1話 牢獄
「どういうことだよ!」
立ち上がり鉄格子へ向かおうとしたところで、自分の足が壁から生える強堅な鎖で繋がれていることに気づく。
「あたしは知らないって言ったじゃない。もうすぐサレーネ様が来るからおとなしくしててちょうだい」
牢の中で騒ぐガクには目もくれず分厚い本を読みながら一本調子に返す。そのオネエ口調が尚更ガクの気分を害す。
「到着したみたいよ」
右の方からギシッと木が軋むような音がした後、岩壁に映るオレンジ色の灯りがゆらゆらと近づいてくるのが見える。ガクをここへ入れろと指示した張本人がお出ましとなればこちらも黙ってる訳にはいかない。
「おい!どうゆうことか早く説明しろよ!」
鎖の金属音をガチャガチャと鳴らしながら激しく怒声を飛ばすガク。
「遅かったわね。ギャーギャー騒いで大変だったのよ」
「ごめんなさい、サンドラ。少し買い出しが長引いちゃって」
風鈴のような透き通った声と共に岩壁の影から現れたのはガクの想像とは大逸れた美少女だった。
松明の光をキラキラと反射する腰の位置まで伸びた金髪。透き通るような白い肌。淡いコバルトブルーの瞳。
その姿を見た直後、ガクは自分の体が急速に熱くなり胸をぎゅっと締め付けられるような違和感を感じた。
今までにない感覚に戸惑い、ガクはしばらく固まって動けなかった。
「あらやだ、見てよサレーネ様。あの男あたしを狙ってるわ」
「違うわ!お前自意識過剰すぎるだろ!」
サンドラのあまりにも検討違いな発言に一瞬で平常心を取り戻し、鋭い突っ込みを入れる。
あら違うの?、とでも言いたそうなとぼけた顔でこちらを見るオカマ。ガクは、ハァと溜め息をつくと
「で、なんで俺はこんなところに入れられてんの?サレーネさん。ここがどこかすらもまだ理解できてねぇんだけど!
」
ガクは二人の会話を静かに見ていた少女に本題を切り出す。
突然話を振られたサレーネは顎に手を当てて少し考えてから、
「サンドラから庭に忍び込んでいた見るからに怪しい謎まみれの変質者がいるって連絡があったから」
「おめぇのせいじゃねぇか!」
捕らえられていた理由がサンドラの悪ふざけだったと知って落胆する。サンドラはまたとぼけた顔で目を逸らす。
「これだけ強大なマナを宿して怪しまれないはずないわよ」
「マナ?なんの話だ?そもそもなんだよ、ヴァルル王国って」
またしてもガクの知らない用語が飛び出す。
「この国での魔力の総称よ、子供でも知ってるわ。それにヴァルポール王国ね」
意味不明だ。この場においてガクには知らないことが多すぎる。
──体の中に魔力?そんな話現実であるわけねぇだろ
そう思いながらもガクは手のひらを凝視する。
「あるわよ」
「さっきからなんだよお前、気持ち悪ぃわ。俺まだなんも言ってないじゃん」
すかさず返ってくる返事にガクは思わず後ずさる。全てを見透かされる気分は想像以上に気持ち悪い。
それに気づいたサンドラは手にしていた本を置くと、椅子から立ち上がりガクの方へゆっくりと近づく。
「これは私の風魔法の一つ、透視能力みたいなものよ。マナもたいして消費しないから人の心くらいなら簡単に覗けるわ」
ニヤリと大きな口を開いて不気味な笑みを見せるサンドラ。鉄格子の隙間から見下ろす長身のオカマに肌が粟立つ。
「あんまり脅かさないであげて。蛇ににらまれた蛙みたいになってるじゃない」
「その表現はちょっと嫌だな」
後半の部分が少し引っ掛かるガク。そんなガクを見てサレーネは不思議そうに首を傾げる。
不気味な笑みを浮かべたままサンドラは鉄格子から静かに手を離した。
「出してあげて、嘘は言ってないみたいだし。もう朝食もできてる頃だわ」
そうサンドラに言うとサレーネはもと来た方向へ歩いていった。サンドラは指示通りポケットから鍵を出し鉄格子をゆっくりと開けた後、ガクの足に繋がれた鎖を外した。
「改めてようこそ。ヴァルポール王国王都メイズ城へ」
そう言いながらサンドラはまた不気味に微笑んだ。