村へのご挨拶
結婚から五日後。
栗狩りの申請を申し立てたが、「長旅の疲れをとってから」と却下された。
代わりに組まれた予定が村人へのご挨拶。
「りょうしゅのおよめさま。これ」
「ありがとう。」
自分よりも幼い少女が渡してくれたのは素朴な花で作られた花冠だ。
次いで渡されたのは私の髪の色と同じ赤茶けた変なかたちの木の実だ。
「ありがたくいただいておきますわ」
「王都ってどんなとこ?でっかいの?」
「お姫様って何をするの」
「何をするのかしらね」
一番は栗侯爵の子供を生むことだ。だがそれは数年後のことだ。その間、自分がするべき事と言ったら...なんだろう。
(こんな山の中で外国語や算術や歴史なんて本当に役に立つのかしら)
社交? 王都から遠いから頻繁に社交界に顔を出すなんてこともないだろうし、むしろ実家(王都)に入り浸っていたら、夫婦の不仲を宣伝するようなものだろう。
家の管理? 先日まで奥向きの管理は栗侯爵の妹が行っていたのだ。その主人を追い出した小娘の言うことを家の者が素直に聞くとは思えない。
「姫様?遊びましょ」
「ああごめんなさい。皆様は何して遊ぶのかしら」
「水鉄砲」「棒当て」「かくれんぼ」「石蹴り」「縄跳び」「輪転がし」
「そうなのね。すごいわ」
次々と子供の口から語られる遊びに戸惑う。自分はその半分も知らない。
「姫様、何して遊ぶ」
「えっと...」
子供たちが遠慮会釈なく腕をぐいぐい引っ張られる。王都ではこんな無礼なことは許されない。助けをー
「大人への挨拶回りは俺がすませとくから子供の相手を頼む」
ダメだ。夫は役に立たない。侍女のモモの方を見るが、
「時間がかからなくて服が汚れない遊びでお願いします。それと姫様のドレスを引っ張ってはいけません」
「仕方がないですわね。簡単で、服が汚れない遊びでしたらお相手します」
「新入りの癖にえらそー」
「ばか。余計なこと言うな」
むかっ。
お城の中だったら、私が何も言わなくともこの二人は不敬罪で衛兵に捕っているところだ。下手をしたらその場で首をはねられてしまうかもしれない。
(ここはお城じゃないし、私は嫁いできたばかり...がまん。がまん)
「騎士ごっこ」
「剣でとんとんやるんだ」
流れ作業で護身用の短剣でとんとんする。
それならそんなに時間はかからない。
「結婚式やりたい。お姫様みたいな」
「今日は時間がないから次回ね」
「簡単にお約束してはいけません」
モモの叱責がとんだ。
◆
「僕はマロン姫を命を賭けて守ります」
いやいや命をかけて守らなくていいから。そうは思うが、遊びなので男子女子関係なく希望者にどんどん許可を与えていく。正式な作法も何もあったものではない。
「ゆるします。」
村の子供が次々騎士の誓いを立てて、カンロがどこか羨ましそうにこちらを見ている。
私は息子が『剣の修行』と称して毎日木の棒を振り回しているのを知っている。
「あなたもやってみる?」
「え、いや、俺はー」
息子は一瞬躊躇した後、片膝をついた。
「私、カンロ.モンテブラントはいかなるときもお側を離れず、御身をお守りします。永遠の忠誠をお許しください。アン.マロン.シュー.モンテブラント様」
「許します」
女子から黄色い悲鳴が上がる。やっぱり領主の息子はモテるのよね。顔立ちも整っているし。
「皆様の忠信嬉しく思います。これからも文武両道励みなさい」
「姫様、ブンブンリョードーって何ですか?」
「楽しく勉強して、たっぷり遊んで、それでもって風邪引かないでねってことよ。みんなわかった?」
「「「「「「「はい」」」」」」」
子供たちは満足しただろうが、私はまだ目的を達成していない。
「ところで栗ってどこに生えているのかしら」
「いっぱい落ちてるよ」
「靴で踏んで、取るんだ」
靴で踏む?
(まさか私が食べた栗も靴で踏まれたもの!?
いや、美味しいのならいいんだ。きっとちゃんと洗ってあるだろうし)
などと思っていたら、ちょうど通りかかった馬が落とし物をしていった。
「そのうち連れてってやるよ」
「え、ええ。ありがとう」
(地面に落ちる前の実を採ればいいだけのことよ)
「落ちる前のは美味しくないよー」
心の声が漏れていたのか、村の少年が親切に教えてくれた。
◆
この村の子供たちと遊ばされ、「かわいいお嫁さんとデートだなんて領主様もー」などと冷やかされ、生暖かく微笑まれ。
さすがに村の住民への挨拶も終わったからこれで十分だろうと思って、「栗狩りにいきたい」と夫に再度要望を出したが、却下されてしまった。
隣接する村村へのご挨拶が明後日からはじまる、と言われて。主要な村村への挨拶は冬になる前に終わらせなければならないらしい。
こんなことなら夏のうちに結婚しておけば良かった。
ごろごろしながら栗をやけ食いしていたら、おっさんがノックも無く私の部屋に入ってきた。
「そんなに食べていたら腹がごろごろになる」
「ならないもん」
私の反論におっさんは栗が一杯入ったおやつの皿を取り上げると、
「栗禁止」
と告げて部屋を出ていってしまった。
「ひどいと思わない? レディの部屋に断りもなく入った上に、栗を持っていくなんて。侯爵様の栗泥棒」
「ノックしたら隠してしまわれるでしょう。それにご自分の夫をそんな風におっしゃるものではありません」
モモがおっさんに告げ口したのか。
なに、自分で採って来ればいいじゃないか。目の前は栗山があるのだから。
「すねてらっしゃるのはわかりますが・・・。気分転換に外で少し遊ばれたらいかがですか?」
「ええ、そうね」
私は心の中でにんまり笑った。
こう答えておけば、カンロと村に遊びに行くと思われるだろう。
侯爵領といっても小さな村だ。
披露宴と村への訪問で村人たちへの挨拶はすっかり済ませている。村の人たちとは顔見知りだ。同年代の友達(味方)を得るため騎士の叙勲ごっことやらにも付き合った。モモが「軽々しく騎士の誓いをしてはなりません」と苦言を呈したが、「いいじゃん減るもんでもないんだし、あくまで『ごっこ』なんだし」などと反論したその日の翌日からは正式な叙任式の作法を学ばされた。
いろいろ頑張ったのだ。私は。ちょっとくらいご褒美があってもいいではないか。
挨拶した時の村人の反応は「綺麗な領主夫人」というより、「まあ、かわいいお嫁さん」「隠し子?」と微妙なものだったが。
私は庭に出て、目当ての人物を発見した。
「カンロ君遊びましょ!」
「遊ばない!どうせままごとだろう?」
木の枝を持って素振りの真似事をしていたカンロはこちら振り向きもせず答える。叙勲ごっこでは誰よりも神妙に私へ騎士の誓いを立てていたのに。
「うー」
道案内がいれば楽かと思ったが、まあいなくても栗を見つけることはできるだろう。
「独りで遊べば良いだろう」
「うん。わかった。ちょっとそこらへん散歩して来るね」
「ああ」
一応、家の者に声をかける義務は果たした。後は自由の身だ。
◆◆◆
栗侯爵が姫の不在に気づいたのは日が傾きかけていた頃だった。
「カンロ、姫君は見なかったか」
「アン?」
母という呼び名がどうも馴染めなかったらしく、何度注意しても息子は姫のことを「アン」と呼び捨てにする。姫は特に気にしていない様子だった。「家族だから別にいいのよ。そりゃママって呼んでくれたらうれしいけれど」と言っていたがどこまで本当やら。
「そこら辺散歩してくるって」
急いで、王女の部屋の扉を開くがそこにいたのは侍女のみ。
「いくら旦那様でも...ノックもせずに...」
「姫君は?」
「え。アンーマロン様はカンロ様と遊んでたんじゃないですか?」