7話 2度目の朝食
辺り一面火の海。皮膚はピリピリと焼けつくような痛みを感じ、息を吸う度に熱気が喉の奥を襲う。ガクの背の丈ほどまで上がった炎の奥から血まみれになった少年が腹を抱えながら今にも倒れそうな様子で此方へ向かって歩いてくる。
「おいっ、しっかりしろ!何が起こってんだよ!」
急いで駆け寄るガク。全身に火傷を負ってる上、腹部からの流血が酷く助かりそうにない。
「ザックが来る前に終わらせろ。全員殺して問題ない」
少年の来た方向から靴の音と共に聞こえる低い声。
──この声は……
業火の中から現れたのは見覚えのある白いコートを着た男。だらしなく伸びた銀髪を左手で掻き上げると右手に握った大剣の先を此方に向ける。
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「俺を殺して、なんになんだ!……あれ?」
ガクの目の前にはこちらに大剣を向ける男ではなく、ライトを向けている少女が立っていた。
「何寝ぼけてるんですか!?殺そうとなんかしてませんよ!」
また、あの夢を見ていたようだ。寝ている間にかなり汗をかいていたようで制服はかなり汗臭かった。
「そろそろ服変えたらどうですか?かなり匂いますけど」
ガクの目の前でレナが鼻を摘まんで手で仰ぐ素振りを見せる。
事実ではあるが直接女の子に臭いと言われると結構傷つくものだ。
「また遅刻するつもりですか?早く着替えてください」
ガクは、時間が経つに連れて当たりが強くなるレナに言い返すことなく指示通りクローゼットを開ける。
「えっ……?もしかして、これしかないの?」
クローゼットの中にはサンドラと同じ濃いピンクのスーツに黒いマントが組み合わされたものだけがいくつもかかっていた。
「サンドラさんが貸してくれたんです!少し大きいけど特注なのでかなり高価なスーツなんですよ!」
「じゃあお前は着たいのかよ!」
「私は結構です」
足をカツカツと鳴らして急かすレナ。クラスでも小さいほうではなかったガクでもかなりオーバーサイズのスーツに渋々袖を通した。
昨日と同じように食卓につく。ギリギリ間に合ったお陰でザックの機嫌を損ねなかったことに一安心。
「そういえば、故郷に帰る方法は見つかったの?」
「いや、それは……」
すっかり忘れていた。つい目の前の漫画のような出来事に熱中しすぎて自分の今の状況を忘れるところだったのだ。
「すぐ見つけるから……、もう少しだけここにいさせてくれないか」
「レナは別にガックンがずっとここにいてもいいですけどね」
思いの外レナには気に入られていたようで少し安心する。そう言われてもずっとここに居るわけにはいかないのだ。
「いやそれは悪いだろ。ただで泊めてもらって飯も出してもらってるから」
「すぐ出ていく方がかなり怪しい。昨日も色々聞き出したみたいだしな」
ギロッとローガンを睨み付けるザック。ローガンは気まずそうに目を逸らす。
「それならガク君もザックの隊員に入ればいいんじゃない?」
「は?」
サレーネの提案に思わず食事の手が止まる。
──俺が騎士に?
「サレーネ様勝手なこと言われては困ります」
即座にザックも冷静な顔で異議を唱える。サレーネはまだ理解していない様子。
「いや、そもそも俺戦いなんてしたことないし。小学生の時習ってたキックボクシングくらいだぞ」
「こんなやつ肉壁程度にしかなりません。掃除でもやらせておいた方がいくらかマシですよ」
ザックからはかなり不評のようだ。それもそのはず、正体不明で戦い経験のないやつを軍隊に入れるなど、どう考えても足手まといにしかならない。
「ザック達が稽古をつけてあげればいいじゃない」
「お断りします」
そう言い残してザックは席を去る。どうやら相当ガクのことが気に入らないみたいだ。ガクの居場所などどこにもないと言われているような気がして肩身が狭い。
「俺は全然いいぜ、稽古」
「私もです!」
「悪いな……。俺ももうどうすればいいか分かんねぇからとりあえずサレーネの言うとおりしてみるわ」
本音なのか慰めなのかローガンとレナは稽古をつけることに賛成の様子を見せ、相変わらずシャーロットはだんまりを貫く。
「ごめんなさい。私のせいでまた不快な思いさせちゃって」
うつむきながら小声で謝るサレーネ。ガクはその姿を見てまたしても胸を締め付けられるような異変を感じる。
「昨日から思ってたんだけど、サレーネって俺と話すときなんか魔法みたいなやつ使ってるのか?」
異変の原因を突き止めようと問う。その返答によっては即座に殺されることも十分にあり得る。
「何もしてないわ、そもそも私魔法使えないから」
「えっ……?」
想像の上をいく発言。頭の中が混乱する。
──じゃあこの異変はいったい……
「病ね、それもかなり重い」
ずっと黙っていたサンドラがガクの心情をまたしても勝手に読み、思いもよらない返答する。
「……病?」