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小説、FXで大損したことは罪なのか

十年以上前になりますが、私がFXで大損したときのことを小説にしたものです。

昔に書いた小説を、少し手直ししました。



 「ああ、やっちまった」


 俺はベッドの上でごろごろ転がりながら、先日の暴落で大損したことを激しく後悔していた。


 ほとんどの預金をFXに投入して、レバレッジを効かせての取引。

 それまでは調子良かったのだ。大量の豪ドルを買い込み、着実に金利が口座に貯まっていったのだ。それなのに、先日の昼、急にレートが下がり、私の口座の残金は激減してしまった。


 大量のロスカット通知のメール。

 給料の数ヵ月分が消失してしまったのだ。落ち込むな、という方が無理だろう。会社に行っても仕事をする気になれなかった。一緒に働いている奴らを見ていると自己嫌悪が増した。他の奴らは楽しそうに話をしている。彼らは完全無欠な優良一般人で、俺はダメダメのダメ人間だと心が暗闇に放り込まれるようだった。


 それまで自分は特別な人間だと優越感に満たされていた。

 優秀な俺は、こんな良いものを見つけて儲かっているぜ。お前たちは無知だから損をしているんだよ、と思いあがっていた。でも、今は違う。FXなんて、やらなければよかった。何も考えず奴らのように淡々と働いていればよかったんだ。そのように悔やんでいる。 だが、いくら後悔しても切りがなかった。悔やんで悔やんで悔やんで、それでも心の中の鉛が消えることがない。



 何もする気が起きなかったので、自分の部屋で何時間もベッドに横になっていた。


 人身事故のために電車のダイヤが乱れているというニュースがラジオから報じられた。今の俺には線路に飛び込む人間の気持ちが理解できた。


 さらに交通事故のニュースが流れる。衝突事故で、一人が死亡ということだった。


 何だ、たった一人だけか、もっと死ねばよかったのに……。どん底に落とし込まれた人間の精神は良心というものを失う。

 自分より不幸な人間を貪欲に探していることに俺は気がついた。



 夜になって腹が減ってきた。打ちのめされていても時間がたてば空腹になる。


 「FXで大損しても、今日の晩飯は食えるんだな」


 世の中には、今日の食事にさえ困っている人間がいる。それに比べれば、自分など幸福なものだ。しかし、理屈では分かっていても、泥水にどっぷりとつかっているような心は元通りにならない。


 FXを始めた頃を思い出す。

 これで資産は爆増。みたいな本を読んでFXをすることに決めた。

 業者から届いた申請書にウキウキして必要事項を書き込んでいた、そのときの俺を思いきり殴ってやりたい。


 冷蔵庫に入っていたものを適当に食って、またベッドに横になった。照明を点けずに暗闇の中で取りとめもなく後悔を続けた。


 しかし、飯を食ったら、少し気が楽になったよう。

 人間って、結構単純だな。


 少し、心が落ち着いてきた。だが、起きて行動する気分にはなれず、しばらくベッドで時間を浪費した。

 外の街灯の明かりが差し込んで、ボンヤリと薄暗い部屋。


 いくら損をしたんだっけ……。


 その金額を考えようとしたら気分が悪くなった。そのお金を稼ぐには、どれくらい働けばいいんだ。あのお金があれば車が何台買えるのだろう。俺の心は損失を計算することを拒否していた。口に出すこともできないし思い出したくもない。



 ベッドに横たわったまま、夜中になっていた。


 どうしよう、どうしよう。その言葉だけが頭の中をめぐる。

 どうすれば、あのお金が返ってくるのだ……。

 まるで、海中に引きずり込まれて窒息しそうな閉塞感。大量の一万円札が渦を巻いて俺の周りに漂う。


 突然、ボンヤリと、だが、しっかりとした当然の答えが脳裏に浮かび出た。


『無くなったお金は返ってこない』


 俺は目を開けた。

 悪夢から現実の世界に、ロープで強引に引き戻された気分。

 ああ……、そうか。そうなんだ。無くなったお金は返ってこないんだ。泣いても笑っても、寝ても起きても、失ったものはどうしようもないのだ。


 俺はベッドから起き上がった。そうか、どうしようもないんだ。その、バカみたいに単純で当然のことを受け入れて、俺はやっと心に区切りがついた。それにより、悩みが解消したわけではないが、不毛な停滞から抜け出すことができた。


 俺はベッドから立ち上がって照明を付け、トイレに行き、シャワーを浴びてから歯を磨き、きちんと火の元を確認してからベッドに入った。


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