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「今日のドレスも素敵ですね」

「ありがとうございます」


 珍しく早くに帰宅したアレクセルは、お茶を楽しんでいたシルヴィアの元に来るなり、頭のてっぺんから爪先まで幾度も眺めた。


「パステルカラーのドレスも似合っていて、妖精の如き美しさでしたが、このドレスを着たシルヴィアは完璧なビスクドールのようです」


 アレクセルが些か食い気味に褒めてくれる、本日のシルヴィアの装いは、濃い赤紫色の生地に黒のレースのドレス。

 同じ生地で揃えた丸型のヘッドドレスには、真紅の薔薇や青薔薇が飾られている。



「実はこれ、自分のお給料で仕立てたお気に入りなんですけど、あまり着る機会がなくて」


 シルヴィアは宮廷魔術師という職につき、自分の給料を手にするようになってから月に一着、渾身の思いを込めたドレスを仕立てていた。


 仕事の日はシンプルなドレスに制服の上着。

 休みの日も基本魔術師寮で過ごしていたり、もしくは寮の自室で着替えるでなく、ボーっと過ごして一日を終えることも少なくなかった。


 仕立てたドレスの多くの使い道は、月に一度町へ新しいドレスを仕立てにいった後、そのままカフェで一人お茶を楽しんだりする時に着用していた。


 そうしている間にも季節は巡っていくので、あまり着る機会は設けられないまま、次のシーズンに移ってしまうことも多い。


 その他にも家族に贈って貰ったドレスもあるが、それは家族に合う時に着るから、結婚前は袖をあまり通さないドレスが増えていった。


「なるほど、そうだったんですね。シルヴィアはセンスもいいのですね」


 自分のお金で買うのだから、高くなくても納得したものを仕立てたい。そう思うようになり、流行りばかりに囚われず、自分に似合う色やデザインを研究するようになった。

 何だかこういう部分すら、自分の魔術師としての特徴が出ている気がする。


(それにしても流石旦那様、男性がこんなにも女性の衣装に関心をしめす会話をなさるなんて。やはり今まで相当女性を相手にしていらっしゃったとしか……)


 いつも考えがそこに直結してしまって申し訳なくなるが、故意ではないから許してほしい。



「ああ、この鳥かごの首飾りもドレスに合いますね」


 アレクセルが視線を移したのは、鳥籠に蔦薔薇が巻き付いた首飾り。


「ありがとうございます。これはお兄様からプレゼントして頂いた物で、とてもお気に入りなのです」


 『お兄様』という言葉に、アレクセルの顔は笑顔を張り付かせたまま黙った。

 突如黙ってしまった夫を、シルヴィアは不思議そうに見上げる。


 ちなみに『お兄様』というのはギルバート王太子ではなく、実家にいる戸籍上の兄。


「旦那様、どうかなさいました?」

「いえ」


 なおも微妙な反応を見せる夫に困惑しているシルヴィアの視線により、アレクセルは何とか現実に引き戻った。


「ああ、そうだ。もう少しで夜会用に仕立てたドレスも出来上がるそうですよ」


 アレクセルのいう夜会とは、結婚する前から夫婦揃っての出席が決まっていた、近々王宮で開催される夜会である。



 それに伴い先日、恒例のダンスレッスンの時にシルヴィアは、トレースにとあるお願いをしてみた。


「あの、今日はこの靴で練習してみようかと……」


 手にしていたのは、いつもダンスレッスンで履いている物より、もう少しヒールの高い靴。



「私と旦那様とでは、身長差が結構あるでしょう?旦那様に合わせて、夜会の時は高いヒールの靴を履く予定だから、これからは高めの靴で練習しようと思うの。慣れてない分、不慣れな部分が目立つと思うけれど、ご指導お願い致します」

「奥様……」


 衝撃が走ったかのように、トレースの目が見開かれる。いつも冷静沈着な執事ではあるが、極たまに大袈裟な部分が顔を見せる。



「奥様にやる気を出して頂けて感無量でございます」

「え、や、やる気?」

「これからは今までより一層、ルクセイア公爵夫人として何処に出ても恥ずかしくない程、お稽古に励みましょう。私も気合を入れ直させて頂きます」


(ひぇぇぇぇ~!!結構です!!って、声高々に叫びたい!!)


 トレースは、それはそれは良い笑顔で言い放った。次の日、激しい筋肉痛に見舞われたシルヴィアは、半日は歩行することが困難となった。



 **


 夜会当日。


 プリンセスラインの水色のドレスには、散りばめられた星屑のビーズに、煌めく銀糸の刺繍。

 後ろは編み上げと、大きなバックリボンが印象的な仕上がりとなっている。

 銀色の髪にはワインレッドと、紫の薔薇飾りを挿して、小さなパールも添えた。


 全てが最高級の物で身を包み、妖精のような姿のシルヴィアをエスコートするのは、銀灰色のフロックコートを着た長身の美しき貴公子、ルクセイア公爵。

 アメジストの瞳が隣にいる妻に目を向ける度、暖かな色を宿す。


 誰もが若く美しいルクセイア公爵夫妻の入場に魅入り、感嘆を束ね合わせたように場内はざわめき始めた。


 会場に着いてからしばらくは、挨拶周りに時間を取られる事となった。国の筆頭貴族であるルクセイア家とあって、挨拶に来る者は後を絶たたない。皆間近でシルヴィアを見た途端、可憐なその容姿に言葉を失った。


 あまり社交界に出席しないシルヴィアを、間近に見れる機会は少ない。

 挨拶周りの最中、見知った人物がシルヴィアの視界に入ってきた。


 シルヴィアと同じ宮廷魔術師のテオドールだ。

 整った容姿を持つ彼は、着飾った色とりどりの華やかな若いご令嬢に取り囲まれている。


 貴族出身のテオドールがこの場にいるのは当然であり、シルヴィアも彼と鉢合わせするのは想定済みだった。


 テオドールはしきりに女性達の服装や、装飾品、髪型などを褒めているが、どことなく顔色が悪い。

 男色という訳ではなく恋愛対象は異性だが、長時間多くの女性に囲まれるのは、シャイな彼からすると段々辛くなるらしい。中々贅沢な悩みを持っている。


 そんなテオドールは目が合った瞬間、こっそりとこちらに向けて口を動かしてきた。シルヴィアは取り敢えず、テオドールの口の動きを読み取ると、それは……。

『たすけて』という口パクでのSOSだった。


 確認した後、頑張れと心の中で応援し、シルヴィアは見なかったフリをした。

 今はルクセイア公爵夫人としてこの場にいる。

 テオドールに構っている暇はないのだ。


 そっぽを向かれ絶望したテオドールだが、少し離れたところから、よく通る男性の声がすぐに彼の名を呼んだ。


「テオ、探したぞ」

「室長っ」


 テオドールは呼ばれた途端、それはそれは嬉しそうにレオネルの方を振り向いた。


 先程の顔の色の悪さはどこにいったのやら「室長が仕事の話があるらしいから、ごめんね」と、キラキラとした笑顔を令嬢達に向けて去って行った。

 去り際だけ無駄に爽やかだった。

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