41話 2種の相談
レナは小さなバッグから何かを取り出した。ガクの見慣れたイヤホンがぐるぐるに巻き付けられた箱形の盗聴器だ。それをそのままガクに手渡す。
「これレナがローガンの部屋に落としてきちゃったみたいでさっき渡されたんですよ」
「それがどうした?要らねぇなら捨てろよ、安もんだから一回分しか録れないし」
目の前に突き出され仕方なく受けとるとレナを見る。彼女も可愛らしい容姿に似つかない険しい表情で視線を返す。
ガクの頭に一瞬数分前のレナが浮かび思わず目を逸らした。
「……な、なんだよ」
動揺を鎮めながら無理矢理一言絞り出す。ガクの目が泳いでいることは自分でも感じていた。
「マルクスさんのさっきの話からして少しおかしいなぁと思ってもう一回聞いてみたんですよ。そしたら続きが録られてました」
「続きって……あの後の話ってことだよな。どんな内容だったんだ?」
「はい、レナが話すより聞いた方が早いと思います」
そう言うと左側のイヤホンをガクの耳に押し込んだ。ガサガサと質の悪い音が耳の中で響く。
『───お前、わしが原因とでも言いたそうじゃな。だが前回の失敗は仕方のない事であろう。わしだってザックの乱入は予想外じゃった。やることはやったぞ。約束は覚えとるよな?───』
「え、これで終わりじゃ……」
「しっ!」
人差し指をピンと立てて口に当て、ガクに黙るよう指示。ガクは左耳へ繋がるコードを掴みかけた手を戻す。と、先程聞こえたシャーロットの声より小さな声が耳に入った。
『───この失敗はあなたが招いたもの。そうでしょ?ガクがおかしなことを言っていたじゃない、夢を見たって。それ、あなたの仕業よねぇ?それなりの……』
「ここで切れてました」
イヤホンを抜きレナがガクに視線を移した。
「……じゃああの夢はやっぱ……」
「裏切りはしたもののシャーロットさんは作戦が失敗するように仕向けたってことになりますね」
レナは話ながらガクの耳からイヤホンを外し元通りぐるぐると本体に巻き付ける。
「これ聞いてもらえばザックは信じてくれると思ったんですけど……」
「駄目そうなのか?」
うーんと首を傾げて黙り込むレナ。この音声はかなりガクの故郷においては信憑性の高いかなり有力な証拠になる。しかし、
「こんな変わった道具をザックがすんなり信じてくれるかどうか……」
「そればっかりはほんとあいつ次第だよな」
ただでさえ説得の通じなそうな相手がこんな得たいの知れないものを信じるとはガクにはとても思えない。信じないだけじゃなく、ガクまで疑われる事態になってもおかしくはないだろう。
「やっぱりローガンに任せた方が良さそうですね、この案件は」
レナは盗聴器を再びバッグの中へしまうと、ソファーの背もたれに勢いよく寄りかかり、ふぅと一息付いた。
「話は終わりか?……じゃ、俺もう部屋戻るわ」
すっと立ち上がり首に掛けていた若干湿ったタオルを左手に持ち変えた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
レナはふかふかのソファーに埋まるような体勢で寄り掛かりながら顔だけをガクに向けた。ピンク色の長髪がさらさらと彼女の頬に掛かる。
「ガックンってサレーネ様のこと好きなんですか?」
「は……?」
思っていたものとは大逸れた内容にガクは困惑を隠せず固まる。しかし、目の前には瞬きもせずにじっとガクを見つめ、返事を待っているレナ。
「べ、別に好きとかじゃねぇけど……」
「そうですか」
かなり薄い反応。レナは向いていた顔を正面へ戻した。ガクはその場に放置されどうすれば良いか分からずポリポリ頭を掻きながら彼女の様子を伺う。
──ん?俺は帰っていいのか……
出入口付近で立ち尽くすガクをレナはたった今気づいたように顔を向けた。
「……あ、話は終わりです。帰っていいですよ」
「お、おう」
なんとなく気まずい空気から脱したく、ガクはそそくさと部屋を出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
長い長い廊下を進む。ひたすら続く変わらない景色。同じような扉、鎧兜のような置物、場所の知れない風景画。立派な迷宮だ。
大きな欠伸をし、体に付いた感覚に任せてただ歩き続ける。
ガチャとドアノブを捻る音がして反射的に振り返る。
「お、ヤッシーか、まだ起きてたんだな。こんな時間まで何してたんだよ」
ガイルだ。普段のファンキーなリーゼントではなく、前髪まですべて掻き上げ後ろで一つに縛っている。厳ついサングラスだけは変わらない。
「いや、まあちょっとした相談みたいな……」
「ふぅーん……。あ!あれか!あの裏切り者が違ったって奴!」
「ちょっ、声でけぇよ!」
おそらく既にローガンが話を着けたのだろう。周りなど気にせず大声で話すガイルを小声で抑制。
「悪ぃ悪ぃ。で、そこそこ話進んでんの?」
「いや、まだ何とも……」
順調と言うには程遠く、ガクは言葉を濁す。その様子から大体の状況を掴んだらしくニッと笑うとガッと肩に手を回した。
「一人で抱え込まねぇで困ったら何でも言えよ、兄貴だと思ってくれて構わねぇぜ!」
今のガクにとってかなり力強い一言に心に僅かにゆとりを感じた。が、
──こんな兄貴だけはごめんだ……
心の中で呟いた。
サッとガクの肩から手が離れる。
「ザックには俺からも説得しといてやるよ。お前はまだやることあんだろ?」
「おお、助かる」
ニッと白い歯を見せて笑うガイル。つられてガクの表情も緩んだ。
「まっ、重く考え過ぎず、気楽にやんな。お休み」
そう言うとガイルは大きく欠伸をし自室と思われる方へ歩いていった。
協力な後ろ楯が出来たような安堵からガクは静かに微笑んだ。




