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 シルヴィアは先に王都へと帰還していた。

 そして償いも兼ねてのつもりなのか、公爵家の書類仕事を以前よりもこなしている。

 頼まれれば茶会などにも参加するようになり、公爵夫人として極普通の生活を送っていた。


 一週間と少し過ぎた頃、ようやく王太子とその婚約者、レティシアが王都に帰還。ギルバートを護衛していたアレクセルも、邸へと戻った。



 ちなみに、彼らがグランヴェール王都へと戻る前に、ブルゴー侯爵が失脚する事態となっていた。


 レティシアの首飾りに呪いをかけようとした、ブルゴー侯爵の次男マシュー。

 彼は以前留学の経験があり、そこで邪神イルザーブを信仰する邪教と出会い、信者になるまでとなっていた。


 以前ブルゴー侯爵は、邪教に身を落とした時点でマシューを侯爵家から勘当したと言っていたが、どうやらそれは調べによると真実らしい。

 ブルゴー侯爵はとても敬虔な人物だった。


 そして勘当された事により、貧しく暮らしていたマシューの元にやってきた侯爵は「邪教の呪いをレティシアの首飾りにかけろ。計画が成功すれば報酬と邸の一つをやる」と持ち掛けたが、失敗に終わったためマシューは捕らえられ、父侯爵からそのまま見捨てられてしまった。


 そして今回、レティシアを賊の襲撃に紛れて襲うはずだった黒髪の騎士の名は、ルース・フォートレル。フォートレル子爵領は葡萄酒の産地であり、上客であったブルゴー家から出荷直前に、ワインの発注を取り止めるよう申し出を受けた。突然の事で事情を聞くと、レティシアを襲撃する計画を持ちかけられ、言う事を聞くなら発注は取り止めないと言われる。

 脅されたフォートレル家は、計画に乗ってしまった。


 また捕らえた賊はフレリアの有名な盗賊団の格好をしていたが、体の刺青はブルゴー領に生息する山賊の物と一致した。彼らも口を揃えて、ブルゴー侯爵に話を持ちかけられたという。


 その他にも言い逃れ出来ない証拠や証言が、次々に出てきた事により、侯爵は捕らえられる事となった。

 こうしてレティシアに危害を加えていた、ブルゴー侯爵を排除し、グランヴェールに迎え入れる手筈を整える事が出来た。


 **


 アレクセルが、邸に戻った夜。

 晩餐を終えたシルヴィアとアレクセルは、寝室のバルコニーにて、夜の庭園や空を眺めて過ごしていた。

 バルコニーに備え付けられた、白い丸テーブルを挟んで、左右に設置した椅子に腰掛ける。



 シルヴィアに話しかけたアレクセルは、飾りのついた箱を取り出し、差し出した。


「シルヴィアのために作らせていた首飾りが出来上がりました」

「私に……ですか?」

「勿論です。受け取って頂けますか?」

「頂いてもよろしいのですか……?」


 遠慮気味なシルヴィアの顔を、アレクセルは覗き込むようにする。


「どうしました?」

「えっと、今回の任務の事で……。私は公爵家の奥様を、クビになる可能性を考えていまして……。いつか旦那様直々に、言い渡されるのではないかと……」


 しどろもどろ話すシルヴィアに、アレクセルの瞳が見開かれる。


「もしかして、シルヴィアは私の妻でいる事が嫌ですかっ?」

「えっ、そんな事は……」


 シルヴィアは驚き顔を上げた。


「シルヴィア、私の側から離れようとしないでください……!私は、シルヴィアがいなくなってしまったり、もしもの事があったら生きていけませんっ」


 立ち上がったアレクセルが、座ったままのシルヴィアへと距離を詰め、肩を強く掴んだ。

 アレクセルの端正な顔が、苦痛に歪み、必死に訴えてくる。


「旦那様……?」


 思ってもいなかった反応に、シルヴィアは虚を突かれてしまった。


「旦那様は、殿下から私を押し付けられた筈なのに、どうして?」

「違います!押し付けられたのでは無く、私がシルヴィアを妻にと望んだのです」

「え?」


 驚き、停止しているシルヴィアにアレクセルは、縋るように強く抱きしめた。


「ずっと好きでした。婚約する前から。シルヴィアが嫁いで来てくれて、一緒に過ごすようになって、もっと好きになりました。初めて女性を好きになったんです、妻になって貰えてようやく手が届いたと思ったのに……いつか手の届かない所へ行ってしまいそうで、不安で堪らない……っ」


「婚約する前……?殿下と三人で顔を合わせた、あの時より前ですか?」

「はい」

「えっ、私達何処かで会ってましたっけ?」


 記憶を必死で探るも、やはり心当たりはなく、シルヴィアは焦る一方だった。


「王宮の廊下を歩いていたら、上の階の窓から飛び降りてきた、シルヴィアと出会いました」

「えっ!?」

「私は柱の陰に隠れて見ていたので、シルヴィアは気付いていませんでしたが」


 それは一方的すぎて、出会ったと言うのだろうか。しかし王宮の窓から飛び降りた前科は、何度かあるのでシルヴィアも、当然心当たりはある。

 出会いというよりむしろ、遭遇に近いかもしれない。


「一目惚れといえば一目惚れですが、下町で買い食いする姿なども見かけていました。容姿だけでなく、シルヴィアのありのままの姿を好きになったのです!」


 ポカーンとした表情で力説をを聞くシルヴィアを見て、今度はアレクセルが慌て始めた。


「あ、付き纏っていた訳ではありませんよ!?夜会などで、探したりはしていましたが。たまたま私の行く所でシルヴィアを目撃出来た時は、運命を感じていましたっ」


 付き纏ってはいないかもしれないが、いそうな場所や、足を運びそうな場所へと積極的に探しに行っていた。そして見かけると、隠れて見守っていたので、やはり近いものがある。


「い、嫌ですか……?もしかして、嫌いになりましたか?」


 不安の色に染まる、端正なアレクセルの顔を見て、シルヴィアは頬がゆるんでしまった。

 国の筆頭貴族であり、誰もが羨むような美貌や才能を持つ彼が、妻に嫌われたくなくて不安そうに見つめてくる。

 そして窓から飛び降りたら、それを見ていた公爵様から、自分が好意を寄せられるとは。

 それを思うと、なんだか可笑しくなってしまった。


「嫌いになんて、なるはずがありません。もし、それが本当ならとても嬉しいです」

「嘘じゃありません、ずっと見ていました!……愛しているんです」


 シルヴィアの華奢な両手を握り締めて、跪き懇願する。そんな夫を見てシルヴィアはポツリポツリと話し始めた。


「旦那様……私は、この国で産まれた人間ではないのです。そして親がいなくて魔力の強かった私を、レイノール家の両親は養女にして下さいました。

 レイノール家は過去に、魔法国家ジールから降嫁した、王女様を迎えられた事があります。

 その為か特殊な魔力を持つ方々が多くて、元の私は遠縁の子供だった、という事にされました。私は、レイノールの血すら入っていないのです。

 それなのに、家族もこの国の方々は皆んな優しくて、いつかこの魔力で国に恩返しがしたいと、そう思って生きて来ました。私はずっと生き急いでいたのかもしれません。

 身元のしれない私が、公爵家に嫁いでいいものかとも思っておりました」


「シルヴィア、私はシルヴィアの身分や出自など、どうでも良いんです。シルヴィアが良いんです」


 アレクセルの真摯な眼差しにシルヴィアは応えようと決心した。


「旦那様。これからは、黙って任務についたりなど致しません。だから……このまま旦那様の妻でいさせて頂いても、よろしいでしょうか?」

「勿論です。私はシルヴィアを絶対に離したりはしません」



 アレクセルから渡された箱に入っていた首飾りは、月と蝶と薔薇のモチーフ。

 銀細工の月に、アメジストの羽の蝶が飛び、薔薇とサファイヤが添えられている。

 シルヴィアが特に気に入った石やモチーフばかり。やはりアレクセルは、シルヴィアの反応を常に観察しているから、出来る技だった。



 **


 二週間後。フランベルク地方で売られていた生地で作った、草花モチーフのワンピースがルクセイア邸へと届けられた。

 とても可愛い服だが、何故公爵家に平服が届けられたのかと、シルヴィアは首を傾げる。


「町で見かけそうな、可愛いお洋服ですね!でも、このお洋服はどうなさったんですか?」


「その服でなら、町を一緒に散策が出来ると思いまして。シルヴィアがその生地を眺めていたから、王都に戻る前に買っておいたのです。仕立て終わるまで秘密にしていました。気に入りましたか?」

「はい、とっても!」


(旦那様……。なぜ毎回そのような、女心を知り尽くしているような言動を……いえ、疑ってません。信じてます、信じてますよ?)


「では、次の休みにはこれを来て、王都の町を一緒に回りましょうか」

「はいっ」



 国内でも評判の美しきルクセイア公爵夫妻。

 グランヴェールの王都の町では、仲睦まじく寄り添い合って歩く、夫婦の姿が頻繁に見られるようになった。

またそのうち他のエピソードも書く予定です。

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