22話 表裏
──何とかするとは言ったけど……
天井を見上げ、考える。昨夜咄嗟に口走ったものの明確な策は全くない。
彼女の依頼は、おそらく一年前の事件の真相を暴くこと。なかなか難しい依頼だ。
ジャックという男に会ったこともなく、その場にも居なかったガクは何処から始めれば良いかすらもわからない。
──取り敢えず俺だけじゃどうにもならねぇな
城の全員に相談となると、まだ内通者問題が解決していない以上、危険である。
「まずは確実に信頼できそうなやつから当たって見るか」
ガクはベッドから跳ね起き、内通者である可能性の一番薄いであろう人物の下へ踏み出した。
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「ん?どうしたガク、なんか用か?」
そう言って眠そうな目を擦りながら巨大な扉から現れたのは見覚えのないスラッと背の高い美形の男。
「え……、あっ俺部屋間違えたかもしんねぇ。なんか、起こしちゃったみたいで悪かった」
──そもそもこいつ誰だ?こんなやつ見たことがない
突然目の前に現れた見たことのない男。まだこの城に知らない人物が居たことにガクは驚きを隠せない。
「そうか、誰か探してんのか?」
「ローガンに話聞きたくて」
「俺は目の前にいるだろ」
「え……」
意味不明な事を言う謎の男。どっからどう見てもあの毛むくじゃらの猪には見えない。
「そういや、お前とは獣化した姿でしか会ったことなかったな、まあ中入れよ」
「お、おう」
そう言われてみれば声はローガンのままだ。しかし、それはそれで違和感を感じる。
誘導されるまま、きれいに整頓された部屋のソファーに腰を掛けた。
「亜人族は基本兄貴みたいにずっと人型でいるんだが俺は獣化していたほうが落ち着くんだよ、ほいっ」
ローガンは丁寧にコーヒーを入れるとガクの目の前のローテーブルの上に置いた。
──このルックスで気遣いできるとか、学校にいたらすげぇだろうな……
心の中で形容し難い嫉妬心のようなものが沸き上がってくる。
今回ガクが真っ先にローガンを訪ねたのには大きな理由がある。半月前の戦いにおいて深手を負ったのはこの男ただ一人。単純ではあるが確実性は十分にある。
ローガンも自分の分のコーヒーを運んでくると、テーブルを挟んだ目の前のソファーに腰を下ろした。
「それで話は?俺の中では既に二種類の候補が上がってるが」
「多分そのどっちも当たってるよ。まぁ今日はそのうちの一つを聞きに来たんだけどな」
白く湯気のたつホットコーヒーを一口すすり、続ける。
「一年前の抗争でジャックが裏切ったのは本当か?」
「本当だよ。実際に俺の友人も殺された」
「なんでそんな裏切りを……」
「何も分かってないってのが事実だが、ザックさんや兄貴はヨルムが絡んでいるって睨んでる」
確実に黒幕は存在する。ガクも微かに予想はしていたがザックとガイルが言うのであればまず間違いないだろう。
不可解な歴史においても定石なのだ。
「そうは言っても実際説得した程度で簡単に裏切るような奴なのか?」
「勿論信じてねえよ。……これは噂程度の話なんだが、ヨルム帝国にはかなり手練れの呪術師がいて、その呪術師にかかれば呪いの力で簡単に人の脳まで奪うことが出来るとも……」
「そいつに脳を奪われて暴走した可能性があるってことか……」
恐ろしい力だ。そんなやつが相手となればいくら武力において最強と言われても勝ち目はない。
「だが、それはあまり考えられない。いくら手練れの術師でも所詮は呪い。防御の術はある。ジャック様がそれを怠るとはとても思えない」
──防ぎ用のあるものを防がなかった理由……
ガクは頭をフル回転させて懸命に考える。自分の頭に眠る深堀した歴史の知識だけを頼りに。
「……脅されていた、とか?……交換条件を提示されて」
「例えそうだとしてもその選択はどう考えても間違っている!今まであの人が間違った事はなかった……」
ローガンは声を荒げる。余程、慕っていた主の裏切りを受け入れられないのだろう。
「とにかく、これは推測に過ぎないし。仮にこの説が当たっていたとしてもその呪術師を見つけ出せない限りどうしようもねえだろ」
「そうだ。それがザックさん達の動き出せない一番の理由なんだよ。実際ジャック様の時も事件が起こるまでは誰も分からなかったからな」
確実に存在するが能力どころか顔すらわからない敵。そんな人物が相手となれば誰だって慎重になるだろう。
ザックの言う”今を守る”という考えも頷ける。だが、
「せめて数人くらいに絞れたらな……」
「それは難しいな。分かることと言えばジャックさんとそいつが何らかの形で接触したってことだけ……」
今犯人探しをするにはあまりにも被疑者が多すぎる。ジャックと接触した人間から一人を見つけるとなるとジャックの数十年間を調べなければならないのだ。
「……かなり厳しいな、さすがに予測だけでそこまで動けねえ」
「だよな。でも、俺たちの中にもそいつと接触したやつがいないとは言い切れない。俺はともかく、ザックさんが暴走したら誰も止められない。あの時と同じことが起こる」
下手に動けばいつ仕掛けてくるかわからない。かと言って動かなければ何もしてこないとは言い切れない。
二人きりの空間に長い沈黙が流れる。
「……今出来ることは一年前の真相と例の呪術師について出来る限り調べるってことくらいか」
ローガンが結論をまとめる。ガクの頭にもそれくらいしか思い付かなかった。
「そうだな、俺も俺なりに情報集めてみるよ、怪しまれない程度に」
ローガンの強ばっていた表情が一瞬緩んだように見える。
──サレーネもローガンも、みんなそれぞれ責任感じてんだな……
進展があったかと言われるとそんなことはない。だが、確実に何かは変えられる。ガクにはそんな気がした。
すっかり冷めてしまったコーヒーをグッと飲み干すとソファーから立ち上がる。
「ガク、最後に一つ聞きたい事があるんだが」
「ん?……なんだ?」
「お前、なんでそこまで本気になれるんだ?」
「それは……」
突如投げ掛けられたよく分からない質問にスッと答えが出てこない。ハッキリとした答えが纏まらずその場で立ち尽くす。
「すまん、愚問だったな」
「あっ、いや……」
なぜ最後の何気ない質問にスッと答えが出なかったのか自分でも分からない。
なんとなく心に引っ掛かりを残したままガクはその場を立ち去った。




