42話 説得
いつも通りの朝食を終え部屋に戻るとガクはベッドと椅子のみが置かれただだっ広い疾走な部屋で一人思考を巡らしていた。
──ザックの件はローガン達、あとはサレーネをサンドラから引き離す、か……
「これをどうするかだな」
一人きりの部屋で小さく呟く。そもそもザックに話が通らない限りはどうにも進まない。そんな事は初めから分かっていたことだった。
──あいつが裏切ったマルクスの言うことなんて信じるわけないし……
明らかな行き詰まりを感じ首を垂れるガク。またいつヨルムの襲撃があるかも分からずそうそう時間も掛けていられない。
「ああー!」
焦りと苛立ちを全て吐き出すように叫喚。そのままベッドにドサッと倒れ込む。が、そんなことをしても何も解決する筈もなくもやもやが残るまま天井を仰いだ。
突如、ドアが開く音が反響。
「おい、どうした、俺の部屋まで聞こえたぞ」
「あー悪い、昨日のことで少し……」
ガクはゆっくりと上体を起こしながらそこに立っていた人物が誰であるか認識。と、同時に絶句した。
「昨日のこと……?そう言えば昨日何してたんだよあんな遅くまで。買い出しか?」
「ま、まあそんなとこだな……」
──これ話着いてるのか?それともまだ……
愛想笑いでごまかしながら自然と立ち去るまで待つという選択。ここで怒りを買うことだけはなんとしても避けたい。
「そうか。で、その昨日のことってなんだよ」
──まだ終わんねぇのかよ……
「ああ、ちょっと……」
耳がカッと熱を帯びるのを感じる。嫌な汗が耳の横を流れ落ちた。
ザックは尖った目を細め明らかな疑心を顔で示す。
「何か隠してるだろ、お前」
「隠してると言うか……その、順序?がまだ今じゃないみたいな……」
「よく分からんが言えよ。このまま隠し通されるのは癪だ」
──マジか……
ここまで引き延ばしても何も察しないところからおそらくまだ説得すらしていないのだろう。
苛立ち混じりの視線がガクを突き刺すように見る。
──俺が言うしかねぇか……
ガクは深く息を吸い込み吐き出すと覚悟を決めた。
「昨日の夜ここに着いてからここに来たマルクスと外で少し話してたんだ。それで……」
「マルクス……」
ザックは明らかな怒りを滲ませる。ガクは思わず話を中断。一瞬にして空気がピリつく。
「どうした?」
「あ、いや……」
──何がどうした?だよ!あんな目で睨まれて続けられるか!
心の中で密かに言い返すガク。ザックの態度に振り回されつつも引き続き話を再開する。
「マルクスにサレーネを出来るだけサンドラから離した方が良いって言われた。多分呪いとかの話だと思う」
「サンドラから……?」
──そうか、ザックには話してなかったか……
サンドラの正体を掴んでから今までの流れを思い出す。そもそも昨日一度も顔を合わせていないのだ。知り得るはずもない。
「ザックには言ってなかったが今回の主犯はあいつなんだ。シャーロットはあいつに脅されてああするしかなかった」
どのみち直ぐには信じないだろうと思い、率直に結論をぶつけるガク。ザックの反応を伺いつつ次の一手を考える。
しばらくの沈黙が流れた。
「……嘘は言ってないな。それに、主犯があいつとなると俺もいくつか合点のいくところがある」
「え……!?」
彼の予想外の反応に思わず声が漏れる。あのザックがこうも簡単にガクの話を受け入れるとは考えてもいなかった。
「なんだよ」
ぽかんと口を開けて固まるガクを不思議そうに見る。
「いや、もっとこう……疑われるかと……」
「今はそんな事してる時間はないだろ。あの頭の固いジジイにしては随分凝った作戦だとは思っていたところだ」
かなり難易度の高い課題と思っていただけにあっさりとクリアした今が逆に不自然に感じる。
目の前では組んだ足の上に指でとんとんと一定のリズムを刻み催促するような姿勢を取るザック。
「まず今分かってることから言うと───」
ガクはガクの知る全てを話し始めた。
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「お前ザックさんに話つけたって本当か!?」
「ああ、まあな。めっちゃおっかねぇ顔してっから最初マジでビビったわ」
驚くローガンに誇らしげに話すガク。二人は今日から再開する稽古場に向かっていた。天気は快晴。ガクの中で大きな不安が吹き飛んだような精々した気分を表しているようだ。
「こっからどうするかだな……早急に進めた方が良さそうだ。奥の村には昨日既にドムの姿があったし」
「あいつが来てるってことは間違いなくヨルムも準備を進めてるってことか……確かにゆっくりはしてらんない」
ローガンも覚悟を決めたように握り拳を作るとバサッと羽織を投げ捨てた。
「どうした?まだ他の奴ら来てねーよ」
「少し早いが始めようか」
ニッと鋭い牙を剥き出しにして笑う。それに応えるようにガクも上裸になり腕を構える。
「今回は一発なんかで済ませねぇからな!」
「上等だよ」
「ちょっと二人とも待って!」
甲高い声が二人の闘志に割って入る。視線をぶつけ合っていた二人は同時に声のする方へ振り向いた。
「ザックが呼んでた。……大事な話があるって」
声の主はサレーネだった。ここまで走ってきたらしく、激しく息を切らしながら両膝に手を当て前傾になり透き通るような長い金髪がさらさらと重力方向へ下りる。
「サレーネ様!そんなに動かれて大丈夫なのですか!」
急いで駆け寄るローガン。ガクも脱ぎ捨てた服をローガンの羽織と共に雑に拾い上げると慌てて駆け寄る。
サレーネは依然として前傾のまま激しい呼吸を繰り返し咳き込んでいた。彼女の背中を擦りながら様子を伺うローガン。その顔からガクは何か良くないことが起きていることを察した。




