10話 意地
「ぐおっ……!」
ローガンの華麗なアッパーカットがガクの顎を突き上げる。まるで自分が紙切れにでもなったかのように感じるほど体が宙を舞う。こんな戦いをもう1時間は、続けている。
「なんだよ、デカい割りに骨がねぇな」
「……っせぇ」
──こんなん食らって立ってられるかよ!なんだこの威力!?魔法が使えてなかったらとっくに死んでるぞ……
青くなった顎がスッと元の色に戻っていく。だが、その瞬間の痛みは実際に受けた場合と同じだ。そのため殴られる恐怖だけが蓄積されていく。
怪我はないがガクの血だけが草に飛び散っている異様な光景が広がる。
「これで一発決めたら今日は終わりにしよう」
ローガンはポケットから短い金属の棒をうずくまるガクの目の前に投げた。手に取り横のボタンを押すと80センチほどまで伸びる。
「それならさっきよりは戦いやすいだろ」
「こんなもん要らねぇよ……素手でぶん殴ってやるから気絶ねぇように気を付けろよ」
ハンデをくれるように武器を渡してきたローガンにプロボクサーを目指していたヤンチャな少年時代の血が騒ぐ。ガクは立ち上がると右手を前に出してひょいひょいと煽る。
「いい度胸だ。行くぞ!」
声と同時に地面を蹴りガクに飛びかかる。
──左、右、左と三連続の直突きからの右フック。その反動ですかさず左の回し蹴り。さっきと同じだ。だが、
「うっ……」
みぞおちに左の正拳が突き刺さる。そのまま3メートルほど先まで吹き飛ばされ落下。
──手順が分かってても避けられる訳ではねぇよな……
「威勢ばっかだったな。まぁ初日にしてはよく頑張ったと思うぞ。今日はもう終わりだ」
投げ捨てた羽織を拾い上げその場を立ち去ろうとするローガン。その時、棒状の金属がローガンの肩に飛んできた。
「いってぇ……、なんだよ?」
「俺が一発入れるまでだろ?」
ローガンの振り返った先にはパンパンと土や草を払いながら立ち上がるガクの姿。
「これで最後だ」
「わかってるよ。そのデケェ背中地面に落としてやる」
お互いの顔に不敵な笑みが浮かぶ。手に持った羽織を投げると同時に再びローガンが仕掛ける。
二段蹴りからの直突きの二連打。左フックからの裏拳。
──さっきと全く戦法変えてきやがった。
必死に避けるも最後の裏拳を交わしきれずこめかみに直撃。一瞬意識が飛びかける。ローガンもその隙を見逃さず飛び膝蹴りを繰り出す。
「そんなもんか?」
ギリギリのところで腕をクロスしてガードするガク。
──絶対に隙ができるはずだ
再びローガンの猛攻。ものすごい速度で繰り出されるパンチ。目で追って避けることで手いっぱいだ。
──そうか……。わざと一発受ければ攻撃が止まって隙ができる
かなりリスクは大きい。そもそもあの攻撃を受けて立ち続けるだけでなくさらに反撃をすると言うのだから。だが、
──やるしかねぇか!
右左へと避けていた動きを止める。直後、予想通りローガンの放った右ストレートがガクの鼻へ直撃。そのまま地面へ倒れる。
「今日は何度やっても一緒だ。根本的な技術で負けてん…」
「隙あり!」
突如、ガクの声と共に下方からローガンの顎を何かが突き上げる。目の前で倒れていた筈のガクがネックスプリングをするように蹴りあげていたのだ。
「気を抜くのが早いぜ!よし、これで終わりだな」
ガクは足を下ろすと汚れを払いながらゆっくりと立ち上がる。
「……ってぇな。話してるときに蹴ってくんなよ、本当に負けず嫌いだなぁ」
──は?あれ食らって無傷?こいつマジの化け物かよ!?
笑いながら顎をさするローガンに驚きすぎて言葉も出ない。あんなに至近距離で確実に顎を打ち抜いたガクの会心の一撃でも痣一つつけれていないことに格の違いを見せつけられた気分だ。
「さぁもういい時間だ。城に帰るぞ」
「お前マジの化け物なの?ちょっとメンタル持たなそうだわ」
羽織を着て淡々と帰り仕度を済ませるローガンを見て更に落ち込む。ローガンはガクの言っている意味が理解できず首をかしげる。
「意味の分からんこと言ってないで早く行くぞ」
呆れた様子でガクに背を向け歩き始める。
深くため息をついて一区切りつけガクも急いでローガンのあとを追った。
「もう、遅かったじゃない!いつもの夕食の時間から30分も遅れてる!何してたの!?」
顔を真っ赤にして怒りを表にするサレーネ。その横でサンドラもウンウンと頷く。
「俺は早く帰ろうとしたんだがあの新入りがしつこくて」
「おい、今軽く俺を売ったよな?」
ローガンは咄嗟に遅刻の原因を全てガクに押し付ける。ほとんど当たってはいるが全て押し付けられたことに反発するガク。
「遅れたことには変わらないわよね、サレーネ様」
「ええ、二人共今度から気を付けなさい」
サンドラの助言によって二人の小競り合いは収まり、結果的に二人とも怒られて終わった。
「おそーい!何してたんですか?もう待ちくたびれましたよ」
食堂に入るとすぐ少女の説教が始まった。サレーネに引き続き2回目となるとさすがに面倒だ。
「悪かったよ……。あれ?ザックはいねーのか?」
適当な謝罪と同時に食堂をグルリと見渡すとレナの向かいに座っているはずのザックの姿は見えず、食事も用意されていなかった。
「ザックならお昼くらいに突然ガイルのところに行くって言って出ていきましたけど」
レナの話からその状況を理解するとガクはすべてを思い出し頭から消え去っていた恐怖に襲われた。
──このタイミング……もしあれが正夢だったとしたら……
「ここが危ない……」
ガクは震える手を握りしめながら小さく呟いた。




