プロローグ
「えっ!?大学行かないの?」
学校からの帰り道、そう口にしたのは幼馴染みのダイヤだった。
俺、矢島岳はあと1年で高校生も終わる。そんな中でガクとダイヤは同じ大学に進もうとしていたが、ガクは経済的な事情により進学を親に認められず断念することになっていた。
「俺の家はお前と違って金持ちじゃねーからな」
皮肉混じりに返す。だが、ダイヤの家が金持ちだということはここらでは知らない人がいないほどだ。父親は多くの私立大学を抱える白鳥グループの社長。だからこんな風に全くレベルの足りていないダイヤが呑気なことを言っていられるのだ。
「そっかそれは残念だな……。お前大学で歴史勉強したいって言ってたのにな」
勉強もスポーツもさほど得意ではないガクが非凡な点としてあげられるとすると歴史ヲタクとしての知識と意味なく鍛え続けてきた筋肉くらいだろう。
「そうか?家も近いし何も変わんねぇだろ?勉強したいなんて言ってねーし」
ガクはさほど気にしていなかったのだがダイヤ少し寂しそうな様子を見せる。
「まぁ、初めて別々になるけどお互い頑張ろうな!」
ニッと歯茎を剥き出しにして笑うダイヤ。この男はなかなか暑苦しい。そういうところは嫌いじゃないが。
家の近くの交差点に着くといつもであればガクとダイヤはここで別れる。が、今日は違った。
「こんな道なかったよな?」
ダイヤの指し示す先には見たことのない小道が続いていた。
ここはY字路のため、直進の道はなかったはず……。
「新しくできたのかな?」
「一日でできるわけないだろ」
足を止める素振りもなく路地へ突き進むガクを不安そうな顔つきで見るダイヤ。
「行かねぇの?」
交差点で立ち尽くしたまま動かないダイヤを見て、仕方なく引き返そうとしたその時だった。何者かに足を引っ張られガクはそのまま顔から地面に叩きつけられる。
「ガク!掴まれ!」
何がなんだかわからないまま咄嗟にダイヤの手を掴む。が、段々と意識は遠退き、全身から力が抜けていく。
「おいっ!しっかり掴め!」
聞いたこともないようなダイヤの叫び声。力強く握られた手が段々と剥がれて行くのを感じる。そのまま眠るようにガクは気を失った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
頬にヒヤリと冷涼な無機物を感じる。重たい瞼をゆっくり持ち上げると頑強な鉄格子がガクの視界を覆っていた。
微かに見える格子の隙間からは全身ピンクで覆われた男が本を片手に椅子に腰を掛けていた。ゆっくりと上体を起こし周囲をグルりと見渡す。
「あら、おはよう。寝起きはどんな気分かしら?」
こちらに気づいた男がオネエ口調で言う。
───あのあと俺はここに捕らえられたのか?……ってことはこいつが……
「知らないわ、そんな事。あたしはサレーネ様の指示通りあんたをここに放り込んだだけよ」
まだ一言も発していないのに、まるで俺の心が読めているかのようなことを言う男。
そちらを見ると、ピンクのマッシュヘアが青々とした頬に手を当てながら大きな目でこちら見ていた。外見の情報量が多すぎるその姿を見て目のやり場に困る。
「記憶が飛んでいるようね。ここは、ヴァルポール王国の王都メイズ城の地下牢よ」
──俺は知らぬ間に謎の王国の地下に監禁されてしまったらしい。