2話 朝食と団欒
サンドラの後を追い、ガクは階段を上って行く。
さっきから度々出てくる知らない用語がガクの頭を悩ませていた。
──もしかしてこれは……異世界召喚的な……?
そんなことを考えているとサンドラが古い木製の開き戸を引く音と共に食欲をそそるステーキのような香りがふわっとガクの鼻を覆った。
「どうぞ、入ってちょうだい」
サンドラが開かれた頑強そうな扉の前で立ち止まって言った。
ゆっくりと中を覗くとそこには大きなダイニングテーブルにサレーネの他に4人の姿が見える。
そして、おそらくサンドラとガクのものだと思われる食事が2食並んでいた。
「早く入りなさいって」
「うぉっ……!」
入り口で立ち止まっていたガクの背中を扉を閉めながらサンドラが押す。ガクは思わず体勢を崩して前方へ転がる。
「わぁー転びましたよ!かわいいですねー!」
甲高い声のする方にはピンク色の髪をしたツインテールの小柄な少女がこちらを見て笑っていた。可愛らしい見た目をしているが残念ながらガクの好みではない。
───たしかダイヤはこういう子好きだったよな……
ふと、ガクはあることを思い出した。
「もう一人居なかったか?……俺と一緒に……」
そう。目を覚ましてから一緒にいたはずのダイヤは姿どころか話にも出てこない。
「あたしが見たときはあなたしか居なかったわ。」
自分の席につき朝食を食べ始めていたサンドラは、パンにバターのようなものを塗りながら答える。
──ってことは、ここに飛ばされたのは俺だけ……?
「早く食べなきゃ冷めちまうぞ」
顎に手を当てて考え込むガクに一言そう言うと、大柄な猪がステーキにかぶりついた。
うまそうな顔をしてステーキをほおばる猪を見て思わずグゥーっと腹がなる。
「色々な話はまず食べてからにしましょうね」
サレーネがクスッと笑いながら言った。
その瞬間、ガクはまたしても全身が燃えるように熱くなるのを感じた。珍しく気が高ぶりその様子はどうにも恥ずかしい。それを周りに気づかれまいと急いで席につくと、ものすごい勢いで食べ物を口に詰め込んだ。
「うわっ……すごい食べっぷりだ。相当お腹すいてたんだね」
ピンク髪の少女が驚きを隠せない様子で見つめる。
そんな中感情を圧し殺し、無心で食べ続けるガク。
───やっぱりここに来てからおかしいな……、まずここからどうにかして元の世界に戻らなければ……。
今まで感じたことのない感覚に困惑しつつ今の状況を整理する。が、全てが理解不能なこの状況に解決策など思い付くはずもない。
「みんな食べ終わったみたいだし本題に入りましょうか……、まずあなたのことからね。あなたはいったい何者なの?」
突然聞こえたサレーネの声にガクは朝食を食べ終えていたことに気づく。
「俺は……学校からダイヤと帰ってる途中に突然出てきた手に足を引っ張られて……、その後のことは覚えてない」
ガクは、うっすらと残る記憶を無理やり絞り出す。ここで違う世界から来たと言っても誰も信じないだろう。そもそもガク自身も信じられないのだから。
「召喚されたってことか。その手って言うのが引っ掛かるよなぁ……」
先程の猪が口を開く。予想以上に早い段階でガクの考える答えにたどり着いて驚く。
──召喚?だとしたらなんで俺が?
ガクの頭に新しい疑問が湧き出る。
「ザック、どこ行くの?」
ずっと鋭い目でこちらを睨んでいた青髪の男が椅子を雑然に引いて立ち上がった。全身は黒を基調とした騎士らしい服、左手には大剣を持っている。
「俺はこんな素性の知れないやつの話は信じない」
不思議そうな顔で見上げるツインテールの少女を冷めた目付きで見る。この世界に来てまだ数人しか見ていないガクにも他とは圧倒的に異なる強そうなオーラを感じた。
「自己紹介くらいして行ってよ」
サレーネが呼び止めるとドアへと向かっていた足を止め、こちらを振り替える。
「旧ヴァルポール王国軍隊長、ザック・シュットマン」
こちらに背を向けたままそう言うと青髪の男は部屋を出ていった。