6話 昔話
「その夢ではマルクスさんがヨルム帝国の軍隊を率いて村を襲ったってこと……?」
明らかに不味い空気になった。それもそのはず、先程の兵士の報告直後にこんな話題。誰が聞いても今最も不吉な話題だ。
「そこの男が見ただけ。ただの夢よ」
ずっと黙って聞いていたサンドラが口を挟む。何か悪いことでもしてしまったようでかなり気まずい。
「それがもし本当だったとしたら……」
「おいおい、変なこと言うなよ。マルクスさんが本当にヨルムの犬になったって言うのか!?」
かなり不安な表情を浮かべるレナを見て、ローガンまで焦り出す。
──これは予想以上にヤバい発言をしてしまった……
「よそ者の戯れ言だ。鵜呑みにするな」
ザックは落ち着き払った様子そういうと、自分の部屋へ戻っていった。それに続くようにして次々と食堂から居なくなり、静まり返った食堂にはガクとローガンだけが残されていた。
「ローガン、そもそもマルクスって何者なんだ?」
あの空気では聞き出しづらかった質問をする。見た目は厳ついが、その大きさのせいか彼には懐かしさのようなものを感じていた。
「元々ヴァルポール王国軍第四隊の隊長だったんだよ。今は隣町のレベリオ近辺を取り仕切ってるみたいだがな。昔っからザックさんとは仲が悪くてしょっちゅう決闘を挑みに来てたよ」
「その話なんだが……、今はもうヴァルポール王国じゃないってことだよな?」
ガクは朝食の時に聞けなかったことも聞き出そうと、勢いに任せて話を進める。
「滅んだんだよ、半年前に。国王の失踪直後に軍隊長達がそれぞれの自治区を仕切るようになったんだ。」
「それで隣町を治めているのがそのマルクスっていう元隊長か」
モヤモヤしていた謎が少しずつ繋がる。歴史好きのガクにはたまらなく面白い。が、不審者を見るような鋭い目がこちらに向けられていることに気付き、ゴホンと咳払いで誤魔化す。
「じゃあマルクスは味方なのか。やっぱりあんな夢デタラメだったな。少しビビっちまったよ」
「いや、100%味方だとは言い切れない」
自分の置かれている状況を思いだし、作り笑いで誤魔化そうとするガクを真剣な顔で否定する。
「本来、国王がいなくなったのだから娘であるサレーネ様に王権が譲渡されるはずだった。それをがザックさん以外の3人の隊長が猛反対して内戦になりかけたから今の形になったんだよ」
そう言うと、ローガンはカップに残っている冷めきった紅茶を口に流し込んだ。
──これは想像以上にすごい展開になりそうだな。
畳み掛けるようにして次々と出てくる問題に心が騒ぐガク。まさかこっちの世界でこんなエンターテインメントが待っているなんて。
楽しそうな様子をローガンに見抜かれぬよう注意しながら質問を続ける。
「でもここを襲うメリットがあんのか?仮にこの城を襲ってサレーネを殺したとしてもそんな人殺しの王様誰が認めんだよ」
「だからお前の夢の話だと合点が行くんだ。ヨルム帝国の言いなりになって少しでも良い地位を得たいと思ってるんじゃねーかって」
確かにそれなら納得がいく。確かに、貧国の一部を統治して隣国からの襲撃に怯えて暮らすより、ここを攻め落とすことで屈強な大国の後ろ楯を得るほうが良い暮らしができるだろ。
しかし、ガクにはそこで新たな疑問が生まれた。
「そもそもなんで今までの国王は失踪したんだ?国が崩壊したのもそれが原因だろ?」
「それは」
「そのへんにしておきなさい、話しすぎよローガン。彼はまだ正体不明だと言うことを忘れないでちょうだい」
ガクの質問に答えようとしたローガンを聞き覚えのあるオネエ口調が制す。後ろを振り返ると知らぬ間に戻ってきていたサンドラの姿があった。
「あなたもあまり不審な行動を取らないように。他国の歴史の詮索なんてするもんじゃないわ。」
朝のようなふざけた様子が一切ない顔で告げる。ガクは『悪い』と一言謝ると席を立ち、その場から立ち去った。
◆ ◇ ◇
「あなたも随分と口が軽いのね。よくもまあ部外者にべらべらと……」
「悪かったよ。俺はあいつ、そんな危険なやつに見えねぇけどなぁ」
二人の会話が静かな食堂に響く。全員の食器をテキパキと片付けながら文句を言い続けるサンドラ。
「あたしが止めに入らなかったらあなたあの先まで話すところだったなんて信じられないわ……」
「だから悪かったって言ってるだろ。それはそうとお前はどう思う?マルクスさん」
サンドラは立て続けに文句をいいながら不機嫌そうな顔でガチャガチャと雑に食器を運ぶ。そんなサンドラへめんどくさそうに謝りながらローガンは話を切り出す。
「もしかして、あなた本当に彼の夢を信じてるの?どーせまたただの交渉よ」
「そっか……そうだよな……」
サンドラは呆れ顔で笑う。それを見て少しほっとしたような表情を見せ、ローガンも食堂を出ていった。