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夢のマロンケーキタワー

 

 シュー国王の二番目の姫である私の名前はアン。ごく普通のありふれた名前だ。東洋では杏だそうだ。


 アン(杏)よりマロン(栗)の方がだんぜん良い。可愛らしいし(完全主観)。



 国王から賜った指名は、


 1.侯爵の子供を産むこと。

 2.自分の子供を次の侯爵につけること。

(3.そのためには前妻との間の子供が邪魔なこと)


 三番は直接言われたわけではない。「わかっているな」て念を押されても私子供だし。


 そもそも死に別れた先妻がいるってだけで不利なのだ。前情報によると先妻との仲は良かったらしい。

 あからさまに継子を邪険にすると、私が子供を生む年齢になるまでに侯爵との夫婦関係は破綻してしまう。


 結婚に至るまでの過程、年齢差、先妻の存在、先妻の子、すべてがマイナスだ。

 婚約破棄された小姑も侯爵邸にいるかもしれない。


 先妻の息子はいつかは追い出すことになるだろうが、『将を射るなら馬を射よ』のとおり取り敢えずは息子を手なずけて、きっちり教育して、侯爵の信頼を勝ち取るしかないか。


(小姑様と教育方針で揉めたらどうしよう)


「姫様、到着しました」


 私が栗ケーキをたらふく食べる予定だったあの誕生日パーティーから二ヶ月。私はモンブラン侯爵領に到着した。


「モンブラン侯爵、よろしくお願いします」


「モンテブラントだ。遠路はるばるようこそお越しいただいた。 アン・シュー第二王女殿下。」


 出迎えに出てくれたのはモンブラン侯爵とその使用人たち。

 モンブラン侯爵は焦げ茶色の髪と焦げ茶色の瞳の、一般的に見ればハンサムな男の部類に入るだろう。十歳の私からしたら「おっさん」のくくりに入ってしまうが...。

 聞いた話によると、前妻との間に一人息子がいるはずだ。その子の姿はない。

 お屋敷の玄関に目を向けたとき、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。


「いやよ。いやあああ。なんで私が豚伯爵に嫁がなければならないの?! なんで? いっそ私を殺してえええ」


 両脇を屈強な男に押さえ込まれた女性が半ば引き連れながら玄関に出てくる。


「王命だ」


「あんたが第二王女?!あんたのせいで私は破滅よ。私の人生かえせえええ」


 ああ、この人が、兄の元婚約者。二ヶ月ですごく痩せて、目付きも悪く鬼女みたいになっている。

 侯爵の声など耳に入っていないのだろう。


「もう馬車の出発のお時間です」


 両目から滝のように涙を流す女性は馬車に無理矢理押し込まれた。


「神様、なぜあなたは自殺を禁じられたのですか!お願いですから殺して。ころして。」


 すすり泣く声は馬車の動きとともに、遠退いていった。

 あまりにも突然のことで、私はぼけーと見送り、馬車が点のように小さくなった頃、「小姑様へのご挨拶」を疎かにしてしまったことに気づいたが、仕方ない。次にお会いする機会があればご挨拶しよう。


「すまない。君に怒っても仕方ないのだが、正直私も王家には強い憤りを感じている。あなたが来る前に出発させるつもりだったのだが・・・」


 婚約破棄から二ヶ月もたたない内に王家から『お詫び』で整えられた縁談。実際は第三王子の心を繋ぎ止められなかったーそれも大事なパーティーをぐっちゃぐちゃにした『罰』なのだろう。拒否権などない。


 憐れには思うが、私にはどうしようもできない。せいぜいステリア神に小姑さまの幸せを祈るだけだ。


「決まってしまったことは仕方ありませんわ。

 結婚式はフラワーシャワーで、真っ赤な絨毯で、披露宴のケーキはてっぺんに大きな栗が載ったマロンケーキでお願いします」


 修羅場から一転、私の切り替えの早さに彼は面食らったようだ。


「それと私のことはアンではなく、マロンとお呼びください。マロン・モンブラン侯爵夫人になるんです」


 ◆


 翌日。


 結婚誓約書にはアン・マロン.シュー・モンテブラントと書いた。これで私は今日からマロンだ。

 名前を変えるのは父に反対された。王女が急に名前を変えるのは色々問題が多いそうで、結局ミドルネームに入れることで落ち着いた。せめてファーストネームにしたかったのに。


「早速栗狩りに行きましょう」


 先程夫婦になった夫に新婚最初のおねだりをする。


「ダメだ」


 おっさんはけちだった。


「なんでですか?」


「君はウエディングドレスを着たまま栗山に入るつもりか?これから披露宴他、挨拶回りもある。休めるときはゆっくり休め。披露宴でマロンイエローのドレスも着るんだろう」


「そうでした。マロンケーキを全部食べ尽くしてからですよね」


 会場には滑らかな黄色のクリームをケーキ全体、第一段目の薄茶色の渦巻きクリームとマロングラッセで縁取られ、二段目は黄色の渦巻きクリームと栗の甘露煮、三段目はまた薄茶色の層で・・・てっぺんに艶やかでひときわ大きな黄金の栗が燦然と輝く栗タワーケーキが私を待っているのだ。早くケーキ入刀を済ませて中身も見てみたい。じゅるり。


「ばっっかじゃねえの」


 そう言ったのは、栗侯爵の息子カンロ君だ。


「カンロ!すまない教育がなってなくて。ナンシーになついていたからな。カンロ、新しいお母様にご挨拶は」


『新しいお母様』という一言が気にくわなかったのか、カンロ君は急に泣き出した。 昨日の夕御飯のときも領主の息子であり今日から私の息子になるはずのカンロ君は抗議の意思を示すかのごとく、一言も口を聞いてくれなかった。「殿方との初デート攻略読本」を思い出しながら、頑張って話かけてみたのだがダメだったのだ。後程著者に抗議の手紙を送ろう。


 ちなみにナンシーというのは栗侯爵の妹君の名だ。


「お気になさらず」


 少年カンロを眺めながら、ふと疑問に思う。


「年齢的には、私とカンロ様の方が釣り合いがとれますよね。なんでこんなことに」


 カンロは五歳前後。私は十歳。おっさん二十七歳。


 王の娘は二人だが、結婚していない従姉妹は4人。おっさんと釣り合いがとれる人はいたはずだ。


「それはまたの機会だ。今はこの子を泣き止ませて披露宴をさっさと始めないと」


 心底面倒くさそうだ。息子を泣き止ませるのが面倒なのか、結婚式という王女様とのままごとに付き合わされるのが嫌なのか・・・半々といったところだろう。


 列席者がこちらに注目している。

 領主夫人として迅速かつ、穏便に事態を収集しなければならない。


 まず、少年にぐっと近づいて、頭をなでながら周りに聞こえないほど小さな声で少年を諭した。


「わーはずかしい。こんなところで大泣きしちゃって、お母様代わりだったナンシー様はどういう育て方をしたのかしら。」


 秘技、意地悪継母の図。この場にいない小姑のナンシー様の悪口をいうのは気が引けるが、仕方ない。今回は泥を被ってもらおう。


「さ、触るな」

「よし!」


 とりあえず泣き止んだ。


「ごほうびに、マロンケーキあーんしてあげるわね」


「お、俺は自分で食べられる」

「今日はパパもあーんするから、遠慮しなくていいのよ」


「いや、俺は」


 うろたえ出すおっさんが面白い。

 私よりか息子の扱いに慣れているだろうに、手を貸さなかった罰だ。


「王都流の結婚式では新郎新婦が互いの口にケーキを運ぶのが流行っているんですのよ」


 父子とも真っ赤である。

 実際は、一部で流行り始めているだけなのだが、そこは黙っておく。


 披露宴はお祝いに駆けつけた村人たちにさんざん囃し立てられて終わった。



 やっと騒がしい一日が終わった。


「おいしかったぁ~!...。ふわぁあ~」


 寝室に入るとどっと眠気と疲れが襲ってきた。いけない。レディにあるまじき大きなあくびを漏らしてしまった。さっさ寝てしまおう。


 与えられた部屋は素朴な白壁と最低限の調度。床に敷かれている獣の毛皮、燭台一つとってみても余計な飾りがない。王城の自室と比べると殺風景ではあるが、昼間は窓から陽光が差して、落ち着いた雰囲気だ。


「ふぁあ。おやすみなさい」


 あくび混じりの就寝の言葉を呟く。


 明日から自分好みにいくらでも模様替えできる。特に調度を動かす必要を感じないが、なぜか部屋の隅に飾られているアイアンメイデンだけは移動してもらおう。


 私は濃厚なマロンクリームの味とケーキの一番上に載っていたパリパリの飴細工の食感を思い出しながら眠りについた。


 当然、寝室は夫婦別である。

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