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迷子

「さーて、栗はどこだ」


 栗は秋に、森や山になっている。


「黄金の実はどの木になっているのかな?」


 目を凝らして、じっと木々を観察するがそれらしいものはどこにもない。

 子供たちの口振りではすぐに見つけられるような言い方だった。


(もっと奥に行かないと無いのかしら?ほんの少しなら道から外れても...)


 すでに、道なき道を歩いていることも気づかず、私は山の中をずんずん進んで行った。

 足がごつごつした石にひっかかり、こけた。なかなか見つからないが、つまらなくはない。


「とってもきれい」


 狭い離宮の庭しか出たことの無かった私は、木漏れ日やら澄んだ空気やら、見たこともない花やらに次々目を奪われた。

 それと旦那様に少しでも釣り合いがとれるようにと用意されたかかとの高い靴もいけなかった。

 湿った葉っぱに足をとられ、滑り落ちてしまった。


「いったたた!?なんなのよ、もう!」


 お尻に激痛が走り、飛び退いた。

 トゲトゲがいっぱいある丸い玉を下敷きにしてしまっていたようだ。

 ツインテールの片方がほどけ、リボンがどこかに行ってしまった。靴も片っぽ見当たらない。

 とりあえず、とげとげボールを靴で蹴飛ばして、自分が滑り落ちた斜面を見上げる。


「と、とにかく元の場所に戻らないと!」


 しかし、なだらかな斜面に見えるのに、積もった葉っぱに足をとられて、なかなかうまく登れない。

 喉が乾いた。


「川ってどこ?」


 きょろきょろあたりを見回したり、耳を澄ませたりするが、川のせせらぎは聞こえてこない。


 村に帰ろうにも道なんてない。どっちの方向に行けば良いのか。それともじっとしていた方がいいのか。

 そうこうするうちにあたりが暗くなり始める。とたん心細くなってくる。


(私、こんなところで死んじゃうのかなあ)


 ポロポロと涙が出る。


 私は三角座りで泣きながら、恨みがましく森を見つめた。さっきからとげとげボールがやけに目につく。よく見るととげとげボールのいくつかは裂けて中身が覗いていた。


「木の実?」


 でも、とげとげでとても中身を取り出せそうにない。


『靴で踏んでとるんだ』


 試しに何度か踏んでみると、ポロリと中身がこぼれた。しかし期待したのも、つかの間。


「そんなぁ~」


 こんなに苦労したのに、出てきた物は茶色いただの種だった。それでも食べられるところはないかと爪を立たり、思いきって噛んだりして見るが、表面はつるつるしていて、まるで歯が立たない。


 落ちてきた場所を見失わないように注意しながら少しだけ歩くと小さくて汚い水溜まりを発見した。水を掬ってみる。喉はぱさぱさだ。覚悟を決めて飲もうとしたそのとき。


 ワ...ン、ワー...ン。


 遠くに狼の吠え声がしてすくみ上がった。


「....ア....」


 人の...


「ア....ン....マロ....」


 聞き間違えじゃない!


 ワンワン。ワンワン。


「アン! マロン!どっちでもいいからさっさと返事しろ!」


「アンお嬢様!」


 カンロと私の侍女の必死な叫び声が聞こえる。


「ここよー! 私はここよー!」


「アン」「お嬢様!」


 斜面の上のほうに光が見えた。


「マロン・モンブランはここよぉおおおー!!」


 喉がつぶれるんじゃないかってくらい人生で一番の大声を出した。


「アンか?靴でもケープでも何でもいい。何か持って手を思いっきり振れ」


 私がケープを振ると、ぴーっとカンロがすぐさま笛を吹いた。同時に白い犬がかけ降りてきて飛び付いてきた。狼だと思ったのは侯爵家の飼い犬だったようだ。温かくて安心する。


「父さん。ここだ」


 その声で私は一気に力が抜けた。


 ◆


 その日の夜。とりあえず水とご飯を食べて、お風呂で丸洗いされて、傷の手当て(主にお尻)をしてもらって、一息ついた後、カンロと共にたっぷり怒られた。


「お前はバカか。熊や狼、猪だって出るんだ。」


 栗侯爵の説教はそんな言葉で始まって、

「無事で良かった」

 午後8時の鐘が鳴ると同時に、わしわしと髪の毛をかき回されて終わった。


 翌日は熱を出して寝込んでしまったが、栗ヨウカンという、甘くて柔らかくて栗が入っている茶色いお菓子を食べさせてもらえたので大満足だった。


 いつもは忙しくしていて食事時にしか会わない夫がわざわざ顔を見に来て「大丈夫だ。すぐ良くなるからな」と励ましてくれた。暖かい寝床と甘い栗羊羮と優しい夫が揃っているだけで、とっても安心して幸せな気持ちになる。


 彼が夫として妻を案じてくれるなら、私も妻としてふさわしくならなければ。

 もらっているだけではなく、この暖かい幸せをずっと堂々と受け取れるように...。


 が、私の幸せは長くは続かなかった。


 この翌日私は栗抜きの刑に処されたのだった。



 ◆


 丸一日たっぷり睡眠を取った翌日の朝食の席で、夫が口を開く。説教の続きだろうか?


「二人ともしばらく謹慎だ」


「キンシン?」


 首をかしげる息子に私が「部屋でおとなしくしていなさいってことよ」


「なーんだ」


 カロンが明らかにほっとした顔つきなので、私は説明を付け加えた。


「外に遊びに行っちゃダメってことだから。つまりはお仕置き」

「えぇえ? 剣の稽古はー!?」


「木の棒振り回すだけなら部屋でもできるだろう?」

「迷子になったのは俺じゃなくてアンだろう!」


 言い分はもっともだ。カンロは勝手に迷子になった私を助けの来てくれた。誉められこそすれ、謹慎はかわいそうだろう。だが、私は今助け船を出せる立場にない。


「お前は、姫君に騎士の誓いを立てたのに、姫が危険を冒すのを見過ごした。本来は首を差し出すべき案件だ」


 しくしく泣き出すカンロを横目でちらりと見て、視線を夫に戻す。


「しばらくっていつまでですか?」

「しばらくは、暫くだ。メシは部屋に運ばせる。当然栗は無しだからな」


 ぐっ。ここで子供のようにごねてはいけない。私はタンバ・モンテブラントの妻なのだから他に気にかけなければならないことがある。


「予定されていた他の村へのご挨拶は?」

「先方には申し訳ないが来春だ。しっかり見張っているように」


「ではお詫びのお手紙は私が書きます」


 どうせ、部屋に籠ってやることもない。失態の埋め合わせはしないと夫に役立たずの子供と思われてしまう。


「嫁じゃなくて、子どもが二人に増えた気分だ」

「ぐっ」


 夫の言葉に私は言い返せなかった。


 ◆


 絶望の栗禁止令が出てから一週間。やっと謹慎が明けた。


「あんのせいでひどい目に遭った。おかげでぜんぜんあそー、剣の修業ができなかったじゃないか」


 一週間ぶりに会ったカンロは元気そうだ。


 一週間、私はただぼーっと過ごしていたわけじゃない。


 方言の練習のために、私の部屋に村のおばさんたちをお招きした。

 披露宴ではお祝いの言葉をあまり聞き取れず笑顔をあいまいに返すしかなかった反省からだ。


 モンブラン領の方言ははどちらかというとナッツ語にかなり近い。うっかりするとまったく聞き取れないのだ。


 最初のうちは地元のおばさんに昔話を方言で語ってもらって、週の後半は、お菓子をつまみながら井戸端会議をしてもらう。毎日たっぷり一時間、矢のように速い方言を聞きとる。


 森は危険だということもさんざん叩き込まれた。当然栗はなしだ。

 ただ、夫にばれないように料理人がこっそりティータイムのケーキにマロンクリームの層を挟んでくれたり、スイートポテトならぬスイートマロンを作ってくれたり...。そのうち夫に給料アップを進言しよう。


 ああ、こうしている間にも栗の季節が終わってしまう。


(栗狩りに行けるのは来年かしら)


「大丈夫そうだな。どっか痛いところがないか?」


 息子がぐっと顔を近づけた。


(近い近い。近いってば)


 お城ではよっぽどの内緒話などではない限り、こんなに顔を近づけることはない。その場合でも、扇を間に挟んだりするのが普通だ(披露宴の時の息子のガン泣きは緊急時だったのでカウント外)。

 まだ新しい家族との距離感が掴めない。


「ええ。助けてくれてありがとう。おかげさまでどこも痛いところはないです。ちゃんと勉強していました?」


 当然、息子にもたっぷり課題が出されていたはずだ。


「う!」

「ぷっ」


 三歩飛び退く息子の姿に、つい爆笑しそうになった、が我慢。

 ここは扇で口許を隠して、「まだ出来ていないのカンロ?」ってちょっと上から目線で言うところだ。


(爆笑したら台無し!私は意地悪で厳しい継母!私は意地悪で厳しい継母!)


 そう自分御言い聞かせているうちに、私は自分の正しい立ち位置に光明を見いだした。


 たまには母としての威厳と優位性をしっかり示さなければならない。

 それに...いずれはカンロを蹴落とす日が来るのだ。情をかけ過ぎるのはよくない。


 今から距離を保って、厳しく接してどこにでも出せる立派な男に育てれば、例え追い出す日が来ても私の心は痛まない。(もちろん夫の前であからさまに邪険にするのはよくない。やるならばれないようにチクチクと、だ)


「子供たちはすっかり仲良くなったな」


 だが、夫が柱の陰で私たちのやり取りを見てそんなふうに笑ってるなんて思ってもいなかった。


 だから私は子供じゃなくて妻なんだって!


 あと、意地悪な継母仕様の扇を用意しなくちゃ。


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