4話 スマホ争奪戦
「で、俺は何をしてればいいんだ?」
ふかふかのベッドに大の字に寝転がりながら天井を見上げる。一面真っ白な天井。これだけ広いと逆に落ち着かない。
サレーネとサンドラは隣の街に行くと言って城を出ていった。いつもなら適当に漫画を読んだりゲームをしたりしていたが、今はそんなものどこにもない。
──暇だ。本当に何もやることがない。
「ガックン、入りますよー」
コンコンと都を叩く音がした後甲高い声が扉の奥から聞こえる。頑強な開き戸がゆっくりと開き、ピンク色の髪が見える。レナだ。
「返事くらいしてくださいよー!これ、ガックンのですよね?地下牢に落ちてましたよ」
手にしていたのはガクの通学用のリュック。
──そうか、あの時一緒に飛ばされたのか。ってことはスマホももしかしたら……
ガクはこの暇な時間から脱出できる道が見つかったことに喜びを感じ、ベッドから飛び下りてドアの前で立ち止まるレナの方へ向かった。
「悪いなレナ。助かるよ」
小さな手に持っていたリュックを受けとる。そしてもう一つの本当の目的を切り出す。
「これと一緒になんかなかったか?……薄い箱みたいな……」
「あぁーこれのことですか?これ面白いですね!ここ押すと可愛い犬が出てくるなんて!」
レナは自分の小さな鞄の中からガクのスマホを取り出し、ホームボタンを押してガクに見せつけた。目尻を緩めながらスマホに写るガクのペットのポメラニアンを眺める。
「俺の飼ってたポメラニアンの隆盛。犬、好きなんだな」
「もっとかわいい名前にしてくださいよ!何ですか?隆盛って」
西郷隆盛から取ったこの名前は気に入らなかったらしい。が、そんなことはどうでもいい。
「それ、返して貰えねーかな?」
「嫌ですよこんなかわいいの、ガックンにはもったいないです」
まさかの展開に焦るガク。スマホがないのならさっきとなにも
変わらない。だが、そんなガクのことなどお構いなしにレナはスマホの隆盛を淫らな顔で見つめ続ける。
「なぁ、さっきから俺のことガックンっていってるけど俺はガクだからね?」
「知ってますよ。ガク君は言いづらかったのでガックンにしました。……そんなことより、これ以上の珍品があるなら交換してあげても良いですよ!」
突然表情を変えて上から目線の発言。
──いや、そもそも俺のスマホなのだが……
しかし、ガクの今の状況においては好都合な提案だった。レナはスマホをこの犬の写真を見るための道具だと思っているらしい。それを越えるくらいの道具ならリュックの中にもありそうな気がした。
「とりあえず中入っていいですか?廊下に立ちっぱなしは疲れるので」
そう言うとレナは返事も聞かずにズカズカと部屋に入ってきた。部屋の奥まで行き、ベッドに腰を掛ける。
「さぁ取引を始めようか」
レナは突然声色を変え、ない髭を触るようなポーズをとると、ニヤリと左の広角を上げてイタズラっ子のような顔を見せる。
見た目通りの幼い様子に呆れ、ガクは仕方なく受け取ったリュックを持ってベッドへ向かい、レナの隣に腰を下ろした。
「で?何をお望みですか?」
リュックを逆さまにしてベッドの上で乱雑に中身を広げる。
探偵のような芝居をするレナに合わせるようにしてガクも敢えて敬語を使う。
うーん、と首を傾げながら一つ一つ品定めするように吟味。
「どれもよくわかんないや」
リュックの中には、イヤホン、筆箱、歴史の教科書、あとはプリントが溢れかえったクリアファイルとLEDライトだけだ。
使用用途を知っている人が相手なら100%スマホ一択だろう。
だがこの状況では違う。ガクのプレゼン次第でいくらでも変えられるのだ。
「お嬢さん、これは凄い道具ですよ!この大きさでこの明るさ!これがあれば夜道も怖くありません!」
テレビショッピング張りに全力でライトを宣伝。ライトを手に取ったレナはカチカチと点灯ボタンを押した。
「ちっちゃいランタンみたいな物ですか。でもランタンは持ってます」
小さいというだけでは魅力を感じなかったらしい。
「それだけじゃありません!これは太陽光を当てることで発電できるためいくらでも使える代物です!」
おぉ、と口をあんぐり開けてライトを色々な方向から眺めるレナ。敢えて後から付け足すというガクの作戦はうまくいったようだ。
「仕方ない、これで許してやろう」
レナはまた探偵口調に戻り、自分の横に置いてあったスマホをガクに渡した。
「用も済んだので私もう行きますね!」
ベッドから飛び下りるとライトを大事そうにバッグにしまい、跳ねるように部屋から出ていった。
「スマホも戻ったし存分にゲームでもするか!」
久々のゲームにそわそわしながら勢いよくホームボタンを押す。だが、その興奮も一瞬で消え失せた。
「あと4%って何に使えんだよ!」
楽しそうにボールを咥える隆盛と同時に現れた電池残量の表示を見てガクは落胆。
ライトの方がまだ使えたと後悔しつつスマホをベッドに投げつけて、天井を仰ぐ。
「あーあ、また暇になっちまった」
先程まで微塵も眠気を感じていなかったガクだが、柔らかな布団に埋まっていくような感覚と窓から差し込む暖かい日差しに吸い込まれるようにして、ゆっくりと眠り落ちていった。