栗拾い
謹慎が明けて一週間。
「姫様、起きてください!旦那様が遠出に連れていってくださるそうですよ!」
「とおで~?」
そういうことは前日には言って欲しいものだ。
せっかくの初デートなのに。こちらにも色々準備があるのだ。
「すぐドレスの準備を」
私の命令にモモが渋い顔をした。
「装備は旦那様が準備されたものをお召しになるように、と」
「そうび? あとでお礼をいわな...」
モモがそっと差し出したものに私は固まってしまった。
◆
男子用の簡素な(ちょっとシミのついた)シャツにズボン。セーター。手には厚手の皮の手袋。靴は踵の低いブーツ。おしゃれ感の欠片もない。
そこまでは、まあいい。
「で、なんなのよ。これ」
完全装備。
お鍋を帽子代わりに被せられる。そのお鍋の二つの取っ手には鈴がついていて、耳元でチリチリなってうるさい。
背中には小さな籠を背負わされ、武器は長めのトング。おまけに腰には皮の腰巻き。
「わっははあ。何なん、そのかっこー。あー苦しぃ」
息子が私を指差して盛大に笑ってくれやがった。
服装は私とほぼ同じだが息子は普通のハンチング帽子を被っている。
私たちの籠の三倍はある大きなリュックを背負った夫が私の姿を爪先から頭のてっぺんまで確認して、ひとつ頷くと、
「よし、山に行くぞ」
と宣言した。
「やったー!」ともろ手をあげて喜ぶ息子の横で私は状況を整理できずにいた。
「山?この鍋と鈴とトングは何?」
「熊避けとトゲ避けだ。万が一上から落ちてきたら危ないからな。いやならカンロと二人で行くが?」
「土産にいっぱい栗を拾ってきてやるよ!」
「く、栗ぃ!?嫌じゃない。絶対行く」
今秋の栗狩りは諦めていたのだ。願いが叶うなんて...生きててよかった。
「離れません。一生ついていきます!」
「ん。まあほどほどに」
あら、なぜか反応が鈍い。
夫がため息を漏らして手を差し出してきた。
「今度は迷子になるなよ」
◆
山の入り口にたどり着いた。
一瞬、真っ暗な山を思い出して身がすくむ。
「怖いのなら帰るが?」
「そ、そんなことありませんわ!」
屋敷を出る前に「迷子ににならないように」と夫に握られていた手を握り返すとさらに強く握ってくれた。
モモはしっかり後ろをついてきてくれる。他にも見えないところに護衛がついてきているのだろう。
どの木に栗は生っているのだろうか。
目を凝らしれて上の方ばかり眺めているとカンロが、私の肩を叩いた。
「どこ見ているんだよ。これだ」
「これ?」
木の棒で指したのは私のお尻を攻撃したあのとげとげボールだ。
茶色いとげとげをカンロは靴の裏で踏んで器用に割れ目を広げる。
あの種は熟して黄色くなっているのだろうか。
が、やはり出てきたのは...
「茶色いじゃない!」
「ばーか。この茶色いのは皮だよ。まどっちかってと殻だけれどな」
「お母さんをバカ呼ばわりするんじゃありません」
息子のムカッとしたが、見よう見まねでちょっと殻の開いている栗で試してみると、茶色い種?種がポロリはずれた。
一度コツを掴んでしまえば、私でも容易に茶色い栗をとることができた。
簡単にとれるのが面白くて、次々に拾いー
気づいたら汗だくだった。
「そのままだと風邪引くぞ」
夫がリュックの中から子供用のシャツを取り出した。
「見張っててね!どっか行かないでね!」
夫が背を向けている間に、茂みの中でモモに手伝ってもらってさっさと着替えを済ませる。
息子も待っている間に着替えを済ませたようだ。
次に夫のリュックから出てきたのは敷布と昼食だった。
木漏れ日の下、敷布の上で、パンにチーズ、ベーコン、野菜がバランスよく挟まれたサンドイッチを頬張る。甘味と香ばしさのあるパン、ベーコンの塩気、チーズの濃厚な風味、新鮮なトマトの酸味、いつもは苦手な生の玉ねぎやピーマンもどういうわけだか、さほど苦味は気にならない。ハーブドレッシングが「早く食べろ、もう一個食べろ」と食欲を刺激する。
「ん~。完璧な黄金比ね。こらそこの男二人、こっそりレタスを捨てたりしない」
見事に親子二人同じようにぎくっと肩をすくめる姿に笑いがこぼれる。
何も挟んでいないパンにはジャムとバターを塗って、ぱくついた。しあわせー。
「眠い」
食後は急にうとうとしてそのままお昼寝してしまった。
起きたときは私は夫の背に揺られていた。
じゃあリュックはと辺りを見れば、護衛の一人が夫の荷物を背負っている。カンロは夫の横に、モモもちゃと着いてきている。
「起きたか?もうすぐ家に着く」
「私も歩く...」
ちょうどいい揺れ具合で、このままではすぐ寝てしまう。せっかくの栗拾い、最後くらいしっかり自分の足で歩いて帰りたい。
「寝ぼけたまま歩いて転けたらどうする」
せっかくの休日、本当ならもう少しおしゃべりしたい。
夫婦と言っても、食事時くらいにしか会話はしない(謹慎中はそれすらもなかった)。夫は毎夜遅くまで仕事をしているから。
おねだりするときは後ろから抱きついてってどっかの本に書いてあったなあーなどとぼんやり思い出しながら、願い事を口にする。
「旦那様、私扇が欲しいのです」
「嫁入り道具の中に扇もあっただろう?」
扇は成人の女性貴族の必須アイテムだ。
「わたし、目も髪も赤茶けていてかわいくないから...花嫁道具ほとんど自分の好きな黄色で揃えてしまったの。でも少し子供っぽいでしょ。継母仕様の...」
「継母?今のマロンイエローとやらでも、十分君に似合っているが...
じゃあ栗柄の刺繍でも入れてみるか?」
「栗柄?あのとげとげは嫌です。花とか」
旦那様は私を背負い直した。
「で、なんで姫君は自分の髪の色が嫌いなんだ?姫君の大好きな栗色のきれいな髪と目だと思うがな。てっきり気に入ってるもんだと思ってたよ」
「私の髪が栗色?」
「中身の黄色を栗色と思ってたんなら仕方がないが、本来はあの栗の殻の色を指して栗色と言うんだ。
それと、無理して背伸びしなくてもいい。迷子になるとかバカなことさえしなければ...」
(栗色...きれいな髪と目?)
きゅっと胸が締まってドキドキしはじめた。
「家に帰ったら、栗を焼くつもりだったが、今日はもう寝ろ」
「焼きます!」
瞬時にドキドキにワクワクが上乗せされ、心が跳ねる。私は夫の背でもろ手を上げて喜んだ。
「こら、危ない。栗は逃げない。夕飯まで寝ろ。迷子になった時のように熱を出されたらたまらない」
その日の夕食には自分で拾った焼き栗が出された。
本当は謹慎明けには、隣接する村々が予定されていたのかもしれない。それなのにこんな素敵な日があるなんて...
「タンバ様好きです」
ぶふっ、と親子二人が同時にむせる。
「しょ、食事は静かに、姫君」
貴族の会食は交流の場であり情報交換の場だ。現に息子が沢で捕った蟹の話をさっきまで熱心に聞いていたではないか。
◆
「異性の落とし方十五歳編に後ろから抱きついておねだりするってある~!」
「何じたばたしているんですか」
私は恥ずかしさの余り、ベットの上でばたばたした。
「ふしだらな女って思われたかな?それとも魔性の女?」
栗も採れたし、髪も目も誉められたしで、無駄に気分が高揚してしまっている。
「評価は迷子になったやっかいな小娘ですよ。それか一度の栗拾いで簡単に釣れる子供か」
「むう。ここはちゃんとご本を読み込まないと。私はー」
「十五才編は姫様には早いです」
眠気に勝てたのはそこまで。私は本を開けたまま眠ってしまった。
「最初領主様をおっさんと呼んでいましたのに。一月もしないうちにずいぶんー」
後にこの本は夫に没収されるが......
実際は...
イガ...皮
鬼皮...果肉
渋皮&中身...種
だそうです。