24話 激動
頬にヒヤリとした物を感じて目が覚める。眼前は薄暗く、ドアの隙間から差し込む明かりのおかげでギリギリものの形が見える程度。
「ここは……いや、俺は何で……」
手を顔の横に運び、頬に触れている冷たいものの正体を確認する。
誰かの手だ。男らしいゴツゴツした手ではなく、力を入れれば簡単に折れてしまいそうな程に華奢な手。
「あ、おはようガク君」
「え……?サ、サレーネ?なんでここに?てか、ここは……」
「ガク君の部屋よ。私はその場に居なかったから分からないけど、かなり興奮してたからこの子達に力を借りて少し眠らせたってレナが言ってた」
サレーネの隣には三角帽子を被った髭を生やした小人のようなものと羽根の生えた俗に言うフェアリーらしき生き物がこちらを見下ろして立っている。
「今何時だ?あれは確か午前中の出来事だろ」
「夕食もとっくに食べ終わったわ。それより体、大丈夫なの?」
「痛みとかは何もねえよ。回復力だけが取り柄だからな。確かにあそこで強引にでも抑えて貰って助かった」
数時間前の事を思いだし少し反省。あのまま感情に任せて動いていたら今頃はどうなっていたか分からない。
「あの……、これって……?」
「あ、悪い……」
無意識にずっと握っていた手を慌てて離す。頬に触れていた手が彼女の手だったと分かると、途端に羞恥がガクを襲う。
「……別に嫌ってことでは無いんだけど……。ガク君がこうしてたいって言うなら……」
「そ、そうゆうのじゃ無えよ……!」
変な意味に捉えられそうになりガクは必死に誤魔化す。この世界に来てから幾度となく経験したこの空気。
──マジで勘弁してくれ!
「そ、そういえばお前は何でここにいるんだよ」
「様子を見に来たらそのままここで寝ちゃってて」
恥ずかしそうにはにかんで見せる。その表情にぽかんと口を開けたまま固まるガク。
部屋が暗さで自分の顔がはっきり見えないことはガクにとっては好都合だ。こんなアホ面を人に見せられる筈がない。
「私もう行くね、レナ達に見つかったらまたからかわれちゃうし」
「お、おう」
ガクが府抜けた顔のまま返事をすると、煌々と光の差す方へサレーネは姿を消した。
「身分差恋愛、美しいわね」
「うおっ!」
誰もいなくなり、もう一眠りしようとするガクの右側からオネエ口調の低い声。そんなやつは一人しかいない。
「お前いつから……うっ!」
突然付いた電気が暗がりになれたガクの目を刺激。明るさに慣れ、ゆっくりと目を開けるとそこにはサンドラだけじゃなく、ザックまで立っていた。
「お前らここで何してんだよ!」
「二人のそういう関係を覗くつもりは無かった。だが、お前と話をしようとして来たらそんな空気で抜けづらくなって……」
「終わるのを待ってたのよ。あなたも随分幸せそうだったから」
はぁと深くため息をつくガク。恥ずかしさと謎の苛立ちがガクの心中を埋め尽くす。
「それで?なんだよ用件は」
「大きく分けて二つある。一つ目はこちらの察しにシャーロットが気づいたらしくマルクスと共に姿を消した」
「え……?今すぐ探さねえと」
「既にガイルとローガンが向かってる」
なぜ気づかれたのか全く検討もつかない。理由はどうであれ、事態の進行が余りにも早すぎる。こちら側の準備は何もできていない。
「それで、もう一つはあなたに会いたいとここへ訪ねてきた小太りの男。安全である補償が取れなかったから今はとりあえず地下牢に入れておいたわ」
「俺に?人違いじゃねえのか?」
ガクがこの世界で会ったのはこの城にいる人達だけ。この他に知り合いなど考えられない。
「知らないわ。今はまず二人の連絡を待ちながら戦闘体制を整えることが最優先。それだけよ」
先程とは一変。キッと表情を引き締めるサンドラ。
──こんな危機的状況の中俺の部屋でよくあんなこと出来たな!
サンドラの言行不一致な有り様ガクは戸惑いを覚える。今の状況がどの程度悪いのかガクには全く掴めない。
「あの音声を聞いたところ、今日明日の襲撃はないと考えられる。だが、シャーロットはもう10年近くここにいる……」
「その大事な情報屋が居なくなった以上、あのヨルムがここで引き下がるとは到底思えないわね」
事態の大きさの割りに、二人が落ち着いている理由がなんとなく理解できた。
前回は不意打ちの挙げ句ザック不在という最悪な条件下であったが、今回は違う。
「来ると分かっていればこちらにも打つ手はある。それに、ガイル達がシャーロットを連れてくるのも時間の問題よ」
「それに……」
ザックが何かを言いかけてやめる。
「……ん?なんだよ」
「その、前回はお前が少し前から夢がどうとか予言じみたこと言って……、結局全て当たってた。だからその力が本物なら今回も何か有るんじゃないかと……」
言われてみればその通りだ。襲撃のされ方も人物も全て偶然とは思えないような当たり方をしていた。しかし、
「あれは結局何か分かってねぇんだよ。その後は何も正夢になったりしてねぇからな。本当に俺の力なのかも正直……」
「外部からテレパシーに近い形でそれっぽいことが出来るって話ならあたしも聞いたことあるけれど、自分自身でって言うのは……」
サンドラも首を捻る。やり方や条件も分からないようでは、その力を期待出来やしない。
「外部からなら出来るのか。でも、今回はそんな事する必要が無いよな。わざわざ来たばっかの奴に伝えさせるくらいなら自分の口から伝えるだろ」
「そうね、そちらの方はあまり期待出来そうにないわね」
理屈が分からない以上、変な期待は持てない。となると、この件に関してガクはあまり必要無さそうだ。
「俺は何も出来そうにないな……」
「ああ。お前は牢に捕らえてあるあの男とゆっくり話でもしていれば良い」
「要は邪魔するなってことか」
「そうしてくれるとありがたい」
「我ながらひでー扱いだな!」
ザックから不要扱いどころか邪魔者認定され、少し凹む。だが、毎日の稽古を見ているザックに言われるのも無理はない。
「じゃあ、何かあったら言ってくれ。力になれるか分かんねぇけど」
「そうだな、お前を呼ばなければならない程の緊急事態ならとっくに国は終わってるだろうが」
「やっぱり一言余計なんだよ!」
一見微笑んで見えたザックだったが、目は完全に輝きを失っていた。




