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 「レティシア様の件、どうして教えて下さらなかったんですか?」


 本日王宮に登城したシルヴィアは、すぐにギルバート王太子との面会を果たしていた。


 レティシアの件は王宮に出仕すれば、宮廷魔術師の任務の一環として情報が得られるが、それまでほとんど自分には知らされていなかった。

 名門ルクセイア公爵家に嫁ぐにあたって、結婚前もその後も勉強や準備などで、かなり慌ただしく過ごしていた。


 そもそもシルヴィアには、新婚にちなんで長期休暇が与えられている。だが肝心の夫は多忙で、中々シルヴィアと会うことは叶わない。

 そしてアレクセルが多忙である原因の一つが、レティシアに纏わる、事件解明に向けての調査に追われているから。


 そのような状況下、自分だけ公爵夫人として平和に日々を過ごしていたとは……。魔が差して久々に出仕していなかったら、未だに蚊帳の外だったかもしれない。

 そう思うと、シルヴィアは悔しくて堪らない。


「アレクセルとシルヴィアの結婚式直前に、色々と問題が出てきてね。結婚というめでたい時期に水を差したくなかった、と言っておこう」

「私はレティシア様を出来る限り、守って差し上げたかったです……」


 宮廷魔術師の制服を強く握り締めたシルヴィアを見ながら、ギルバートは思案しつつ口を開いた。


「そこなんだが、レティと特に仲の良いシルヴィアなら、もしかしたら疑われる可能性も十分にある状況だった。シルヴィア達が婚約する前は、度々本物の魔導具が仕掛けられていたのもあってね」


 言われてシルヴィアは、ハッとする。

 レティシアに呼ばれては彼女の部屋に出入りし、お茶を共にする。そして魔導具が簡単に手に入る人物と言えばシルヴィアだ。


 シルヴィアはギルバートの管轄する宮廷魔術師。つまり王太子直属部下であり、加えて幼馴染でもある。ギルバートとの仲を知っている者と言ったら限られるが、もしシルヴィアに全ての濡れ衣を着せて犯行に及ぼうとしていたら?


 シルヴィアがギルバートの恋人の座、そして王太子妃の座を狙って、レティシアに嫌がらせをしている構図を作り上げることなど、容易に出来るだろう。



「シルヴィアの婚姻が決まるまでは魔導具が使われることがほとんどだった、それが婚約が決まった途端魔導具に固執するのをやめたようだ。

 流石にルクセイア公爵夫人に、濡れ衣を着せる程の度胸はないらしい。犯人はきっとルクセイア公爵家を敵に回すことを恐れている」


 ルクセイア公爵家は王家に次ぐ高貴な家柄である。犯人は既に王家と隣国に喧嘩を売っており、更に公爵家も……とは考えてはいないらしい。



 聞けば命を脅かすような、危険な魔導具などは使われていなかったようだ。犯人の目的は脅し程度であり、最終的には怯えたレティシアからの婚約破棄が目論見だと思われる。



(そういえば、旦那様との婚約が決まる前、王宮よりもルクセイア公爵家の守りの方が、わたしを安心して預ける事が出来るとギルバート殿下は言っていた……。確かに、今回の件でもルクセイア公爵夫人の肩書きがとてつもなく、わたしを守ってくれてる)


 今回の事件の濡れ衣を着せられそうだったから結婚を急かされた、という訳ではないとは思うが──


 アレクセルとルクセイア家を自分が利用してしまっている気がして、シルヴィアの心は不安に苛まれるばかりだった。


 **



 天井に宗教画が描かれた王宮の間。そこから更に奥に進み、人気のない静かな回廊を進む男の姿があった。痩せた体付きをしており、歳は二十歳前半。


 資料室に入り、窓際の奥まで進んでからポケットから取り出したのは、ガーネットとダイヤの首飾り。

 男が首飾りをかざした瞬間。


「それはレティシア様の首飾り?」


 突然の声に驚いた男が顔を上げると、立っていたのは銀糸の髪にサファイヤの瞳を持つ少女。

 妖精めいた容姿にも関わらず、宮廷魔術師の堅苦しい制服を着こなす様が不均衡で、男には奇妙に映った。


 ギルバートとの話が終わったシルヴィアは、魔術研究室へと向かう道中、通りかかった男から魔術師特有の気配を感じ取った。


 シルヴィアは魔力の宿った物を敏感に感知することが出来るが、それは人に対しても同じ。


 この世界に産まれた人間は、少なからず魔力を所持して産まれてくることがほとんど。

 だが魔術師としての修行を積んだ者と、そうでない者では、魔力の質が大きく変化するのだ。


 つまり相手が魔術師ならば一目みれば気配に気付き、魔術師と見抜くことが可能である。


 あまり見かけない、明らかに魔術の修行を積んだであろう男が人気のない王宮内部の方に進んでいくものだから、シルヴィアは気になって後を付けて来たのだった。


「誰だっ」

「それをどうするのですか?」


 動揺と怒りを露わにする男に、シルヴィアは落ち着いた声音で尋ねた。首飾りを隠そうとする男の手元から、視線を外さない。

 シルヴィアは仲の良いレティシアが、その首飾りを付けているところを何度か目にしていた。だから間違いない。


 そもそもレティシアの所持品かどうか以前に、男性が女性物の首飾りを、このような場所でポケットから取り出すなんてあまり遭遇する場面ではない。



 男は舌打ちしたのと同時、空中に自らの手で文字を描き呪文を紡ぎ始めた。


(魔法……ここで!?)


 咄嗟に守備魔法を貼って自分の身を守る事は出来るが、ここは狭い資料室。

 仮に炎系の魔法を放ったとしたら、すぐに紙や本に燃えうつり、部屋が火の海に包まれる事態は容易に想像がついた。

 男はそんなことは御構い無しなのか──はまたた自分は後ろの窓から、逃げ出すつもりなのかもしれない。


 自分の紡ぐ魔法が間に合うか分からないが、王宮への被害を最小限に抑えつつ、彼が呪文の詠唱を終えるのを阻止しなければいけない。


 それは男が呪文の最初の単語を口にして、直ぐの事だった。

 シルヴィアの横を迅速に何かがすり抜けたと同時に、男から呻き声が上がった。



 蹲る男の腿には短刀が刺さっている。

 しかし痛みに苦しむ男の姿が、シルヴィアからは確認が出来なかった。

 何故なら男が負傷したと同時に、長身の背中に阻まれているから。高速で移動したことにより、艶やなワインレッドの髪が揺れている。


(旦那様!?)


 シルヴィアが驚く暇を与えない程、アレクセルは素早く、呪文を紡ぐ男の口めがけて顔面に蹴りを入れた。

 蹴りを真正面からくらい、男は後ろに吹っ飛んだ。これなら痛みでしばらく喋れないだろうが、その前に気絶していると思われる。

 だがそれだけにとどまらず、文字を描こうとした右手も踏みつけられ、いつのまにか鞘から抜いた剣がピタリと男の首に当てがわれていた。


 シルヴィアは男をつけていたと思っていたら、更に自分の背後にはアレクセルがいたというのか。全く気付かなかった。


 レティシアの首飾りに細工をしようとし、そして王宮の狭い室内で魔法を放とうとした男は、きっと悪者なのだろう。

 そしてその悪者を倒す旦那様は正義なのだろう、多分。

 その構図はきちんと理解できていたが、目の当たりにしてしまった騎士による圧倒的な肉弾戦。

 そして自分と同じく魔術師である男が呪文を言い終わる前に、魔法を使えない人間にあっさり敗北してしまった事実に、衝撃を受けてしまった。


 そんな迅速な騎士の仕事ぶりに呆気に取られていると「拘束しろ」と冷然とした声が発せられる。


 アレクセルの声と共に、室内に何人かの足音が入ってくる音がした。


「団長!奥様、ご無事ですか?」


 制服を見るに彼らは、アレクセルと同じくギルバートの近衛騎士であると分かる。

 声をかけてくれた、亜麻色の髪をした短髪の騎士を残し、迅速に行動していく。


 気絶し騎士に担ぎ上げられた男は、手は後ろに回され、文字を描かないよう指は布を覆われている。手首は魔封じの術が施された手錠が嵌めらていた。

 それに加え、口には呪文を紡がないように噛まされた布。


 魔封じの手錠だけで充分事足りるのだが、念には念を入れている。たしかに用心するに越したことはない。


 この光景をただ見るしかないシルヴィアは「私が何かやらかして囚われた時は、こうなるんだわ」と、自分の末路を想像してしまった。



「奥様、お怪我はございませんか?さあこちらに」

「は、はいっ」


 先程の亜麻色の髪の騎士が、再び声を掛けてくれた。


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