26話 再来
物音ひとつしない静まり返った地下牢。サンドラ曰く、この城において一番安全な場所らしい。
「誰も来てないな」
「はい、今のところ森にいる精霊からの連絡はありません」
ガクにとって、この何も待たずに何かを待っているような時間はとてつもなく長く感じる。ただ、緊張のせいで心臓だけが騒がしい。
「誰もいないか?」
「いません……あ、尖ったハットを被った子供が一人村の近くを歩き回ってますよ」
「そんな情報要らねぇよ。そもそもこんな時間に何してんだ?村はまだ誰も住んでねぇ筈だろ」
ガクにとって知らない子供が何をしていようがどうでもいい。しかし、今はこんな状況であるため多少気にはなる。
「迷子かもしれないです。保護した方が良いですよね?あそこも安全とは言えませんし……。ちょっと行ってきます」
「おい待て……!俺が行く。お前はここに残ってろ」
「何でですか?」
「無駄な戦力は割きたくない、俺が残るより安全だろ」
今ここにいる人物で最も戦力にならないのはどう考えてもガクだ。ガクがそんな雑務を請け負うことは当前である。
「それじゃあお願いします。村はここから北東へ真っ直ぐ山道進んだ先です。一度一緒に行ったことはあるので大丈夫だと思うのですが」
「わかった、そいつ連れてすぐ戻って来る」
「あ、念のためこれも……。レナも森の精霊達に力を借りて見てるので何かあれば駆けつけますが」
レナはポケットから赤く光る宝石のようなものを取り出し、ガクの手に握らせた。
「サラマンダー。火属性の精霊です。ピンチになったら彼を呼んでください。凄く強くは有りませんが居ないよりはいくらかマシだと思います」
「わかった、ありがとな」
「くれぐれも無茶だけはしないようにね」
付け足すようにサンドラが言う。それにも頷いて返すと、ガクは地下牢を出た。
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走る。同じ景色が続く山道を。
暗がりでのこの風景はガクの嫌な記憶を思い出させる。
──こんな暗がりでガキなんて見つけられるか……?
自分の5メートル先すらはっきりしない暗がりで、今も歩き回っているであろう子供一人を見つけ出すのは至難の技だ。
「おい!誰かいるか?この辺危ねぇから居るならすぐ出てきてくれ!」
大声で叫ぶも、予想通り返事など返ってこない。鬱蒼と生い茂る木々達のごうごうと風に揺れる音だけが響く。
──こんなんじゃ埒が開かねぇな……
他の方法を考えるも、何も思い付かない。ひたすら大声で叫びながら村へ続く山道を駆け抜ける。
「どうしたの?そんなに騒いで。この先の村なら誰も居なかったよ」
「あ……お前か、村の周りにいたガキってのは。何してんだよこんなところで、迷子か?」
スッと暗がりから現れたのは、白いロングコートに顔まで隠れるほどの大きな白いハット。間違いなくレナの言っていた子供だろう。
「うーん……迷子っていえば迷子かなー?」
そこらで拾ったような木の枝でぐりぐりと地面を削りながら答える。
「危ねぇからこんなとこにいちゃダメだろ?ほら、行くぞ」
「私ね、人を探してるの。その人見つけないと帰れないんだよ」
「そんなの全部終わってから手伝ってやるから、な?」
予想以上に面倒な展開。子供の扱いに慣れていないガクはどうすることが適切かわからず、ただただ説得し続ける。
「こんな暗い時間じゃ見つかる物も見つけらんねぇよ。この先に俺が住まわせてもらってる城があるから」
「お城?私の探してる人そこに居るかもしれない!」
少女は、ガクを見上げるように顔をあげると、深く被ったハットの隙間から大きな瞳を覗かせる。
「そうか?あそこには女王と少数の兵士たちしかいないけど」
「うん!私その女王様を殺さなきゃならないから!」
「え……?今なんて言った……?」
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ここは時を少し遡った、メイズ城地下牢獄。
「このまま進めば無事あの子に会えそうですよ。周囲に怪しい気配もないようです」
「このまま無事帰ってこられればいいけど」
サレーネは眉尻を下げ、相変わらず不安そうな表情を浮かべる。
「ザック達の方は大丈夫かしらね。何も連絡がないけれど」
ザックの飛行能力ではもう着いている頃だ。先に大軍を相手にしていたガイル達も無傷だとは思えない。
「どうだろうな。かなり強い人ばかりだったし」
突然奥の檻のから男の声が響いた。
「わっ!誰かいるんですか!?」
「そういえば一人居たわね。なんであなたがそんな事知ってるのかしら?」
事情を知らないサレーネとレナはサンドラの方を見る。
「この男は自称ガクの知り合い。詳しいことは分からないからここに入れて置いたのよ」
「まったくひどい話だよ。ガクだって、久しぶりの再会を喜んだと思ったら突然怒り出すし……」
手足を拘束されたまま、はぁと顔をを俯ける。
「なんだ、本当にガク君の知り合いだったのね。サンドラ、もう拘束解いてあげたら?」
「待ってください!でもさっきこの人不審な発言しましたよ。まるでヨルム帝国の人間であるような。ガク君が怒ったのもそのせいじゃ無いんですか?」
「そう言われてみればそうだな、ヨルム帝国に居たって言ったら突然血相変えて……」
レナ達の表情が固まる。ダイヤもその空気を察し話を途中でやめる。
「マジで俺は何も知らないんだって……。現にこうして大人しく無抵抗で捕まってんだろ?」
ガチャガチャと鎖を揺らし、反乱の意思がないことを必死に訴えるダイヤ。しかし、周りの視線は依然として冷たい。
「あなたが戦わなくてもテレパシーで居場所を教えたりは出来るわよね、内部情報を流したり……」
「じゃあ俺がヨルム帝国の内部情報とか言ったら許してくれんのか?」
「物によります。例えば今回の作戦とか、強い人の能力とか……」
未だに警戒しているレナは、バッグからガクに渡した宝石のようなものを取り出して戦闘の準備を整える。
「待ってくれ、作戦は知らないから教えることなんて出来ない。でも、一緒にここに来た強い人の能力なら話せる」
「いいんじゃないかしら。殺すのは話を聞いてからでも出来る」
サンドラの一言で、レナは取り出していたものをバッグの中へしまった。




