45話 始動
深夜。ガクは廊下に並ぶ甲冑の背後に身を潜め息を殺していた。
鎧の隙間から見えるガクの向かい側には、巨大な石像の影で大きな体を丸めるローガンの姿が窓から差し込む月明かりに照らされている。
ガイルの作戦ではレナがサレーネの部屋の扉を開けるのを合図に隣部屋で眠るサンドラへ奇襲。単純だ。
既に準備を終えたレナがゆっくりとサレーネの部屋へ歩み寄る。あとはただその合図を待つだけだ。ごくりと唾を飲み込むと渡された比較的軽量の片手剣を握り直す。
と、その時、
「ガク……!」
「……!?」
ローガンの細い声がガクの耳に入る。それと同時に見張っていた扉がギギギと音をたてゆっくりと開きサンドラが現れた。右手には以前使用していた大剣。
「やっぱり来たのね、レナ。まぁ、分かってはいたけど。他にも居るでしょう?出てきなさい、相手してあげる」
──作戦は筒抜け……ってことはもう……
何故早く気が付かなかったのかとガクは自責に苛まれる。人の心中まで探れる男が同じ城内の音を聴くなど少し考えれば予測出来た筈。
「──!?」
ズドオオンと派手な音が城外で鳴り響く。震動で装飾品の花瓶や胸像が地面に落ちバラバラに砕ける。
「何だこの音!」
石像の影からローガンが飛び出す。
「始まったみたいね。あなたの兄、うちの軍隊相手に何分持つかしらね」
「てめぇ……!」
ギリと牙を剥き出しに怒りを露にするローガン。サンドラはいつも通りの不敵な笑みを浮かべる。
「ねぇ、どうかしたの?さっきから凄い音が聞こえるけど……」
「サレーネ様!」
眠たそうに目を擦りながら隣部屋からサレーネが姿を現す。ローガンと睨み合っていたサンドラは標的を切り替えるように後ろを振り向くとさらにグイと口角を吊り上げた。
「殺人は好まないけど……、こうした方が早いわね」
サンドラはその場に固まるサレーネに向けて振りかぶる。
「サレーネ!」
「サレーネ様!」
咄嗟に駆け出すローガンとガク。が、キラリと光る刃はサレーネを目掛け弧を描いて振り下ろされた。
が、サレーネの頭上で刃は止まった。
そこにはサンドラの剣を片手で受ける人型の怪物の姿。背中からは翼が生え頭部には嘴を持っている。
「神鳥ガルーダ……!」
レナの召喚した精霊だったのだ。
「作戦続行です!」
レナは横で立ち尽くすサレーネの手を引くとサレーネの部屋へ駆け込んだ。
「クソガキ!───!?」
跡を追おうと駆け出すサンドラの頬に拳が飛んだ。反応しきれず扉の開いた自室へと転がり込むサンドラ。
「だってよガク!」
「おう!」
ガクも剣を構える。強敵を前に冷や汗がつぅと彼の背筋を伝った。ガルーダも二人に合わせるようにバサッと翼を広げた。
「ハンデはこれで十分かしら?」
明かりのない暗がりから立ち上がるサンドラ。服についた埃を手で軽く払い落とすと上着を脱ぎ捨てた。
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其処らから鳴る爆発音、叫び声、怒声。サレーネ、ザック、レナの3人は3000の軍隊と共にヨルム軍の追撃を受けながら逃亡していた。
「やはり、俺も参戦すべきだ」
ザックは横に立て掛けていた剣を持ち立ち上がると荷台から飛び降りようと縁へ向かう。
「駄目です!」
「だがこのままではどう考えても良くない!」
「いつここを襲撃してくるか分からないんですよ!ザックが出るのは私の後です」
レナの言葉に踏み留まりザックは鋭い目で外を睨む。
「ちょっと今どうなってるの?みんなはこうなること知ってたの?何で私には何も言わなかったの?私だって協力したのに」
「あなたを確実に守るため、それだけです」
背を向けたまま呟いた。サレーネには返す言葉が見つからなかった。
絶え間なく聞こえる叫び声。それが見方のものか敵のものかは分からない。分かるのはただ誰かが苦しんでいるということだけ。
「私だけが生き残るのなんて……」
「あなたさえ生きていれば国はまたやり直せる。兵士だってまた増やすことも可能でしょう。その中から今の我々のような騎士団を作ることも……」
「それは違う……。みんなの代わりがいくらでも要るなんて私には思えない。私は誰にも死んでなんか欲しくない!」
サレーネは瞳に涙を浮かべザックを睨む。冷たい風のせいか頬や鼻も赤く染まっていた。
「そうですか……。ですが身を賭してあなたを守ることが我々の仕事、義務ですから。サレーネ様にそう思ってもらえるだけで十分です」
ザックはサレーネの方へ振り返り微笑むと胸ポケットから一枚の紙を取り出し二人へ渡した。
「ファングにあるガイルの居城までの地図だ、この通りに進めばあと1時間もすれば着くだろう」
「え……ちょっと、もしかして戦うつもりですか?」
「協力なマナが此方に向かっている。おそらく俺の兄、チェスターだ。ここは俺が止める。サレーネ様を頼んだ」
それだけ言い残すと答えを聞かず、ザックは荷台から飛び降り姿を消した。
「みんな大丈夫かな……」
サレーネが弱々しい声で呟く。膝の上に乗せられた握りこぶしは細かく震えていた。
「大丈夫です。みんな強いので……心配要りません!」
レナは無理に作った笑顔を浮かべ励ますようにその手を両手で握った。




