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 ようやく立ち上がったアレクセルは、熱を孕んだ瞳で、シルヴィアを愛おしそうに見つめる。


「すみません……。あまりにも美しく、そして可愛らしかったもので、妖精か月の女神かと思いましたよ」

「そうですか」


(突如拝みそうになったり、かと思えば甘い言葉を囁いてきたりと、騎士団の方々は皆似たような行動を取晴れるのですね)


 アレクセルの今の様子は、本日サロンにお邪魔した時に目にした騎士達を彷彿とさせる。

 甘いセリフを口にする男装の麗人クリスに、拝んでこようとするアレクセルのその他大勢の部下達。



「少しだけお時間を頂いてもよろしいですか?お話したいことがありまして」

「ええ、まだ寝る予定ではないので、大丈夫ですよ」


 了承を貰えてアレクセルは、嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます」


 整い過ぎた顔立ちのせいか、黙っていると冷たく見える彼だが、笑顔になるとやはり途端に可愛らしく思えてくる。


 シルヴィアは突如来訪した夫を寝室に通し、長椅子へと案内した。



「実はシルヴィアに贈ろうと思っている宝飾品のデザインについて、話し合いたいと思いまして」

「まぁ」

「領地の鉱山から取れる石で、首飾りや耳飾りなどを作ろうと思うのですが、カタログも持ってきました。一緒に見ましょう」


 鉱山のあるルクセイア領は宝石の産地としても有名で、腕利きの職人達による宝飾品は王都でも人気を博している。


 アレクセルが大きな本を抱えているなと思っていたら、カタログだったとは。やたら分厚いはずだと納得した。


「シルヴィアは、どんなモチーフがお好きですか?」


 シルヴィアの宝飾品を選ぶのに、上機嫌なアレクセルはカタログを開く。そして二人で同じページに目を通す。

 マーガレットにブバリアに月桂樹。様々なモチーフにシルヴィアの心がときめく。




 結婚当初はこんな風に邸で、楽しい時間を共有出来るようになるとは思わなかった。


 王宮で不審な男を取り押さえた時のアレクセルの表情、騎士団の仲間達といる時の様子、そして今この瞬間の、心の底から嬉しそうな顔。


 今日は今まで知らなかった、アレクセルの様々な一面を見れた気がした。




 **


 ──深夜、ルクセイア家当主の執務室


 室内ではアレクセルが執務机に着き、トレースとセインが仕事の補佐をするべく待機している。


 仕事を一時中断した彼らの間で、今から話し合いが行われようとしていた。まず口火を切ったのはセインである。


「そろそろ王宮での、アレク様のお仕事も落ち着いてくる頃合いでしょうか?」

「まぁ、問題の一つは片付きそうかな。それでも人手が足りないのは変わりないが」


 苦々しく呟くアレクセル。

 それもそのはず、結婚式当日から目に見えて増加した仕事量のせいで、愛しい新妻との大切な時間が奪われている。由々しき事態だ。


 しかし一刻も早く、王太子の婚約者レティシアを再びグランヴェール国内へ安全に迎え入れるのが、国にとって優先すべき事柄。それは王太子の騎士として、アレクセルに課せられた使命である。


 にも関わらず人手が足りない上、残念ながらレティシア絡みの問題は解決しておらず、未だ緊迫した状況が続いている。


 今回の事件に絡んだ者達を引き摺り出し、早急に事件を解決しなければならない。


(膿を出しきらないと……)



 アレクセルは忌々しい思いを抱えた日々を送っていた。


 未来の王太子妃レティシアはこの国、グランヴェールにとって大切な存在だが──新妻シルヴィアを放置してしまっているアレクセルにとって、これでは国の未来がいくら明るくなろうが、自分の家庭こそ暗雲が立ち込む状況となるのではと懸念が拭えない。


「結婚直後から嫌がらせのような膨大な仕事に悩まされ、当然私は殿下に直談判した。

 そうしたら『シルヴィアと結婚させてやった恩を忘れたとは言わせない、私に感謝しながら働くがいい』などと言いながら、白々しい笑みを浮かべきたんだ!絶対腹の中でこちらを嘲笑っているに違いない、あの腹黒王太子め……確かにシルヴィアとの結婚については感謝しているが……」



 むしろそれ以外特に感謝などしていない。自国の王太子であり主君に対しアレクセルは「憎たらしいっ」などと、日頃の恨みからか拳を握りしめて吐き捨てた。

 そんなアレクセルを見ながら、トレースも眉をひそめる。


「ですが、結婚式当日にも仕事を押し付けるなんて、いくらなんでもやり過ぎなのではないですか?いくら王太子殿下と言えども。

 新婚にも関わらず、旦那様が邸にほぼお戻りになられないなんて異常事態です」

「結婚式当日の仕事も、拒否出来るような内容ではなかったからな」


 アレクセルは溜息混じりに呟く。

 結婚式当日もレティシアに纏わる案件だった。

 国際問題に発展する恐れもあり、王宮でレティシアに絡んだ騒動が頻発している件について、シルヴィア以外に邸の人間には話せないでいる。

 よって現在アレクセルが王宮で抱えている仕事の詳細は、トレースやセインには伝えていない。



「国の騎士として、現在の多忙な状況には納得はしている。だがそれとは別に、殿下から『あの子はまだ恋愛もしたことがない、とても純粋な子なんだ。真の夫婦になる前に、シルヴィアを振り向かせてやってくれ』と言われてしまった……」


 男女の色恋に免疫のなさそうなシルヴィアが相手とあって、アレクセルも理解している。

 わざわざ言われなくとも、シルヴィアに振り向いて貰い、その後に夫婦の契りを結べたらどんなに幸せかと思っていた。

 にも関わらず、仲を深める時間を取り上げられているのだから、もどかしいことこの上無い。現在王宮内では混乱が収まっていないのは事実だが、王太子の婚約者のために奔走しているのだから、少しは気を使って欲しいと不満が蓄積していく。



 多少ギルバートからの嫌がらせも入っているのではと、邪推してしまいそうになる……──


 なにせあの王太子は、何故かシルヴィアの兄を自称している。シルヴィアの実家には、陰険なシスコン兄までいるのに。シスコン兄一人でも厄介なのに、全く意味が分からない。


(こちらは殿下とご婚約者どのために、大事な時間を削っているというのに……!)




「確かに……奥様が純粋であることは、見ていてよく分かります」

「うむ、純粋で内面もとても可愛らしいんだ。それにまぁ殿下を庇う訳ではないが、


「しかし奥様に至っては、旦那様が邸にお戻りにならなくとも、全くその件についてお気に病むことはなく、毎日それはそれは楽しそうにお過ごしになられております」


 トレースの発言に、アレクセルは固まる。


 自分が帰らないことに、シルヴィアが悲しんでいたらと思うと、とても心が痛かった。だが何とも思ってなさそうなのは、それはそれで胸が抉られる。


 食事も残すことなく、全て食べているとの報告がアレクセルの元に届いている。毎日あの華奢な身体に、食事をきっちり納めている。これだけでも、とても健やかに過ごしているのだと想像が出来た。


(自分がいなくても、何とも思われていない……)


 遠い目をするアレクセルに、セインは今まで話を聞いた中で浮上した、自身の疑問を口にする。


「そういえば王太子殿下に結婚させてやった、という態度を取られたとのことですが、以前よりアレク様は、奥様を自身の妻にとご所望だったのでしょうか?」

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