56話 稲妻の恐怖
「よし、そうなればいつ実行するかだな。あっちの動向を考えると出来るだけ早く……」
「直ぐに実行は無理だ、準備が全く追い付いてない。生半可な体勢で挑めば全滅しかねない相手だ」
「でも早くしないといつまた攻めてこられるか分かりませんよ」
レナの言葉を聞き終える前にマルクスは、はぁ、と大きく溜息を吐き、呆れ果てた様子で首を小刻みに振る。
「そもそもお前達は考えが甘過ぎる。準備周到の状態で奴らの不意を突いて勝率がようやく5割。最低でも準備に1ヶ月、いや、2ヶ月は必要といって良いだろう。地形、敵戦力、城内図、隊の配置。まだ山ほど課題が残ってる」
図星を突かれ黙り込むガクとレナ。ダイヤは相変わらずぽかんと口を開けている。
「そうじゃな、焦る気持ちも分かるが先ずは成功率を最大限に上げることが第一じゃ。きっとゲドもそのつもりじゃろう」
ガクより遥かに戦い慣れした二人がそう言うのであれば反論の余地はない。腑に落ちない表情を浮かべつつ渋々折れる。
「俺達もここで色々進めておくからよ、何か伝えることがあればそっちに行く」
「おう、分かった……」
机に広げた地図を小さく折り畳みワイシャツの胸ポケットへ刺すとガクは立ち上がる。
「帰りも来るときのドラゴン使うか?必要なら貸すぞ」
シャーロットはカラフルな召喚石をコロンと机に転がす。
「いや、大丈夫だ。こいつのがあるから?」
横に座っていたレナをチラと意味ありげな視線を送る。レナもここへ来る道中での会話を思い出したらしく、膨れっ面で視線を返す。
「そ、そんなに必要なら貸してあげても良いですけど」
「おお、そう言えばそうじゃのう。わしよりもレナの方がその力に長けてたんじゃったな」
机に置いた石を取り、再びポケットへ戻した。
レナは納得いかないと言わんばかりに腕を組んでムスとそっぽを向く。
「じゃあそろそろ行くわ、お前も身体気を付けろよ」
「裏切り者の心配なんてせんでいい。お主らも気を付けろよ」
「ああ、じゃあまたなんかあればここ来るわ」
3人は帰り際に分けてもらった食料を手にマルクスの別荘を後にした。
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木々の間を縫って進む。同じ場所をグルグルと回っているのだろうかと錯覚を起こしそうなほど同じ景色が続いていた。
「あと何分で着くの?」
「あと20分もすれば森を抜けると思います。到着するのは40分後くらいです」
淡々と質問に答えるレナ。ガクからしたら会話を避けているのが見え見えだ。
「まだそんなにあんのかよ……こいつらもっと速く走れないのかよ……」
「贅沢言わないでください。そんなに不満ならその子から降りて自分で歩いたらどうですか?」
「ごめんごめん、冗談だから」
「暫く黙ってて下さい」
レナが先導しているためガクから表情は見えないが明らかに怒っている。確実にダイヤが原因だ。二人の間に挟まれたガクはかなり気まずい。
はぁと思わずため息を溢した。刹那、
「うわっ!!」
「なんだ!?」
ド派手な爆発音と同時にレナの前で爆発が起こり森の木々が薙ぎ倒され、激しく炎を上げる。爆発による衝撃でドラゴンと共に3人は後方へ飛ばされた。
「お前らがザックの手下か、ほう、確かにどれも常人じゃねぇなぁ」
声は真っ直ぐ伸びた巨木の枝の上。しゃがみながら3人を眺める男の姿があった。
逆立った青い髪に鋭くつり上がった細い目。和服に近い服を気崩し、右肩から胸に掛けて描かれた派手なタトゥーを露出している。
「お前誰だよ!」
突然の攻撃に怒り、ダイヤが男を怒鳴りつける。
「突然その態度、生意気な奴だな。何、少しからかっただけだ。そうカッカすんなよ」
枝から飛び降りストンと綺麗に着地するとがに股でかつかつと下駄をならしガク達に近付いてくる。
素早く危険を察したレナは複数の精霊を召喚し身構える。
「だからそんなに警戒すんなって、俺は強い奴としかやらねぇよ。ほら、この通り刀も持ってねぇだろ?」
男は殺意のないことを伝えるように微笑みながら両手を広げた。
男か近づくにつれ全体がはっきりするとかなり大柄だった。おそらくゲドと同じ、身長だけで言えばそれ以上にも見える。
倒れたドラゴンを押し退けて立ち上がり男を睨むガク。ダイヤもそれに並ぶようにして身構えた。
「ったく、お前達みたいな死にたがりは本当面倒臭ぇ」
「うっ……!」
「ダイヤ君!?」
男の指先から飛び出した稲妻がダイヤの腹を貫通。ダイヤは吐血しその場に倒れる。
慌てて駆け寄るレナ。
「大人しくしてりゃ何もしなかったのによぉ。てめぇには興味ねぇ、どうせただの付属品だ。俺が知りたいのはお、ま、え」
そう言って先ほどダイヤを貫いた人差し指をガクヘ向けた。
まだ僅かにバチバチと放電するその指を向けられては流石にガクも容易に手出しは出来ないと覚る。
後ろではなんとか意識を保っているダイヤに寄り添うレナの姿。この場を乗りきるにはガクが精霊達と時間を稼ぐしかない。相手もそれを望んでいる。
「俺に……何の用だよ」
「お前の正体はなんだ」
今朝ゲドにされたものと同じ質問だ。そもそもこんな意味不明な質問は1日に2回もされるものではない。
「知らねぇ……うっ……!?」
「嘗めたこと言ってんじゃねぇよ」
ガクの答え気に入らなかったのか、ダイヤの体を貫いた稲妻がガクの腹部を同じように抉った。
肉を貫く激しい痛みと雷の感電が余韻となって内蔵に響く。負傷と同時に再生するガクの体だから良かったものの常人なら一溜まりもない大ダメージ。ダイヤの負担は相当だ。
口内に溜まった血をドバッと吐き眼光を目の前の男に向ける。
「ほう、確かに異常な再生能力。噂は本当だったのか、おもしれえ」
たった今開けられた穴も既に数センチほどにまで塞がり痛みも収まり始めている。その様子を、男は珍獣を見るような目でまじまじと見つめる。
「まあいいや、答えねぇなら死ぬまで続ける」
再び突き出した指の先から稲妻がガクの腹部へ飛んだ。




