くばらしてしまうかに腐心する方が余程いい、とミチは思う。

 母親を安心させるために自宅では常に義指を装着しているが、シリコンが蒸れるため、ひとたび自宅をあとにすれば、夏場は装具を鞄の中に放り込んだままにしていることもある。電車内で吊革に捕まっている時に無遠慮に悲鳴を上げられたとしても――大抵の人は、ぎょっとして凝視したあとバツが悪そうな顔で目を逸らすのだが、中にはそんな堪え性のない者もいた――ミチは平気だ。反抗的な気分の時は特に、欠けている姿の自分を曝け出したくなる。

 しかしそんな時でも、家に到着するまでには忘れずに義指をはめなければならない。家では眠る時もこれをしたままだ。一度、寝ている間ぐらいいいだろうと油断したら、夜中に母親がミチの部屋に勝手に入ってきて、傷をむき出しにして寝ている姿を見られてしまった。夜中の三時に母親の恐怖の絶叫で飛び起きるのは二度とご免だった。だから、いくら煩わしくとも、家の中では入浴時を除いて、常に義指をつけていなければならない。それがどうにも、ミチには煩わしく、腹立たしい。

 傷が痛まないというのは嘘だ。切断面は完全に治癒しており、血が出るようなことはもうないが、天気の悪い日には鈍く痛む。原因不明で痛むこともある。それでもミチは笑顔で全然痛くないと答える。小さい頃から嘘をついてきた。誰にも本当のことを言うつもりはない。

 ママはわたしがアイドルやモデルを目指したりしないように願っている。芸能人になりたいなんてただの一度も言ったことがないのに、テレビで「読者モデル」や「子役」、「オーディション」などの言葉が出るたびに、慌ててチャンネルを変える。そんな選択肢は自分にはないと幼稚園の頃には知っていたというのに。ママ的には、自慢の娘が醜い傷を負って生き延びるより、むしろ大型トラックにでも轢かれてひと息に死んだ方がよかったのかもしれない。だけどあのサイコ女の力では、わたしをぺしゃんこになど到底できなかった。齧り取られた指先は女の胃の中で消化されてしまったらしいが、欠けてしまった指先は、そこにないことによって、あった時よりも余程強くその存在をアピールする。ちゃんと爪までついたシリコン製の義指を着けようが何をしようが、消えてなくなることはない――少なくとも、わたしが死んで、荼毘に付されて、肉体の残りの部分が丸ごとこの世から消滅するまでは。

 一方、この蛙は、とミチは再びアスファルトの上で平べったくなっている蛙に視線を落とす。

既に死んでいるにも拘らず、未だここに在り続けている。いつからこんな風に潰れているのか、恐らく誰も知る者はない。中身を全て口から吐き出して空っぽな状態で、でも潰れているから中に空洞はない。もしかしたら、こんな状態で、もう随分前から潰れ続けていたのかもしれない。でもそんなことが、果たして可能なのだろうか。何年も何十年もずっと潰れ続けているだなんて。恐らく、明日自分がもう一度ここを通過したとしても、風に吹き飛ばされたり烏に食べられたりして、もうここには残っていないだろう。このまま、未来永劫潰れ続けているというのは、ちっぽけな蛙には少々荷が重すぎるタスクに違いない。

 ミチは携帯電話を取り出して、蛙の写真を数枚撮り、ベストショットを一枚だけ保存した。この発見を誰かと共有したいと強く願ったが、インスタ映えの対局にあるこのようなものは、「なにそれ、気味悪い」と切り捨てられるだけだと思って、やめた。


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