71話 第二隊隊長
ルーク兄弟をマルクスに任せたゲドは、裏口の窓を破壊して城内へ入ったものの、明かりもない真っ暗な廊下をさ迷っていた。
「松明くらい持ってきておくべきだったなぁ……これじゃあ何も見えやしない」
一人呟くゲド。その瞬間、言葉に反応するように廊下がパアッと明るくなる。
「なんだ?」
「これで前は見えるか?」
「コーダ……!……ジャックさん!」
廊下の反対側から歩いてきたコーダは死にかけのジャックを乱雑に引きずりニヤリと微笑む。
「今すぐその人を解放しろ」
「無条件でなど出来るわけないだろう、断る」
「ならば力ずくで行くしかないな」
一瞬でコーダの間合いに入り、金棒を力強く叩きつける。しかし、それを楽に避けると、いつの間にかゲドの背後に立っていた。
「鬼族の末裔か……珍しい。だが、あの男の方が遥かに価値は上なんだろう?」
「ガクのことか?あいつはただのガキだ、関係ない」
「そんな分かりやすい嘘をつくってことはやはり只者ではない。先に潰して正解だったか」
「お前まさか……!」
ゲドの顔が青冷める。金棒を握る手は小刻みに震え、動揺が露になっていた。
「厳密に言えば俺は何もしていない。お前もこのままここをまっすぐ進めば分か……うっ!?」
「ご丁寧にどうも……」
油断した隙を突くようにコーダの腹に蹴りを入れるとその手から離れたジャックを担ぎ上げ、言われた方向へ走り去った。
「あの野郎……やはり警戒すべきはあいつだったか」
走り去る背中を見つめコーダは不気味に笑った。
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「おいガク!どうなってる!?この状況はなんだ!?」
突き当たりに辿り着いたゲドが目にしたのはグッタリと倒れるダイヤを庇うように折れた剣を構えるガク。その周りは敵兵がぐるりと囲んでいる。
「ゲド!ダイヤがまずい!こいつを助けてくれ!」
「しゃがめガク!“闇夜の閃光”!」
ガクは指示通り屈むと、黒々とした稲光のようなものが数多の兵士を貫きガクの頭上まで届く。
ガクは目を疑った。ついさっきまで目の前に立っていた筈の屈強な兵士団は皆地に伏せている。
「何だよこれ……」
「かなりマナを消費するが多数相手にも通用する。殺傷能力は低い技だがこいつら程度の実力なら1日はこのままだ」
ガクは二人がかりでなんとか何十人を倒したのにも関わらず、一瞬でこの数を全滅させたゲドに味方で有りながら恐怖心を抱いた。
その時、
「……ん?なんだ、終わったのか……ガクはやっぱ強ぇなぁ……」
「ダイヤお前大丈夫なのか!?突然倒れやがって!てか、これやったのどう見ても俺じゃないだろ」
ダイヤはぐるりと辺りを見渡しゲドを視界に捉えると「ああ、なるほど」と頷く。そしてやや、ふらつきながら立ち上がった。
「あのおっさん、早く助けに行かないとだろ?大分酷い怪我だったし……」
「いや、それはもう……」
ガクは地面に落ちていたタイマーを拾いダイヤへ見せた。
「これって……」
ダイヤはガクの手からタイマーを奪い取り、全方向に傾けて凝視する。
ガクは言いづらそうにいつもより小さな声で答えた。
「ああ、もう壊れてる。それにもうとっくに時間も過ぎてるんだ。だからもう……」
「ジャックさんならまだ生きている。少なくとも俺がここに来た時までは。……これから俺はあいつのとこに行く。お前らは早くここから出てローガン達と合流しろ」
ゲドは来た道を引き返そうとガク達へ背を向けた。
「いや、ちょっと待てよ!俺達も行く。あいつ、かなり強いんだろ?」
「ああ、お前が来ても何も変わらん程にな」
煽りのような返答。ムッとした表情を見せるが彼の態度から冗談で言っているわけではないと知り、グッと堪える。
「既にガイルがドムを敗り、たった今チェスターもザックに敗れた。確実に俺達に追い風が吹いている」
「マジかよ……!」
「将軍二人落としてんじゃん!」
突然の吉報に心が踊る二人。ダイヤに関しては、先程の怪我が嘘であるかのように飛び上がる。
「だが二人とも軽症ではない。それに、サレーネ様の付近にデータにない強力な気配を感じる。今すぐサポートに行ってくれ」
振り返りそう言うと真剣な眼でガクを見る。
「頼む」
「……分かった……気を付けろよ」
「誰も逃がすわけねぇだろう?」
「──!!」
いつから居たのか、奥の暗がりに仁王立ちするコーダの姿が目に写る。右手に持った巨大マチェットは真っ赤に染まっている。
「お前まさか……!」
「ああ、あの男ならたったさっきこれで斬っちまった」
「早く行け!ガク!」
コーダを鬼の形相で睨み金棒を振り上げ飛びかかるゲド。ガクとダイヤもそれと同時に出口へ駆け出した。
「逃がさねぇって行ったろう」
ガク達の方を向きマチェットを振り上げる。が、
「──!!」
その攻撃を阻むようにゲドの金棒がコーダのマチェットを弾き飛ばした。
「お前の相手は俺一人だろうが」
「かっこいいなぁ、第二隊隊長ゲド・フォークナー。あのガキのためにこんな優秀な男が死ぬと思うと非常に残念だ」
「あいつは死なせるわけにはいかねぇんだ。お前がジャックさんを殺したと言うなら尚更な!」
怒りを剥き出しに金棒を振り回すゲド。しかし、コーダはその攻撃をひらりひらりと避ける。
「そう感情的になるな。所詮老いぼれ、ほっといても死んでたろう……」
「……うっ!」
不意をつくように一瞬で間合いを詰めるとゲドの腹部にマチェットを突き刺した。ゲドも直ぐ様反撃。右足の蹴りがコーダの肩に直撃した。
しかし、流れるように自ら左へ跳び、蹴りの威力を受け流した。
「確かに強力だ。流石は鬼族、生まれ持ったステータスが人間より遥かに高いと言うだけある。……やはりここで死ぬには惜しいだろう、俺の部下になれ」
「お前のバカげた夢に付き合う気はねぇよ。俺は一生ヴァルポール王国を守る騎士で生きるつもりだ」
腹に刺さったマチェットを抜き放り投げると金棒をコーダへ向けた。コーダは一瞬緩んだ顔をしかめる。
「それならお前と会うのも今日で最後だな」
コーダはコートから取り出した新たなマチェットを両手に構えた。




