38話 マルクス
城に着くと既に夕刻。17時前後と言ったところだろう。空も茜色に染まっていた。
いくら緊急事態と言っても、突然体力がつくわけでもないためヘロヘロになりながら門前にたどり着く。
「今のところは大丈夫だったみたいですね」
「……そうだな、俺は全っ然大丈夫じゃないけど」
ガクは両手に抱えた紙袋をドサッと地面に落としその場に腰を下ろした。
「引きずったりしてませんよねぇ?」
「服の心配は一番最後だろ?少しは感謝ぐらい…」
「はいはいありがとうございました!ここからはレナが持つしザックに報告もしておきますのでご心配なく!」
相変わらず強気な口調でガクの愚痴を抑え込むと荷物を拾い上げ歩き出す。
「ちょっと待てよ、報告するってどう報告するんだ?サンドラも城内にいるんだぞ」
ガクはくたびれた制服のズボンに付着した土を払いながら立ち上がる。
「それは……」
足を止めその場に立ち止まり黙り込むレナ。ガクの予想通り、レナはそんなことまで考えていなかったのだろう。ガクは続ける。
「あいつの能力は俺たちにとって完全に未知だ。今この話だってどこで聞かれててもおかしくない状況なんだぞ」
ガクの方へ振り向き、しばらく考えてからレナは口を開いた。
「でもあの人、今すぐ誰かを殺すようなことはしませんよ。多分……」
「なんでそんな事言える?お前も見ただろ。奴は手も触れず簡単にシャーロットを殺そうとした。あいつはもうお前の知るサンドラじゃない」
疑い用のない額の説得。しかし、レナは今一つ納得できないような表情を見せる。
「でも殺してはいませんよ。本当に口止めしたいならそのまま首を絞めて殺すべきです。それに……」
「なんだよ」
口にしかけた言葉を問い詰める。
「童話でもネロは一度も人を殺さないんです。だから……」
「童話が実話ってのも確証はないしあいつがそれの末裔だってのも実際のところ曖昧なんだろ?そんな憶測で判断できるほど安い問題じゃない」
レナの小さな声をかき消すように正論をぶつけるガク。レナはそんなガクを視線を上げてキッと見ると反論。
「それならガックンは他に考えがあるんですか?」
ガクの言っていることは間違っていない。しかし、間違ってはいないもののその後の算段はついていないのだ。思わずガクは黙り込む。
「何も無いんじゃないですか。じゃあレナの案で決まりですね」
「ちょっと待てって……」
止めていた足を再び動かしレナは前進する。そんな彼女を駆け足で追いかけるガク。と、その時ガクの背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「久しぶりだな」
「お前は……」
「なんでここに……」
後ろに立っていたのは銀髪をだらりとだらしなく垂らし薄汚れた白いコートで全身を覆った男。以前シャーロットと共に姿を消したマルクスだった。
──完全に忘れていた……!こいつの存在……
「何しに戻って来た!お前もヨルムの……」
振り返り戦闘体勢に入るガクの後ろでレナ精霊を召喚する。
「あー、ちょっと待て。俺はここを攻めに来た訳じゃないしヨルム軍にも追い出されたんだよ。だから完全に独り身だ」
「っんなこと信用できるわけねぇだろ。一度裏切った奴は何度でも裏切る。そう上手くいくと思うなよ」
鋭い目をギラギラと向けるガクにはぁとため息を溢すと背負っていた剣をガクの足元に置いた。
「これで良いか?」
マルクスの様子を伺いながら置かれた剣を恐る恐る拾い上げようと剣を掴む。が、予想以上の重量に引きずるのでやっとだ。
「なんだこれ!お前何キロの剣振り回してんだよ!」
「100キロ前後と言ったところか。で、これで十分か?」
腰に手を当てガクを見る。
「駄目だ他に何隠してるか分かんねぇしお前だって魔法使えんだろ」
「分かったよ」
そう言うとマルクスは羽織っていたコート脱ぎ、それに続けてシャツやズボンも次々と脱ぎ出した。
「え、ちょっと何してるんですか!?」
顔を赤らめ目を塞ぐレナ。そんな彼女に欠片も躊躇せず平然と答える。
「何って、武器隠し持ってるって疑われたらこうするしかないだろ?魔法云々は信じてくれとしか言えないが」
「もういい!分かったから早く服着ろ!」
目の前に立つ全裸の騎士がどうにも見苦しくガクは視線を逸らしながら声をあげる。後ろでは相変わらず目を覆ったままのレナがその場に立ち尽くしていた。
「そんな汚物扱いされるとはね。取り敢えず信じてもらえて良かった」
「まだ信用してはねぇけどな」
当然の話だ。あれほど死ぬ直前まで自分を切りつけた男をそう簡単に信用など出来るわけがない。
「それで、要件は何ですか?レナだって信用してないので中には入れませんが話くらいなら聞きます」
「全く頑丈な警備だこと。端からそのつもりだ。ザックは話の通じる奴じゃないからな。俺はもう俺の知る全てを話すつもりだ」
最後のコートを羽織るとマルクスは静かに話始めた。
「俺の思うお前たちが真っ先にすべきことと俺の裏切りの本当の目的。どっちから聞きたい?」
門の柱に背を預け腕を組むと二人に問う。
「どう考えても前者だろ。終わったことよりこれからのことが知りたい」
「そうか。結論から言うと今すぐサレーネ様を連れて城を出ろ。そして出来る限りサンドラと距離を取れ」
「やっぱりあいつがサレーネを殺しかねないってことか……」
「いや、そうじゃない」
右眉をクイと上げてガクを見るマルクス。すっかり日は沈み城からの光漏れと月明かりが彼の表情を照らし出していた。
「あいつは自ら人を手にかけない。その時その時の協力者の補助、それがあいつらのやり方だ。昔からな」
「昔から……?」
「そう、かつて世界を震撼させたネレ一族のな」
マルクスはコートのポケットから一本の葉巻を取り出すと掌に浮かべた小さな炎に先端を近づけ静かに着火した。




