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奥様のいない朝

 

「シルヴィア……」


 早朝、カーテンを閉め切った薄暗い室内。

 寝台から上半身を起こしたアレクセルの唇から呟かれたのは、愛しい妻の名。


 だが当然のように、返事は返ってなどこない。

 なぜならつい十分前に、彼女はこの部屋を出たばかりだから。

 室内は再び静寂が支配していた。


 予めシルヴィアの口から、本日はいつもより早くに王宮へ出仕すると聞いていた。


 しかし──


「シルヴィアのいない部屋は何て寂しいんだ……」



 寝台から出て手早く騎士服に着替えたアレクセルは、シルヴィアが屋敷を出た数分後、自身も王宮へと向かったのだった。




 ◇



 王宮の一室、手を取り合い、見つめ合う男女がいた……。

 男性の方は、レオネル・ウォルター子爵。

 魔術研究室の若き室長である。

 そしてもう一人は銀糸の髪の美少女、シルヴィアだった。


 そんな男女の様子を、部屋の外から密かに伺う一人の騎士の表情が、見る見るうちに青ざめていく。


(そんな……奥様がふ、ふて……!?)


 騎士はアレクセルの部下であり、現在シルヴィアを見守る為の任務中である。当然アレクセルの命令で。


「下手ーーーー!!」


 騎士の頭に「不貞」という言葉が頭に過った瞬間、それは甲高い声によって掻き消された。


「下手すぎます、そしてホールドの構えも下手です。もうこの時点で下手なのが分かりました」

「酷い……」


 落ち込むレオネルの後方へ視線を移したシルヴィアは、人差し指でさす。


「それと、ヒューイ」

「……はい?」

「手拍子のリズムも下手すぎて、この世の物とは思えない程でした。ということで、続けましょう」

「待ってくれ、心にダメージを負ってしまって、再起不能に……!」


 自身の胸を押さえて、苦しむレオネルの傍ら、黒髪の少年が「僕も……」と半泣きで呟いた。


(存在感が無さすぎて、手拍子するまで気付かなかった……)


 黒髪の少年、ヒューイも宮廷魔術師である。どうやら手拍子担当らしい。


 シルヴィア達は、ダンスの練習をしていると状況を把握したその時──


 回廊の向こうからやってくる何者かの気配を察し、騎士は一旦柱の影へと身を潜めた。



 宮廷魔術師の証である、白のローブを羽織った女性が、シルヴィア達のいる部屋へと入っていく。


「すみません、遅くなってしまいました」


(彼女も確か、貴族出身の宮廷魔術師だな)


 遅れて来た魔術師は、ピアノに備え付けられた椅子に腰掛け、準備を始めた。



 ◇


 王太子付き近衛騎士団、騎士団長の執務室。

 亜麻色の髪の騎士アルベルトは、報告書を片手に執務机に向かうアレクセルに向き合う。


「奥様は王宮のとある一室で、男と密会されていました」

「そんな訳あるか!」


 アレクセルは思わず声を荒げた。


「そこでダンスを踊っていたそうです」

「ダンスの練習か?」

「見つめ合い、手を取り合って……」

「やめろ!さっきから引っかかる言い方ばかりするなっ、端的に言え!」

「室内には男女二名ずつがいて、ダンスの練習をされていました」

「最初からそう言えよ……」


 恨みがましく睨むアレクセルを尻目に、アルベルトは続ける。


「どうやらレオネル・ウォルター子爵はダンスが不得手のようでして、仲間内で密かに練習を行っているようです。というのも、先日とある伯爵令嬢に次の夜会にて、共にダンスを踊って欲しいと誘いを受けたのが原因とか。その日に向けて密かに仲間同士で特訓していたようですね」

「何て優しくて、仲間思いで素敵なんだシルヴィア……!」


 特訓にて、シルヴィアはトレース仕込みの鬼教官ぶりを発揮していたのだった。

 やはり生徒は師に似るのだろうか。


 ちなみにヒューイがあの場にいた理由について──レオネル以外にもダンスが苦手な男性魔術師を複数抱えている職場である。この際まとめて特訓しようと思っての計画だった。



「ああ、やはり私が直接シルヴィアの指導している姿を見に行けば良かった……」


 悔やみながら拳を握りしめるアレクセルを見て、アルベルトは苦笑する。



「良かったですね、ストーカーがバレなくて」

「誰がストーカーだ、妻を見守るのは夫である私の役目だ」


 真摯な表情でそう断言したアレクセルに、アルベルトは苦笑せざる終えなかった。

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