13話 事後報告
温かな日差しに瞼を包み込まれるような感覚。瞼を開くと眼前は一面真っ白。そう。ここはガクの部屋だった。
──サレーネを逃がして……そのあとは、ザックが……
昨日の光景が脳裏に蘇り、ブルッと震える。本来であれば自分を死の目前まで追い詰めたマルクスに恐怖するのが普通だが、そのマルクスをも虫けらのように扱うザックの姿がトラウマになっていたのだ。
「随分長いこと眠っていたな」
「うわっ…お前……」
ベッドの横には椅子に腰を掛けながらスラリと長い脚を組むザックの姿があった。思わず声を上げて跳ね起きる。
「おいおい、ここで殺すとかマジでごめんだぞ……」
「まさか、お前には感謝している。サレーネ様のこと守ってくれてありがとう。随分立派な肉壁となったようだな」
とりあえず、この前のような殺意がガクに向いていないことに安堵。そして、マルクスと対峙したときの情景を思い出す。
「なんだ、気にすんなよ。別にお前のために守ったわけでもない。実際お前が来なかったらみんな死んでたしな。てか、一言余計だよ!」
フッとザックの表情が緩む。恐らく今までにもこのような事態を幾度となく乗り越えてきたのだろう。その度に主を守るという使命の下、全責任を背負い最前線で戦ってきたに違いない。
ガクの目にはその表情が物淋しく写った。
「そろそろ行くか、お前にとっては2日ぶりの朝食になるな」
「えっ……?俺そんな眠ってたのか」
そうと分かると突然空腹が押し寄せてくる。部屋を出ていくザックを急いで追いかける。
もしもあのときサレーネを置いて逃げていたらザックとはこんな風に話せなかっただろう。咄嗟の判断でしかなかったがガクにとってはあの決断がとても大きなものだったように感じた。
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「良かったですー!突然倒れるし、傷塞がらないし本当に死んじゃうかと思いましたよ!」
レナが涙目でガクに駆け寄る。正直、部外者である自分がここまで心配されていたとは思ってもいなかった。
「本当に大丈夫なの?……私を庇って凄い攻撃受け続けてたから……」
「あぁ、傷はもう治ったから大丈夫だ。それよりあの後どうなったんだ?」
ガクはあの場で気を失ってから何が起こったのか知らない。マルクスやあの赤髪の男はどうなったのか。
「マルクスはお前が最初に入れられた地下牢、そのもう一人は俺が到着したとき既に姿はなかった」
「逃げられたわ、交戦中に。他の兵士は元はと言えばこの国の兵士だからいまはうちの兵士と一緒よ」
マルクスを無事拘束できていたことにホッと一息。だが、夢にも出てきていないあの赤髪の男がどうにも気がかりだ。
「あの男って…」
「ドム・フィッシャー。ヨルム帝国軍No.2の実力者じゃ」
「……」
尋ねようとした質問の答えが思いもよらない方向から発信される。右隣にずっと黙って座っていたシャーロットだ。その内容よりも突然口を開いたシャーロットへの驚きのほうが大きい。
「……なんでそいつの事知ってんだ?」
「彼は昔ヨルムの軍隊にいたのよ」
ガクの質問には一切答えようとしないシャーロットに変わってサンドラが返答。
「ってかお前、No.2相手によくそんな無傷ですんだな!」
「あたしも意外と戦闘スキル高いのよ」
それもそうだろう。王の側近でボディガードしているやつが弱いはずもない。一人で納得する。
「それにしてもお前回復力すげーな。普通なら死んでたぞ」
「あぁ……。俺にはあれくらいしか出来なかったからな」
「敵に背を向けて丸まるなんて随分おかしな戦いだな」
「うるせぇ!お前が遅ーからだろ!」
ローガンに誉められた直後、ザックにバカにされ反論。だが、その光景は前の険悪な空気ではなく、どこか暖かささえ感じた。このような団欒が続けばいいとガクは思った。
「おい、俺もずっと忙しいわけではない。だから、暇な時だったらいい」
「……なんの話だ?」
曖昧な表現で誤魔化すザックの言うことが理解できない。
「この前言ってただろ!それに、足手まといになられても迷惑だ」
「ああ!稽古のことか。お前もやってくれんのか」
「気が向いたときだけだ」
予想以上にガクが喜んだせいか、ザックは都合が悪そうに目を背ける。サレーネとレナも嬉しそうにガクへ笑顔を向けた。
部屋に戻った。この部屋も随分慣れてようやく自分の部屋のように思えてきた頃。
──あの場では言わなかったけど、まだ片付いた訳ではないんだよな……
ベッドに仰向けになって頭を整理する。ここ最近、マイブームになりつつある。
「入っていい?」
「…お、おう」
コンコンとドアをノックする音がして扉の外からサレーネ声。
散らばった服を急いでクローゼットに押し込み、リュックをベッドの下に放り投げながら返事。
「どうしたの?そんなにガチガチになって……あっ」
無意識にベッド上で正座をするガクを見て不思議そうな目を向けた直後、何かを思い出す。ガクもこの前のことを思い出し赤面。
「あっ……この前のはあいつらが勝手にそう解釈しただけだからほんと何もないから……」
──ああ、今すぐ死にてぇ……
早口で言葉を連ねるガクの額に嫌な汗が光る。変なイメージを持たれているようでかなりやり辛い。
「そうよね、レナ達の勘違いよね……。でも、この前はありがとう……。ただそれを言っておきたかっただけ……」
「おっ、おう……。まぁ義務みたいなもんだし」
自分で自分の顔が赤くなっているのが分かる。本当は今すぐ話を終わりにしたい。だが、
「お前に一つ聞いておきたいことがある」




