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 走る馬車にしばらく揺られ続けていると、ルクセイア公爵家の邸が見えてきた。

 高い蔓薔薇の城門を潜り、広大な敷地はに聳える邸も見事な庭園も、やはり王都で一番立派なのは一目見て分かる程。


 馬車から降りて両開きになった玄関扉を潜ると、多くの使用人達が並んでシルヴィアを出迎えた。


「お帰りなさいませ奥様」


(奥様……!)


 本日よりルクセイア公爵夫人となったのだから、そう呼ばれるのは当たり前。頭では理解していてもまだ慣れない敬称に、反射的に恥じらいと緊張が同時に駆け巡る。


 濃い茶髪に眼鏡を掛けた、まだ若そうに見える執事が軽く説明をしてくれたのち、さっそく寝室へと案内されることとなった。

 既に夜の時刻となっている現在、細かな邸の説明よりも休息が優先されるようだ。


 執事に呼ばれた二人の侍女が寝室へと案内してくれる。


「侍女長のカルラと申します」

「ローサと申します」

「では寝室にご案内致します」


 侍女長のカルラは黒髪の中年女性で、真面目そうな美人。ローサは薄茶の髪にほんのりタレ目の優しそうな女性で、まだ二十歳前後に見える。


「こちらがご夫婦の寝室です」


 広くて居心地の良さそうな応接室を、更に進んだ扉の向こうが寝室となっている。

 その部屋は白を基調とた猫足の家具が並び、それらは金の取っ手がアクセントになっている。



 この部屋は勿論、公爵邸全体に言えるのだが高価な品を華美に飾り立てるのではなく、選び抜いた調度品を適度に配置し、とても品の良い印象を受ける。


「旦那様は本日中に、お帰りにならない可能性が高いのかしら」


 部屋の素晴らしさに呆気に取られていたシルヴィアは、振り返ると兼ねてからの疑問をローサに尋ねた。


「それは私には分かりかねますが、帰ってこられるとしたらとても遅い時間となる可能性が……。旦那様は最近、邸へのご帰宅時間が遅くなられる日々が続いておられます。しかし今夜はきっと……」

「分かったわ。わたしはゆっくり休ませて頂きます。これからよろしくお願いします、ローサ」


 断定は出来なくとも、ローサは結婚初夜に主人夫妻が共に過ごすことを願っていた。

 そんな想いを汲み取ったのか、シルヴィアは微笑みを向ける。


「はい、奥様。しっかり仕えさせて頂きますっ」


(良かった、


 宮廷魔術師という肩書を持ち、尚且つ伯爵家の養子という得体の知れない自分は、公爵家で受け入れられないではと懸念していた。

 それらは杞憂だったのだと、シルヴィアは安堵に胸を撫で下ろす。



「では、お着替えを手伝わせて頂きます」


 湯浴みの準備が整ったようで、ローサの手により、複雑に結われた髪を丁寧に解かれる。


 浴槽には薔薇が浮かべられており、シルヴィアの身体は侍女達の手によって、入念に磨き上げられていく。

 湯浴みを終えた後、シルヴィアは鏡台の前に座り、再びローサによって香油をつけてから丁寧に銀糸の髪を梳いてもらった。


「本当に奥様は綺麗な御髪ですわね。奥様の髪に宝石を飾っても、きっと霞んでしまいますわ」


 褒めてくれるローサと化粧台の鏡越しに目が合い、シルヴィアは微笑み返す。


 調印式の支度から始まり、目まぐるしくも長い一日が終わろうとしている。


「それでは奥様、お休みなさいませ」

「お休みなさい」


 ローサは頭を淑やかに下げると、部屋を後にした。


 静かに扉が閉められ、人の気配がなくなるまで暫く、シルヴィアはその場に立ち尽くしていた。


 次の瞬間シルヴィアの右の拳が強く握られ、それはつい全身が、ぶるぶると震えだしてしまう程の力み具合。


「かっ……」


 一音発すると同時に右の拳を天井に向けて突き上げた。


「勝った!!!!」


 それは勝利の宣言。


「勝った!きっと初夜はない!」


 今夜きっとアレクセルは帰宅しない筈だと、確信を持ったシルヴィアの高らかな喜びが、広い室内へと響き渡る。


 貴族の世界は政略結婚が極当たり前だ。何十歳も年上の男性や、国外に嫁がされる可能性だってあったかもしれない。

 そして貴族女性の一番の仕事は、子供を設けることだというのも理解している。

 しかし恋愛経験もない十七歳の少女にとって、好きでもない男性との初夜は受け入れ難いものだった。


(初夜がないに越したことはないし、これで安心して寝れるわ。今夜は公爵様は帰って来ませんように。邸に帰ってきてもこのお部屋に入ってきませんように。あ、お布団フカフカ気持ちいい)


 天蓋付きの大きな寝台は唐草などの彫刻が施され、これも細部に至るまで拘った、最高級の逸品であると伺える。


 そして布団もふかふか。

 実家の伯爵家の自室の布団も上質なものだったが、家を出た後は宮廷魔術師専用宿舎の寝台を使用していた。そのため公爵家の最高級な布団と寝台は、まるで天国のようだった。


 結婚初夜、シルヴィアは朝まで爆睡した。

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