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 ほとんどの時間を公爵家で過ごすシルヴィアは、自身とは対照的にほぼ休みのない夫アレクセルの力になるべく、順調に公爵家の書類仕事も覚えていった。


 シルヴィアは日々ルクセイア公爵家の女主人として成長を自覚する中、たまには頑張る自分自身にご褒美をあげたくなる。

 そう、結婚前からのシルヴィアの趣味、下町での買い食いという癒しを──


 思い立ったが吉日と言わんばかりに、灰色の外套を着込むと、目立つ銀色の髪を隠すためにフードですっぽりと頭を覆う。そして早速、屋敷を抜け出していった。


 **


 子供達のはしゃぐ声に、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う賑やかな下町。

 今日は甘い揚げパンにしようか。それとも肉系か。

 そんなことを考えながら、人々が行き交う道を歩いていると、とある店前で止まっている簡素な馬車にふと視線がいった。


 馬車内ではカーテンが開けられており、中に座る人が見える。ワインレッドの髪の端正な横顔。


「旦那様……?」


 視線をそのままに立ち止まっていると、馬車のすぐ近くに佇む店の扉が開いた。中から出てきたのは、長い黒髪を靡かせる長身の美女。アレクセルがいる馬車へと、美女が乗り込んでいく。

 旦那様に見つかる前に隠れないと、そう思うのに……。

 思い掛けない光景を目の当たりにして、シルヴィアは縫い止められたかのようにその場で立ち尽くし、視線は釘付けとなっていた。


 次の瞬間──


「えっ……!?きゃっ!」


 ふいに後ろから手を引っ張られて、路地裏の方へと連れていかれてしまった。

 すぐに相手を確認するべく、シルヴィアは振り返る。


「だれ!?」

「申し訳ございません。アレク様に気付かれてしまいます、もう少し身を隠しましょう」


 そう言ったのは、ほんのり濃い肌の色、紫苑色の髪に紅玉の瞳の若い男性。


「え、セイン!?どうしてここに……」


 動揺が隠せないシルヴィアに対し、セインはいつも通り平静に答える。


「偶然通りかかりました。奇遇ですね」

「そんなことあります!?絶対嘘ですよねぇっ」



 公爵家で働くセインが下町に用事があるとは考えにくく、着用しているのは使用人用の燕尾服。

 休日という訳でもなさそうだが、そもそもシルヴィアは抜け出す前、邸で働くセインの姿を確認している。


(もしかしなくとも、私に勘付かれることなく今日もずっと護衛をしていたの!?)


 以前、公爵夫人として町に出かける際に、護衛はセインが適任だと執事のトレースに教わった。本日も女主人の外出を放置する訳にはいかないと、護衛の一環のつもりなのだろうか。


 だとしたら、セインは相当有能な従者であることが伺える。

 そもそも護衛としてシルヴィアを尾行しているのは、今日に限った話なのか?

 今まで幾度と無く行ってきた邸を脱走からの、下町食べ歩き姿を全て、セインに把握されているとしたら──


 自分の行動がバレバレな可能性が浮上し、考えれば考える程、シルヴィアは焦りと羞恥心に襲われて冷や汗が止まらなくなっていた。



(ど、どどどどうしましょう、今すぐ逃げ出したい!そういえば……)


 先程のセインの言葉を思い返すと彼は「偶然通りかかった」と発言していた。

 もしや彼は見逃してくれるつもりなのではないか?


 今すぐ消え去りたり衝動に駆られながらも、一旦話題を逸らすことにした。現実逃避である。



「そういえば、さっき簡素な馬車に旦那様が乗っていらっしゃったの、セインも見たのよね?」


 アレクセルに見つからないよう、身を隠すように促してくれたのだから、セインも目撃したのだろう。


「……まぁ、でももしかしたらアレク様ではないかも」

「見間違うわけないですよね!?あんな綺麗な男性、髪も瞳の色も旦那様の色だったし。美形なだけなら、私のお兄様も美形だけど、お兄様は金髪だし」

「……」


 後半は謎の兄自慢になってしまった。狼狽しすぎてシルヴィアは、もはや自分でも何を言ってるのかよく分からなくなっていた。


 そして言いあぐねるセインの様子を見るに、先程の光景は見られて困ると考えているらしい、そうシルヴィアは推測する。

 同じ馬車に乗り込んでいった綺麗な女性はきっと──


「もしやあの方が旦那様の愛人……とても綺麗な方でした……」

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